閑話(2)


 風の噂が ゆらゆらと

 どこからともなく やって来る

 それはいつかの 夜の果て

 あれよあれよと 消えていく



 久々に万年筆を握った。

 いつぶりだろうか。

 別にいつでも良い。感覚は戻ることを知らない。埃を被っていたこの原稿用紙も捨ててしまおうかと思っていたが、忘れていた。そのおかげで、私はここに座っているのだけれど。


 さあ、何を書こう。思いついたことをそのままに連ねるから、私の心の声をそのまま表現することになる。まぁいい。どうせ誰も見ないのだ。


 あの桃花愛未が、芸能界に戻るらしい。

 風の噂で知った。ふらふらとやって来る。

 あの世界から離れても、不思議なモノで火種があちこちに散らばっているから。そのせいで、結局私は忘れられないでいる。


 だがどうやら、そう単純な話でもないらしい。彼女は彼女なりに苦悩しているようだ。

 確か所属事務所は、聞いたこともない小さな所。まぁ辞め方が良くなかったから、大手は声を掛けづらいのだろう。その辺の事情には疎いからあまり書けない。


 吹っ切れた顔をしていたけれど、やはり心の奥底に眠っていた感情は誤魔化しきれない。

 それはそうだ。だってヒトというのは、そういう生き物であるから。欲望に逆らうことなんて出来ない。安直で、素直な生き物。

 彼女がそうであるわけじゃない。誰もがそうである。だからこそ、ヒトの行いは儚くて、脆い。すぐに壊れるガラス細工のように繊細なのだ。


 彼女を見ていると思い出す。ソロアイドル全盛のあの時代を。彼女なら、今の音楽業界に風穴を開けることだって出来るはずだ。

 見た目の華、声の華、香りまで華がある。時代は変わり、テレビに出ることが全てではなくなった。だからこそ、桃花愛未には十分なチャンスがある。

 世間の逆風なんて振り払ってしまえ。一人の女性が、誰かに恋をすること自体何も悪いことじゃない。アイドルだろうが、女優だろうが、女子高生だろうが、何だろうが。


 恋をしているあの子は、誰よりも美しいのに。


 その感情を無くしてしまった彼女は、光り輝けるのだろうか。

 いや、違うな。きっとまだ、火種は消えていない。彼女の胸の奥の奥。そのさらに向こう側に残っているソレを、焚き付けることができれば、星のように燃え上がる。

 それがアイツに出来るだろうか。いや、やってくれる。そもそも、私は二人が一緒になろうがならまいが、どちらでも良い。


 語弊があるが、私が何かを言えた口じゃないということだ。若者の未来は、彼らが決める。私のような人間がどうこうできる話でもあるまい。


 ただまぁ、涙を必死に堪えて頬張る彼を見ていると、応援したくなる気持ちもある。

 あぁ、この歳になるとカレーも胃がもたれる。残飯処理をすることになるとは思わなかったよ。


 何を思う。お二人さんは。



 遠くに見える 星のよう

 燃える あなたの心まで

 声が届くといいな

 こんな私の 微かな想いが




 

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