望月2

査問は、昼過ぎから従来通り星翼にある会議場で行われた。昼頃から天気が怪しくなり、薄い雲が広がり、議場内はほんの少し暗い。


会議場の中心に木でできた囲いがされ、そのラ-レが立たされた。彼女の腰には紐がついており、その囲いに結ばれていた。囲いの中に簡易的な椅子が設けられていて、証言しないとき、彼女はそこに座っていた。

彼女の正面には長机が置かれ、そこに三人の男が座った。三人の男のうち、中心にいるジュニパーが進行を勤めた。彼の傍らには二人の議員が控え、その二人、フェンネルとバンダは補佐役のようだった。

彼らを囲うように円形に配置された座席で、議員達が動向を見守る。要職に付いているもの達が主にこの査問に参加し、そこにイエライとバレリアン、アリストロも加わっていた。公平を期するため、被害者であるイエライは、この査問に殆ど関われなかった。


本来であれば、査問では王族が主体となるのだが、今回は違う。

ロヴァル王は、もちろん不在である。バレリアンに至っては、内政に忙殺されていたし、イーフェは行方が分からない。ビデンスは当事者の兄となると、他には捕縛の立役者であるアリストロしかいないと思われそうだが、彼はまだ先日の襲撃から立ち直っていなかった。

そうして、ジュニパーにお鉢が回ってきたのだ。


「以上をもって、ラ-レ・クワンの刑を確定する」


多くの証拠が用意されていた。しかし、ラ-レが有罪となったことは予想外だった。ラ-レが城勤めを続ける懸念は、杞憂に終わった。だが、それは単純に喜ぶべきではない。


「王族を弑すものには、死刑を」


その言葉に、周囲はどよめいた。

査問は終始順調だった。異様なほど。正確には口を挟む余地もなかった。滞りも異論も赦されなかった。証拠がなければ、発言を赦されなかったのだ。

唯一ラ-レは発言を赦されたが、発言というより頷くことを強要された。最初から刑が確定していたかのようだ。とても査問とは思えない。裁判としても雑なものだった。


「まさか、証拠の照合のみで終わるとは」


バレリアンが順調過ぎる審議に唖然とする。

提出された証拠は、事件当初に置かれていた茶葉。それと、彼女が捕まった際に持っていたといわれる茶葉。ザントマンの効能と、イエライがデイジーの部屋で提供されたハーブを摂取した場合の動物実験の結果の報告書。さらに、茶葉の交換の時間帯に、本来はデイジーの部屋に付いている時間だったと示す書類、星翼に立ち入ったことを示す記録などである。

証拠は十分すぎるほど揃いすぎている。だが、通常であれば、これらの証拠だけで裁かれることはまずない。目撃証言などが一切入っていないのだ。状況証拠が揃っているだけで、自供も何もとれていない。ラーレは星翼に立ち入ったことを認めているが、ザントマンの混入は認めていない。


そもそも正式な裁判ではない。あくまで査問なのだ。罪を正式に問い、罰を与えるなら、裁判所を通すべきである。牢に入れず塔に軟禁していた時点で、通常の待遇ではない。それは王族級の破格の扱いだ。彼女は王族でもなんでもない。ビデンスが議員だからといって、特別というわけではない。

つまり、彼女は罪人ではない可能性が高かったために、王族の罪を犯したものと同等の、破格の待遇を受けた。事実フェンネルはそのつもりで塔に軟禁することを提案したのだ。塔への軟禁が減免を約束するのかというと、そうではないが、高待遇だった。

それが、久しくなかった王族の弑殺未遂で決着しようというのだ。


「刑の執行は一ヶ月後を予定する」

「こんな、理不尽があっていいのか。此方の言い分が一切通っていない、一方的すぎる」


ジュニパーの発言に、憔悴しきったビデンスが零した。

周囲には聞き取れないほどの小声だったのか、ざわめきも巻き起こらない。無理もない。審議はあまりに一方的で、徹底的だった。関われば巻き込まれると肌で感じたのだろう。我関せずを貫いている。


「どうして!どうして一方的に私の話が曲げられてるの?私は無実なのに!!!私が有罪ならベラも共犯です!どうして、私だけが。不公平です!」


ラーレは狂ったように叫ぶ。彼女が自身を囲う茶色の木枠にある手すりを揺らし身を乗り出したので、近くに控えていた侍従が彼女を抑えた。


「沙汰の時までは牢に拘束する。連れていけ」


ジュニパーが告げると、ラーレの勢いが削がれた。侍従が、木枠と繋がれていたラーレの腰の紐を彼女から外し、会議場から移動を始める。


外は、小雨が降っていた。

会議場から出てきたラーレは、中庭を通って、城門に近い地下牢の方へと促された。それを城内のものが野次馬のように並列して見物している。そこに、ベラがいた。最前列で、肩を震わせる。泣いているのか。見知った侍女に囲まれ、眉を寄せて両手を胸の前で組んで、目を潤ませている。


「ラ-レ、どうしてこんなことに」

「ベラ、貴方…!!」


ラ-レが掴みかかろうとした瞬間、脇に控えた侍従が彼女の両肩を掴んだ。ベラは触れられてもいないのにフラりと侍女達の方へ倒れこみ、そして、目元を押さえた。しおしおとする彼女を侍女達が慰め、ラ-レを睨み付ける。


