最終話

 この町に代々受け継がれているのは、初代の音羽神社の神主が作った梅干しである。現在の神主が十五代目だというから、徳川幕府が出来てから幕末までの期間に相当すると思えば話は早い。二百何十年もの間漬け込まれていると、酸っぱさは薄れ、

甘味が増すようである。

 女子は十九、男子は二十三になる年の正月に洗礼を受ける。ただし、音羽家と血縁関係のあるもののみである。音羽家は、文字通り神主の一家のことである。

 この洗礼を受けることで、女子は巫女に、男子は巫女を神のもとへ送り出す使者になるといわれる。

 第七代の神主の時代。五人の娘たちをそれぞれ良い家系の家へ嫁がせ、一宮、二宮、三宮、四宮、五宮の、五つの宮家が出来た。将人は一宮家、祐実は二宮家のものである。

 音羽家の直系が途切れると、この五つの宮家から跡取りを出すことになった。

 以上が、家の流れについてである。


 母が語る昔話はけして面白いものではなかった。

「それでね、梅干しを食べることと、神社の水を頭にかけることが、洗礼の主な内容なの。あなたも受けたからわかるわよね。

 でも、あの梅干しは恐ろしいの。交代で保管しているんだけど、今年は二宮のところね。あれを女の子が十九歳より若いうちに食べると、殺人病にかかってしまうの。祐実ちゃんは、まさにそれね。

 仕方ないのよ。送り込まれる巫女がまだ若いなんて、規則を大事にしない人間のことなんて、神様は嫌って当然でしょ。反対に、男子はただの使者。多少若くても、多少年を取っていても大丈夫。」

 昔話なんてくだらない。神様なんてくだらない。俺はそう思った。

 祐実は集落の伝説に殺されたんだ。二宮祐実であったばっかりに、この集落に生まれてしまったばっかりに。

「でも、規則を破った巫女は罰を受けると同時に、きちんとしあわせになれると言われてる。だから、今までにも何人か、わざと早くに梅干しを食べた女の子もいたらしいわ。でも、そういう子はしあわせにはなれないのよ。

 若いうちは、家とか地元とか、嫌う傾向にある。それにはみんな理由があって、祐実ちゃんみたいに、伯母さんが嫌いだったり、あるいは反抗期だったりする。

 嫌いと思う感情を乗り越えて、うまく対処できるようになるころには、洗礼を受ける時期がやってくる。

 あの梅干しはね、そのためにある。嫌いを乗り越えるため。ただそれだけ。

 あんたも昔は、母さんをババアって呼んだりしてたじゃないか。」

 嫌いと思うことは当たり前。それでもその感情は嫌われる。

 好きと思うことも当たり前。その感情は好かれる。千夏と俺みたいに。

 俺は伝説をただ恨んでいた自分を、恥ずかしく思った。

「今日の話は、外部の人に知られても大丈夫なのかい。」

「ダメ。集落の人だけの秘密。」

 早く帰って、千夏とまた愛し合おう。そして、次の正月には必ずきちんと帰って来よう。俺はそう決意した。

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殺人病 紫田 夏来 @Natsuki_Shida

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