閑話(6)


 アイドルに憧れていたことすら、すっかり忘れていた。

 それこそ子ども頃はテレビに映る偶像を真似して踊っていたぐらいなのに。リモコンをマイク代わりにして。


 ググっと背伸びをして、目の前の羅列から目を逸らした。そうしないと頭がパンクすると思った。


 ――中学生になると、アイドルというより曲に興味を持つようになった。ヒット曲を歌う歌手が居るなら、そのヒット曲を生み出した人間も必ず存在する。彼らがどんな思考でそのメロディーと詩を作り上げたのか。

 当時はネットなんて存在しない。その心を知りたくなった私は、あらゆる音楽雑誌やテレビに目を通した。


 学生の小遣いには限りがある。だから同じ雑誌を指の垢が付くぐらい読み込んだ。書いてあることは変わらないが、その日によって感じ方が変わるから楽しくもあった。


 その頃からピアノを始めた。お金は無かったから、誕生日に買ってもらった中古の電子ピアノで練習した。母親も昔かじってたこともあって、先生代わりになってくれたけど、2ヶ月も経てばないがしろになる。私が母親の立場だったら、よく2ヶ月も気に掛けてくれたと思う。


 高校生になると、生まれる前の曲にも関心を抱くようになった。意識したわけではないけど、一通り周りにある音楽を聴いたから、新しい刺激が欲しかったんだと思う。

 時代はちょうど打ち込みサウンドが一世を風靡していた。そんな時、私は一人で歌謡曲と呼ばれるジャンルをひたすらに聴いた。


 そこで出会った。――北條輝という作詞家に。彼の書く詩は、私の心の中にするりするりと流れ込んできた。いつもなら他愛のない言葉に感じるのに、アイドルの歌声に乗ると彩りを纏う。

 漠然と作曲の仕事がしたいと思うようになっていた私は、一人で曲を作ってみては恥ずかしくなってやめたり、やっぱり作ってみたりと、そんな毎日を繰り返していた。

 そんなことをしていくうちに、興味が湧いた。北條輝に限らず、誰かが書いた詩が私の曲に乗るとどうなるのかと。そんな軽い気持ちで軽音楽部に入部したけど、私のやりたい音楽ではなかったから、すぐ幽霊部員になった。


(はぁ……疲れた)


 匂いを気にして電子タバコにしてみたけれど、やっぱりゼロにすることは出来ない。この部屋は基本的に私しか居ないから、換気扇があろうが無かろうが関係なく吸っている。

 の吸う紙タバコが羨ましく思ってしまうあたり、やっぱり私には合っていないんだと思う。


 それからは、一人で音楽を聴く時間が増えた。昔のアイドル特有のキラキラ感がイヤホン越しに伝わってきて、こういう人たちに曲を書いてみたいと、漠然とした将来が具体化したのは高校二年生の夏頃だった。


 卒業してからは、バイトしながら専門学校に通っていた。これは音楽のじゃなくて、美容系の。別に興味は無かったけど、音楽で食べていけるかなんて不透明すぎて親に止められた。だから仕方なくと言えば聞こえは悪いけど、結果的に仕事に繋がっているから後悔はしていない。


(その頃か。会ったのも)


 専門学校に通いながら、作った曲を録音したテープを知りうる限りのレコード会社に売り込んだ。

 どこの会社かは忘れたけれど、偶然そこに居たのだ。私が憧れていた北條輝が。思いがけず声を掛けたのはよく覚えている。

 ただ、人となりをあまり知らなかった。その上で、あの頃の彼はなかなかに荒れていた。結構良い歳だったのに、高校卒業したばかりの私に随分現実じみた辛口なことを言ってきたのだ。

 それが彼なりの優しさだったとしても、私は気に食わなかった。細かいことは忘れたけれど、別れ際にデモテープを彼に押し付けたのはよく覚えてる。


 結局、声はかからずじまいだった。

 スタイリストととして芸能界に携わるようになってからも、作曲家としての実績は視界が霞む程度のモノでしかない。


『あなたの心に咲く桃の花、桃ちゃんこと桃花愛未ですっ!』


 彗星の如く、桃花愛未が現れた。

 アイドルグループの一員として着実に階段を登っていく彼女に、私は目を奪われた。

 純粋に綺麗だと思った。かつてのアイドルみたく、一人でステージに立たせてみたいと考えるようになるまで、時間はかからなかった。

 どうしてそう思ったのかは分からない。直感と言ってしまえばそれまでである。


 引き抜きと言われても良い。その覚悟で声を掛けようとしたまさにそのタイミングで、彼女に出た熱愛疑惑。それからすぐに休養が発表されて、盛大にため息をついた。


 で、その週刊誌に載った男と本当に付き合うことになるなんてね。今さら報道通りになってどうするのよ。あの子。

 まぁ、アイツが守ってくれると言ったんだから、出来る限りのことは私だってする。


 さて、これ以上物思いにふけるのは全てが終わってからにしよう。とりあえず今は、目の前にある鍵盤と向き合うしかない。


 インターホンが鳴った。来ると言っていた彼だろう。あの口ぶりは私の予想を裏切るモノになるのだろうか。

 これで付き合ってないとか言ったら、それこそビンタでもしてあげようかしら。


 なんてね。



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