第67話


 嬉しいことに、ネットコマーシャルの反響が凄かった。彼の会社からは「想像以上の良い宣伝になった」と言ってもらえたし、いろんな企業から「一緒に仕事を」と声を掛けてもらえた。

 そのおかげか、そのせいか。吾朗さんに会うタイミングが中々来ない。私の空き時間が平日のど真ん中とかだし、内勤の彼を呼び出すのは流石に気が引けた。

 多分だけど、私が声を掛けたら無理をしてでも来てくれると思う。でもそれは、彼の負担になる。ただでさえ迷惑をかけているんだから。


 打ち合わせを終えて、次の仕事まで1時間ちょっと空いた。夏菜子さんは「寄りたいところがある」と言うから、少し時間を潰すことにした。別に詮索するつもりはないから詳しいことは聞かなかったけど、気になるな。


 今日は世間的に休日。だから喫茶店に行けば、彼に会えるんじゃないかって思った。でも1時間は短すぎる。きっと離れたくなくなるから、ここは素直に時間を潰すことにした。

 そうしてやって来たのは、商業施設の中に入っているCDショップ。全国展開されているだけあって、中は結構賑わっていた。


『あなたも顔が知られてるんだから、マスクとメガネは外さないでね』


 夏菜子さんからはそう言われてるけど、外したくなるぐらいの熱気がそこにあった。

 暖房じゃなくて、人が集まるところ特有のモワッとした空気。あまり得意じゃないけど、一回りして出れば良いやと割り切った。


「……あ」


 店内の奥の方は女性アイドルコーナーだった。そこで目に留まったのは、サクラロマンスの新譜。私が抜けてから凄い勢いでファンを増やしている。その証拠に、他のアイドルのCDスペースを侵食してるぐらいに大々的に宣伝されていた。


「懐かしいな」


 新譜だけじゃなく、私が所属していた頃のCDも豊富に取り揃えていた。ジャケットに写る自分を見て、変な感覚に襲われる。

 そこに居るのは確かに私なのに、まるで別人みたいな化粧に髪型。つい2年ぐらい前の曲。それだけど、ひどく時代に取り残されたみたいな気持ち。あの時はこれが変だとも思わなかった。


 同時に、湧き出てくる罪悪感。辞める時は何とも思わなかったのに、冷静になった頭は残していった彼女たちへの思いを巡らせる。

 ……いや、こうやって考えてしまうこと自体おかしな話なのだ。実際、彼女たちは私が抜けたことで売れっ子アイドルになった。最年長である「桃花愛未」が居なくなったことで、瑞々しさ全開のアイドルソングを歌えるように。


「――愛未さん?」


 そんなことを考えていると、ひどく可愛らしい声で呼ばれた気がした。だから思わず声を出して反応してしまった。

 その人は私の左隣に立っていて、背は低い女の子だった。栗毛のボブヘアがよく似合う。不織布マスクをしていても、可愛い子だと分かった。

 視覚から得られる情報はそれだけだったけど、私のこの子に見覚えがあった。


「――ゆ、雪ちゃん?」


 私がそう言うと、彼女は「そうですっ!」なんて笑ってみせた。ただあまり目立ちたくなかったようで、すぐに咳払いをして冷静な素振りをしてみせる。こういうところは変わっていなくて、少し安心した。


 夏乃雪音なつのゆきね

 彼女はサクラロマンスの現役メンバーで、かつては私も一緒に活動していた仲間。個性的な名前だけど、私と同じで芸名だから仕方がない。

 今やグループ最年長のお姉さん的存在な22歳。私から見たら、まだまだ妹キャラにしか見えない。


「久しぶりだねー。どうしてここに?」

「はいっ。を兼ねてお買い物です」


 普通に話してはいるけれど、あまり長話したいとは思わなかった。退職した会社の従業員と話しているみたいで、正直居心地は良くない。

 それはきっと雪ちゃんもそうだ。思わず話しかけてしまったに違いない。だってこの子は、メンバーの中で一番私に懐いてくれていたから。辞めるとなった時は何も言わなかったけど、きっと胸の内にある本心は私が思っているような言葉が埋まっているはず。


