第11話 蛾

 出張の帰りに、電車で寝過ごしちゃったんですね。降りたら電車が来るのは一時間に一本とかの田舎の駅で。

 お腹も空いたし、どうせなら待つついでにご飯でも食べようかと思って。駅から出て適当な定食屋と居酒屋の中間みたいなお店に入ったんです。店名は書いてなくて無地ののれんだけが出てました。

 それで、ご飯とおかずを何品か頼んで。食べてたら虫がお店に入ってきたんです。まあ、田舎ですからね。そりゃ虫も居るかって感じなんですけど、なんかその蛾おかしいんですよ。

 入り口のすぐ上に留まってたんですが、羽根の模様が左右対称じゃなくて、色もどぎつい原色のピンクとか緑で。羽根が下半分盛大に欠けてるんですよ。

 まあそういうのも居るもんなんだなって思いながら食事してたら、店のお婆さんが水を注ぎに来てくれたんですが、お婆さん、その蛾に気が付いて


「まあよくかけたねえ」


 って言うんですよ。そりゃ欠けてはいますけど、なんか言い方がやたら嬉しそうなんですね。プレゼントでも貰った時みたいな。

 まあ気持ち悪いな。とは思いましたけど、そのまま食事を終わらせて。家に帰りまして。

 家に付いたら、家族はもう寝ていたんですけど、子供達が遊んだままテーブルが片付いてなかったんですね。落書きしていたみたいで、たぶんピクニックを題材にしたのかな? 原っぱと家族の絵が置かれてて。クレヨンとかも出しっぱなしで。

 で、ああうちの子絵が結構上手いんじゃないかな。なんてね、親バカですよね。とにかく眺めてたんですよ。

 そしたら、目の端で何か動いたんですね。

 見ると、あのお店に居た蛾なんですよ。家からあの駅までなんて、何十キロも離れてますし、私電車に乗って帰ってきたんだから同じ蛾の筈はないんです。でも羽根も欠けてるし、明らかに同じ蛾なんですね。

 で、私気づいちゃって。その蛾の羽根の模様って、このうちの子が描いたであろう絵と同じ柄なんです。

 まだ3歳なので、腕とか足も服と同じ色で塗っちゃうんですよ。だから、蛾の羽根だと原色の塊に見えたんですね。

 それで、蛾の羽根が欠けてる部分って、絵でいうと家族の顔が描いてある部分なんですよね。

 その蛾ですか? 気持ち悪かったので、潰して外に捨てました。鳥が片付けるだろうと思って。だって、見逃して変な事が起きても嫌じゃないですか。

 特に何も起きてないので、あの対応で正解だったんだと思います。

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