第19話 それじゃあまるで。

 終わりの見え透いた初恋を自覚したサメは航平と一緒に双子に回収され、七夕の研究室に戻って来ていた。

「コウ君、もしかして泣いた?」

 おさげを揺らしながらつづ希が航平の顔を覗き込んだ。

「コウ君、サメに泣かされたの?」

 黒いスニーカーで椅子を引き寄せながらひび希がサメを指さす。

「偏見が酷い」

「ひびはほんとサメが嫌いなのな」

 航平は肩を震わせて笑いながら、サメを椅子に座らせた。そこはちゃんとサメのせいじゃないって事を声高らかに主張しておいてほしい。と、思ったけれど彼が涙目なのは姉の話をしたからで。姉の話をしたのはサメが聞いたからで。そう考えると、サメが泣かせたと言えなくもないので、サメは大人しく口を噤んだ。

「どうでも良いが、慎はどうした? お前、一緒に居たはずだろ」

 七夕に問いかけられて、サメは椅子ごと動かして航平を見る。

「慎はなんか野暮用あるって、先、図書室出てったよ。呼び出す?」

「んや。いーよ、別に。特に重要な話ってわけでもねえしな。お前らもサメ以外は帰ってもいーぞ」

 パソコンに目線を向けて、何かを打ち込みながら七夕は言葉を続けた。その言葉にひび希は勢いよく立ち上がったけれど、歩き出す前につづ希に両腕を掴まれてまた椅子に座らされていた。ちょっと面白くて、サメは小さく笑う。

「帰んねえんなら、始めるが」

 七夕はちらりと全員を見て、それからパソコンの画面をみんなの方に向けた。足元のプリンターから次々に吐き出されている紙と同じ内容のグラフが表示されている。

「なにこれ」

 七夕から紙束を受け取ったひび希が首を傾げた。

「こいつと照合してみた、半分欠けた幽霊のリストだよ。ま、どれも空振りに終わったがな」

 そのまま七夕はこの間サメに話して聞かせた推論をみんなに向けて説明した。

 未回収の幽霊と照合しても一致する者が居なかったこと。半分欠けた幽霊ならば、一致する可能性があったこと。

「じゃあ、サメの正体は結局闇の中ってこと?」

 ひび希の言葉に七夕は軽く頷いて、煙草に火をつけた。白い煙が逃げ場のない天井に向かって、ゆっくりと登っていく。今日こそは、と期待していただけにサメの落胆は大きかった。がっくりと肩を落とすサメの背を航平がゆっくりと撫でる。

「そうだな。とりあえず俺に思いつく可能性はもう全部潰した。俺にはもうお手上げってわけだ」

 七夕は降参、と言いながら両手を顔の横に掲げる。その様子に部屋の中に居た子供はみんなポカン、と七夕を見た。

「七先生熱でもあるんじゃないの?」

 つづ希が立ち上がって七夕の額に触れる。

「七先生また賞味期限切れの牛乳飲んだ?」

 ひび希は立ち上がって奥の戸棚を開ける。どうやら冷蔵庫になっているらしい。

 もしかしなくても、この人はここで生活しているんだろうか。推理が外れたらしい双子はそれぞれしきりに首を傾げながら、椅子に戻って紙束を見つめ始めた。

 航平だけが静かに七夕を見つめる。まっすぐなそれから逃げるように、七夕は煙を追って上を向いた。

「七先生、なんか隠してる?」

 サメまでうっかり心臓がひやりとするような低い声だった。真正面から追及の槍を突き刺された七夕は、けれども何のダメージも追っていなそうな顔で航平の目を見返す。

「隠してねえよ」

「まだ一回もバラシてないのに、もう興味失ってるのはなんで?」

 七夕は一度深く紫煙を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。

「ガキが珍しく我儘言ってんだ。叶えてやるのが大人ってモンだろ」

「慎がバラすなって言ったからってこと? バラせないから、どうせ分かんないから、もう興味すらないって?」

 影から根回しして、そっとサメを守ってくれた、という事だろうか。むず痒くて、サメは自分の腕をしきりにかいた。七夕は何も答えずにただ紫煙を天井に逃がす。

「七先生、慎は」

「あっ!!!」

 なおも追及を続けようとした航平の言葉を遮ったのは少女の無邪気な叫び声だった。振り返ると、床一面に散らばった紙束とそれらの傍に座りこむ双子が見える。

「どうした、篝火かがりび

 双子相手に苗字で呼ぶなんて暴挙をおかす人間がいるなんて、サメには信じられなかった。

「これ! ほら、ここ!」

 つづ希はおさげを揺らして、紙を踏みしめて、七夕の前に二枚の紙を掲げる。それをぴったりと重ね合わせて、電気にかざした。サメも七夕と一緒に下から紙を覗き込む。あ、と思わず声が漏れた。

「ねっ、ここ、重なってるでしょ?!」

 少女の細い指がグラフの一部分を指す。確かに、手前側のサメの霊力を示したグラフと奥の幽霊のグラフには重なる部分があった。

 それも、周期的に。

 グン、と急角度で上がって、少し下がってまた上がる。その、二度目の上昇の角度や長さが幽霊のグラフと綺麗に重なっている。

「偶然じゃねえの」

 およそ研究者とは思えない言葉を吐いて、七夕はつまらなそうに体を引いた。

「偶然じゃないの!」

 つづ希は興奮した様子で別の紙も拾ってくる。

「ほら、この一回目の上がってるところは、郵便局の配達員さんの幽霊とそっくりだし、ここの下がり方はついこの前回収された花屋さんの幽霊と一緒!」

 ほらね、と無邪気に紙を次々重ねて見せるつづ希の言葉が何を示すのか。直感的に悟って、サメは吐き気を感じた。嫌な汗が全身から噴き出すような気がした。呼吸が上手く出来ない。

「それって」

 ひび希が呆然と呟いた。

「こいつが幽霊の混ぜ物ってこと……?」

 はっきりと言葉にされて、サメは思わず口元を押さえる。自分にはもう胃も、吐き戻す物もないと分かっていても、吐きそうだと思った。

「いや、そんなの、無理でしょ」

 航平が口元を押さえながら縋るように七夕を見やる。

「だって、んだから」

 特級は、世界にたった二人きり。

「幽霊の混ぜ物なんて自然発生するわけないし」

 汐野凪珊か、柏木慎か。

「干渉できない物を混ぜるとか、無理があるだろ」

 航平が後ろに下がりながら、言葉を続ける。

「姉ちゃんは殺されてるんだぞ? 慎が、そんなことするわけ」

 サメは吐き気と戦いながら、航平に向かって手を伸ばした。幽霊でも呼吸が出来ないと支障が出るのか、視界が黒く点滅する。

「慎が、姉ちゃんの遺品で、そんな風に遊ぶわけない」

 どうにか彼の手を握りたかったけれど、その大きな手に届く前に、サメは意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る