第3話 幽霊が見えるオカ研部員
「俺にも、彼女が何者かは見えないよ」
そんな当たり前のことを言って、部長代理は缶コーヒーを呷った。サメはお行儀よく黙ったままで、話の成り行きを見守る。呆然と部長代理を見る少年の横で、少女が嬉々として口を開いた。
「じゃあ、そのサメは幽霊とかじゃないってこと?」
「待て待て待て」
サメは思わず前のめりに話を遮った。少女と代理の視線が同時にサメに向く。
「なに?」
代理がスチール缶をいじくりながら言った。サメは短いヒレでどうにか机を叩き、抗議の姿勢を取る。
「この人に見えなかったら幽霊じゃないってどゆこと? それじゃあまるでこの人には幽霊が見えるみたいじゃない? なにそれどんな高校生?」
バンバンと机を叩くが、サメの手は幼子を傷つけないように配慮されているせいで、いまいち威力が出ない。そのせいか、その場に居る三人にそれぞれ「こいつは今更何を言っているのだろう」とでも言いたげな顔をされた。
心外だ。
サメの常識では幽霊は見えないものだし、サメの形はしていない。少年が小さくため息を吐いてから口を開いた。
「僕──そう言えば名前言ってなかったや。僕は
少年もとい、ひび希が隣を手で示す。
「代理は
ひび希の紹介に柏木はマスク越しに笑った。手元で空になった缶コーヒーが倒れる。
「なるほど? それで三人とも幽霊見えるの? ここではそれが常識? もしかしてサメ異世界にでも来てる?」
矢継ぎ早に質問を投げるサメにひび希は露骨に顔をしかめた。もう少し感情をオブラートに包んで欲しい。サメにも心はあるのだ。…………多分。
「普通じゃないよ。見えない人間の方がずっと多い。つづ希は見えないしね」
少女がつまらなそうに唇を尖らせた。
「見えるのは僕とまこ君と、あとオカ研に居るのは中三の
高二の柏木には君をつけず、中三だという航平には君をつけるところに、人望の差を感じた。ひび希の言葉は続く。
「って言っても、僕やコウ君とまこ君じゃ『見える』のレベルが段違いだけど」
サメは首を傾げて、少年を見た。
「見えるのレベル?」
「そう、僕や」
「もういいでしょ。どうせ分かんないよ」
つづ希がノートにシャーペンを走らせながら、言葉を落とした。ガラガラと不協和音を立てながら、不機嫌そうな声が机の上を転がる。少年は唇を尖らせてつづ希を見た。少女は顔も上げずに、シャーペンで不可思議な図形を描いている。
「つづ」
ひび希の呼びかけにも応じない。相当を機嫌を損ねているようだった。プリンを食べられたって、互いにニコニコ許してしまいそうな仲の良さを感じていたサメは不安になって柏木を見上げる。平部員よりも偉い部長代理であり、年長者ならば何か気の利いた事を言ってくれるのではないかと思った。
「なにしてんです?」
缶コーヒーを頭の上に乗せてバランスゲームに勤しむ柏木を見て、サメはダランと両手を落とした。初対面のサメに求愛するような人間に期待を寄せてはいけなかったと深く反省する。
「なにって」
柏木がスチール缶を落とさないままサメに視線を送る。無駄に器用で腹立たしい。
「バランスゲームだけど」
そういうことだけど、そういうことじゃない。サメは心の中だけで「やべえ奴」と顔をしかめた。
「だって、兄弟喧嘩に外野が口出すとか無粋じゃない?」
缶を頭の上から机の上に移して、柏木は頬杖をついた。ムニ、と押されたマスクがズレて白い頬に角が突き刺さる。当の本人は気にした様子もなく、暇そうに黒い缶を弄っている。
「遊んでないで静かに空気になってたら、配慮の出来る良い上司って感じでしたね!」
「えぇ……ただ見てるとか暇だし嫌だよ」
「喧嘩の仲裁も面倒くさいだけでしょ」
「はは、やっぱり君には隠し事できないね?」
「そうやって昔馴染み的な空気出してくるのやめてください。初対面なんで。もう少し距離とって。ディスタンス!」
柏木の指が滑って、缶コーヒーが転がる。
「二人ともうるさい」
ひび希の鋭い視線が二人を射抜く。つづ希の手はいつの間にか止まっていて、その両目には涙が溜まっていた。サメの背をだらだらと冷や汗が伝う。背中だけでなく頬まで汗びっしょりになった。ような気がした。
「あーえっと、ごめん、ね?」
下から伺うようにサメが視線を送ってもつづ希は唇を噛むばかりで何のリアクションもない。思春期の多感な時期に兄弟喧嘩をネタに盛り上がったのは大分不味かったらしい。元凶はどこ吹く風で缶コーヒーを弄っている。気持ちの悪いイケメンから、人間のクズにランクダウンしそうだ。目があった瞬間に運命とか感じた数分前の自分を殴りたい。
「その、ええと、反省、してます」
なんとか機嫌を取ろうと、サメは言葉を続ける。けれどもつづ希にきつく睨まれるばかりで状況は一向に好転しない。どうしたものか、と頭をひねっていると突然部室の扉が開いた。サメだけが驚いてまたもや椅子から転げ落ちる。柏木が拾いあげて何食わぬ顔で膝の上に置いたので、全力で抵抗する。
「ただいまー」
およそ部室に入ってくる時の挨拶としては考えられない言葉を吐いて、その人は入ってきた。
「コウ君、おかえり」
ひび希が弾んだ声で名前を呼んだ。人望がありそうな人がやってきた事にサメは深く安堵した。
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