「ベラに何するの!」

「私が彼女に嵌められたのに!知っているのよ、ベラ。貴方が手を回したんでしょう」

「逆恨みしないで!ベラは貴方を心配してるのに」

「心配してる人が、私を貶めるようなことしないわ」


ラ-レは二人の侍従に肩を押さえられながら、必死に抵抗する。ベラの前にエルムが立ち、顎を引いた。


「貴方、弱ってる人をいじめて楽しいの?」

「え?」


予想もしない言葉に、ラ-レが止まる。


「貴方が元々ベラをいじめてたんでしょう?」

「なんで…」

「やっぱりそうなのね。嘘つき。あんたリア様に目をかけられてるからって、告げ口してベラをやめさせようとしたんでしょ」


驚きと理解が追い付かないことから言葉につまったラ-レに、エルムが早口で捲し立てる。ラ-レは堰切ったように涙を流した。


「そんなことしてない!!」


その涙を拭くこともできず、ラ-レは侍従によってベラの前から引きはがされ、連行されていく。その時、彼女の背後で大きな音がした。彼女はその方向へ首を回す。

ビデンスが倒れていた。暫く眠れていないのか、閉じられた瞼の下には隈が出来ている。市中引き回しのごとく、妹が見世物にされることに耐えられなくなったのだろう。


「お兄様!」


ラーレは駆け寄ることもできず、しかし侍従によって頭を押さえて前を向かされ、拘束されているまま歩かされた。


「ビデンス様、お可哀想」

「今まで散々人を莫迦にして。イエライ様を狙うなんて」

「一カ月後には顔も見なくて済むわ」

「死刑は自業自得よ。あれ、嘘泣きでしょう?」


聞こえてきた声は、信じがたいものだ。彼女たちは、刑の詳細を知っていた。どこからか情報が漏れている。それも時差なしに。査問に参加していたものは、結果を予想してはいなかった。知っていればもっと泰然自若としているだろう。それなのに、査問が始まる前から刑は確定していて、皆に広まっていったのかと思えるほど自然に、彼ら彼女らは今あったばかりの査問の内容を、正確に口にした。


「やっぱり。何をしても無駄じゃないですか。誰も何もしてくれない」


ラ-レが恨みがましく、イエライを遠くに見据えた。彼女は無罪かも知れないが、イエライにそれを立証することはできない。抉るような視線を、イエライは受け止める。自分が何もできないことは紛れもなく事実だからだ。

ラーレがイエライを睨んでいることに気付いた侍女たちが、「命を狙っておいてふてぶてしい」などとラーレを非難する。だが、彼女には聞こえていないだろう。

倒れたビデンスに、誰かが駆け寄った。バンダだ。彼は毛布を手に、人混みをかき分けた。小雨で濡れるビデンスを毛布でくるむと、気付けに持ってきた水をその口に運ぶ。気が付いたビデンスが、何かを小さく呟いた。


「…あの時、いい返事をしていたら、貴方は私を助けてくれたのかもしれないのね。私は間違えたんだわ」


ラーレはイエライを睨むことをやめ、ぼんやり、呟く。とても小さい声だ。そう離れてはいないバンダに聞こえていないようだった。


「貴方…!!!」


反応したのは、エルムだ。エルムは、我慢ならないといった感でラーレを睨みつけた。睨みつけられたラーレは、何故睨まれたのかも分からない。エルムは、石を投げた。地面に落ちていた小石だ。小石は、ラーレのスカートに当たり、こつんと音を立てて落ちた。

小気味いい音だった。まさに一触即発だったのだろう。それを皮切りに、数人の野次馬が動いた。彼らはラーレに石を投げ始めた。


「よせ!」


バンダが叫ぶ。ビデンスにはもう声をあげる気力もなかった。


「「彼らを止めろ!」」


次いでバレリアンとイエライが門兵に向かって叫ぶ。数人の門兵が駆け寄るが、距離がある。彼らが来るまでに、間に合うか。顔を見合わせてラーレの方へ向かおうとする二人を、侍従たちが抑え込んだ。


石を投げたことが思いの外すっきりしたのか。野次馬達は取りつかれたように石を手に取った。次第に勢いが増長していく。ラーレを掴んでいた侍従が、彼女を離した。自分が怪我をするのは嫌だからだ。他のものに当たる心配もなく、集中砲火を浴びることとなったラーレに、いくつもの石が当たった。白い肌に赤い跡がいくつも増えていく。

バンダは駆け寄れなかった。ビデンスがその腕を弱弱しく握り、首を横に振ったのだ。

ラーレは両手を拘束されていて、うまく身を庇うことができない。一つの石が、彼女のこめかみを掠って血が噴き出た。鮮血が石畳に落ちる。目に血が入りそうになり、目をつぶったことで更に無防備になった彼女を、石が滅多打ちにした。

数滴の血液が、小さな血だまりを作り始めている。彼女の白く柔らかな肌は赤黒く、そして青い斑点でまみれていた。腕や足は勿論、美しい顔も無残に痣が出来ていく。彼女は腕で庇うこともできない。彼女は身を捩ってやり過ごすしかない。


突然、ラーレの周囲に光の柱が現れた。

それは、彼女の周囲を回転し、石をことごとく弾き、その礫は投げたもの達に跳ね返っていった。跳ね返った石に当たったもの達がうめき声をあげる。自業自得とはいえ、かなり痛いのか、翻筋斗を打ってひっくり返るもの、腹を打ったらしく蹲るものもいる。


「ここは本当にアウローラか?ちょっと留守にしたら無法地帯になっておる」


イエライは、目を疑った。

緩やかに波打ち、靡く黒髪。深い青の、意志の強い瞳。圧倒的な火力を誇る妖精術を得意とする、《歩く戦車》。その手から生み出された光の柱は、徐々に光が弱くなっていく。


「イーフェさん」

「イーフェ様!」


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