「――すごく充実してるみたいで」

「う、うん」


 思わず狼狽えてしまった。ポスター起用からネットコマーシャルまでやって、この反響だ。彼女たちの耳に入っていない方が不自然なくらい。

 だからこそ狼狽えたのだ。心のどこかで触れないでいてくれるだろうと思っていた彼女の口から、私の現在を指摘する言葉が出てきたことに驚いて。

 だけど雪ちゃんの声は決して怒っているとかそういうのじゃない。私がメンバーだった頃のように、優しい声で話しかけてくれている。


「サクラロマンスの勢い、凄いよね」


 この後ろめたさを誤魔化すように、話を変えてみせた。すると雪ちゃんは、少し照れながら首を横に振った。


「あはは。そんなことないです。日々精進ですよ」


 キリッとした視線で私の目を見つめる彼女。ちょっと見ない間にお姉さんになって。思わず口元が緩んだ。マスクで見えないだろうけど。


「そっか。さすが最年長だね」

「む、まだ22歳ですっ」


 でもそうやって拗ねるところは変わっていない。誰からも愛されるキャラクターなのが、この夏乃雪音なのだ。それは今でもきっとファンの間で認知されてるはず。

 ただいつまでもここで話しているわけにはいかない。もしサクラロマンスのファンに見つかれば、それこそ大変である。こんなところが握手会会場になれば、色々な方面に迷惑がかかるわけで。


「そ、それじゃあ。頑張ってね」


 それに、後ろめたさがあるせいでフワフワと浮き足立ってる気分だった。彼女に謝るのも違うし、かと言ってあの頃みたいに話すのも違う。

 だから本当は、話をしない方が良いに決まってる。心の奥底では「どうして話しかけて来たんだろう」とこの子を疑ってしまう自分が居る。そんな悪い女の子じゃないのに、そう考えてしまう自分がムカついた。


「あ、あの!」


 背を向けた私のことを彼女は呼び止めた。割と大きな声で。特徴的な可愛い声をしてるから、すぐにバレちゃうんじゃないかと不安になった。

 だから振り返るしかなかった。彼女を置いて走り去るなんてことはしたくない。それに後ろめたいとは言っても、この子と話したいと思う自分が居るのも事実だったから。


「こ、これからお時間ありますか」

「……えっと」


 思わずスマートフォンを手に取った。夏菜子さんとの待ち合わせまで50分ぐらい。二人で腰を据えて話すには短い気もしたけど、かと言って時間を潰すには長い。


「うん。大丈夫」


 だから前者を選んだ。消去法と言えば聞こえは悪いけど、本心であることには変わりない。

 私が辞めた後、サクラロマンスでどんな動きがあったのかも知りたい。烏滸おこがましいとは分かってる。それに教えてくれるかどうかは分からないけど、聞くだけ聞いてみる価値は十分にある。


「良かった。二人でお話しませんか。すぐ近くに行きつけのカフェがあるんで」

「うん。あんまり長居は出来ないけど」

「大丈夫です」


 雪ちゃんもこの後仕事なのだろうか。私が居た頃から使ってるリュックサックを背負ってる。それはよく仕事の時に使ってたやつだから、直感でそう思っただけ。


「それじゃ行きましょう! ホントすぐ近くなんで!」

「ふふっ。分かった分かった」


 彼女の後ろ姿に付いていく。心なしか、私が居た頃よりも雰囲気がある。オーラというか、人を惹きつける空気感。そしてその人を飲み込んでしまうだけの大きな愛。夏乃雪音は、私が知っている女の子じゃなくなっていた。


 全ては私のワガママだ。サクラロマンスを抜けたいって言ったことも、アイドルの夢を捨て切れないことも。

 彼女から酷い言葉を浴びせられても、私に言い返すだけの材料は無かった。だから少し怖いと言えば怖い。覚悟はしているけれど、やっぱり。


 でも、乗り越えなきゃ。

 夏菜子さんのためにも、そして、彼のためにも。私は立ち止まっちゃいけないんだ。とにかく前へ、前へ。ひたすらに。


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 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

 昨年中に星2000を突破出来たので、今年はさらに上を目指します。


 レビュー、フォロー、応援してくれた皆様、すごく励みになっております。ありがとうございます。


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