繊月3

耳飾りの光が僅かに相手の一部を照らす。力強い腕、男だ。耳飾りが激しく明滅した。何かが割れる音がして、硬質の何かが割れる。守護の結界が作動したのだ。致命的な攻撃から守った耳飾りが破損し、一部が欠ける。


力強い、筋肉質の腕が一瞬たじろいだ。その隙をイエライは逃すわけにいかない。腕をはたいて外し、勘で足払いを仕掛ける。だが、体格に差があるらしい。空振りに終わって、また腕が延びてきた。

明確な意思をもって伸ばされたそれは、イエライの鳩尾を狙っている。体勢を崩しているので、それを避けることが難しい。追い込まれた。イエライは男の拳が右肩に当たるよう体を捻って屈んだ。肩を犠牲にして体勢をたて直すことにしたのだ。

衝撃をまつが、男の腕は肩を掴んできた。イエライは持ち上げられて、地面から両足が離れる。予想以上の怪力だ。

そのまま地面に叩き付けられる。


「あ、ぐ...っ」


耐えがたい衝撃。肺に空気が入らず、息が詰まる。

イエライは激痛に数瞬意識が飛ぶ。その間に腕が絡めとられる。不味い、イエライは緩慢に腕を動かした。だが、掴まれた側の肩は痺れている。

肩を掴まれて外れかけていた首もとの布が取り払われる。それを片手に巻き付けられる。うつ伏せの状態で後ろ手にされそうになり、イエライは必死でもがく。体半分を捻って何とか起き上がろうとすると、今度は仰向けにひっくり返された。


そしてイエライの腕を、男は膝で踏みつける。男が息をのんだのがわかった。正面から向かってくる相手の顔を耳飾りが照らした。ボサボサの髪の男だ。

ぼんやりと男の全身が把握できたように、男もイエライを認識したらしい。


「...ガキか」


興味を失ったように、男がイエライの上から退いた。ドスドスと数歩後退って、大きな木に寄りかかって座り込む。

イエライは痛む腕を擦って起き上がった。右肩が外れている。ひきつる痛みに顔をしかめると、男が片眉をあげる。それから手招きした。

どういうつもりか、イエライは少し警戒しながら、男に近づく。


「いった...」


男は無造作にイエライの肩をつかんだ。激痛が走るのは一瞬、僅かな違和感を残し、少しずつ感覚が戻ってくる。乱暴だが、きっちり肩がはいっている。イエライはまじまじと男を見た。


「有り難う」

「は、馬鹿か。俺がてめぇの肩はずしたんだぞ」


男が呆れたように云う。その口調は皮肉が込められている。

男の瞳が月の光で金に反射した。だが、金ではない。


「それでも、有り難うだよ」

「…」


イエライは躊躇わず礼を云った。

男から嘲りの表情が消える。頭をがしがしと掻いて、項垂れた。イエライから男の旋毛がよく見えた。男の黒髪の一部がブルーグレイだ。よく見れば瞳と同じ、綺麗な色だ。


「あなたは、この辺の人?」

「さぁな」

「森が怖くないの?」


男は木に凭れながら、首を反らした。空を見上げた格好で、曲げていた膝も伸ばし、だらりと両手足を投げ出す。


「俺はよそ者だ」

「何処から来たの?」

「黙ってろ」


質問詰めにしすぎたのか、荒々しく、男が深い息をはく。

イエライはその迫力に一瞬押された。ゆるり、視線をさ迷わせる。そこで、男が腹に包帯を巻いているのがわかった。


「大丈夫?」

「触るな」


イエライがその傷に触れようとすると、男は焦ったのか身を捩る。


「血が出てる」

「医者はいらねぇ。消えろ」


ぶっきらぼうに男がイエライを払う。まるで警戒する動物のようだ。


「傷、見せてくれないかな?」


急に襲われたが、イエライには男が悪いやつだとは認識できなかった。しかも先程の乱暴さと違って、イエライを払った手は力が弱かった。なので、イエライはずかずかと男に詰め寄った。男が気圧される。


「大丈夫だよ。こっち、来て」


包帯は、汚い布だった。このままではよくない。綺麗な水で濯いだ方がいいだろう、イエライは男を連れて湖に戻った。


「水、かけるから。痛かったら言って」


イエライは手早く布に手をかけた。絡まっているそれをさっさとはいで、洗う。


「んなもん平気…だっ」


痩せ我慢を聞いて少し口元が緩むと、男に思いきり睨まれた。

傷は、少し深い刀傷だ。明確に致命傷を与えようとした、そんな風に見える。イエライは腰のポーチから瓶を取り出して、ハンカチに瓶の中身を広げて傷口に当てた。包帯がないので、手に巻き付いていた布を巻いた。


「坊主、てめぇ...さっきのわざとだろ」


比較的丁寧にしていたら、男が恨みがましい視線を寄越す。水洗いが余程痛かったらしい。


「僕はこういうの、得意なんだ」


にっこり笑ったイエライに、すっかり毒気を抜かれた男は頭を抱えた。


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