第24話


 実家に帰省した。東京よりも暖かい。両親は相変わらず元気そうで安心したが、保護犬を引き取っていた。譲渡会で「ピンと来た」と母親は話した。推定4歳ぐらいの柴犬。犬派の俺にとって、それはまさに癒しの権化である。親との会話もそこそこに、その子を撫でているだけで心が落ち着く。


 「麻呂マロ」と名付けたらしい。犬っぽくないと言うと「家族だから」と言われた。確かに理屈は分かるけど、それでも麻呂ではないだろう。可愛いけどね。

 両親のコテコテに訛った九州弁を聞きながら、年末特番を眺める。そして喉に流し込む缶ビールは俺が飲むやつより高い。まぁ普段飲んでるのは発泡酒であって、ビールではないからそれも当然なんだけど。

 帰ってきたと実感しつつ、頭の片隅に居るのは山元美依奈。微笑んだり、悲しんだり。色々な顔を見せてくれる彼女のことがどうしても頭から離れない。


 母親の手料理は久々で、つい箸が進む。一人っ子だから、子どもが帰ってきてくれたことが嬉しかったらしい。かなり奮発した豪華な料理が並んでいた。絶対食べきれないから、余りは明日の朝・昼飯になる未来しか見えない。


「麻呂は大人しいな」


 来客が好きらしく、俺の隣にピタッとくっついて伏せている。晩飯を食べた後だからか、眠いようだ。撫でて起こすのも悪いが、ついつい手を滑らせてしまう。人懐っこいワンちゃんは最高だぞ、麻呂。

 それにしても、高級缶ビールはいつもより酔いが回る気がする。普段飲む安い発泡酒とは訳が違う。


 年末特番は言うほどつまらないので、自然と視線はスマートフォンに落ちる。いつの間にか母親はリビングを出ていて、親父も居ない。一人寂しくビールを飲んでいる年末か。虚しい。


「いや、お前が居るから寂しくないな」


 麻呂の頭を撫でた時、スマートフォンが振動する。こたつの上に置いていたから、結構な音がリビングに響く。それに驚いた麻呂がクイッと顔を上げた。


「悪い悪い。なんでもないぞ」


 何があった!? と分かりやすい顔をしていたが、俺が撫でるとまた横になった。こたつの脚から振動が床に伝わったせいだ。悪いことをしたと思うが、本当に可愛い奴め。帰りたくなくなるだろう。


 メッセージが飛んできていた。藤原だ。職場のグループに一言だけ。


『お疲れ様です! 新年会いつにします?』


 ご苦労なことである。年末なのに仕事の飲み会のセッティングなんて。俺も若手の頃はやらされていたが、正直不要だと思う。行きたい人だけで集まって行けばいいのに。

 こんな出席確認みたいにするから、どうしても気まずさが残る。ウチの部署は女性も多いし、割とそうでもないが、営業とかは断りづらい。実際そうだった。


 みんなの都合に合わせる、とだけ返信する。悪いがせっかくの年末だ。少し仕事から離れたいのが本音である。

 本当なら地元の友人と飲み歩きたいが、いかんせん既婚者が増えた。声を掛けづらくなったせいで、こうして一人。そもそも帰省することすら伝えていない。


 ……山元さんは、いま何してるんだろう。ふと気になった。思い返せば、俺の方から彼女に連絡したのって、ポスター起用の件でスカウトした時が最後だ。

 ホント、奇妙な縁である。考えれば考えるほどに不思議で、可笑しくて、どこか脆い縁。それを必死に繋ぎ止めようとする自分が居る。

 メッセージ履歴を見てみる。たった2カ月ほど前のこと。体感としてはもっと最近の出来事のように思える。


 リビングには誰も居ない。思い切って発信ボタンを押してみた。年末といえど、まだ大晦日ではない。出てくれる可能性はゼロじゃないだろう。

 2回、3回と無機質な呼び出し音が響く。時間は夜の7時過ぎ。流石に忙しいか――なんて思っていたタイミングでプツリと変わる。


「もしもし?」


 少し戸惑ったような声に聞こえる。それもそうか。


「新木です。今忙しい?」

「あ、いや、大丈夫だけど……どうしたの?」


 その疑問はもっともだ。俺でもそう言う。

 だが、特に要件は無い。なんとなく電話した、で納得してくれるといいが、そんな理由をぶつけるのは俺としても恥ずかしくもある。


「まぁ……何してんのかなって」


 何か変な誤解されたかもしれない。口説いているつもりなんてないし、気があるわけでもない。そもそも俺は彼女のことをアイドルとして見ているから、ガチ恋なんてことはしない。これはファンとしてのポリシーだ。


 なら、なんでこんな言い方になるんだろうな。自分でもよく分かっていない。


「一人でご飯食べてるだけだよ」


 素直に答えてくれた。気を遣ったのか、怪しんでいるのか。多分後者だけど、前者だと思い込んで彼女の優しさに甘えることにした。


「帰省してないの?」

「うん。スカウトの件もあるから、東京から動きたくなくて」

「そうなんだ」


 彼女も地方から上京してきたと聞く。確か、高校までは広島に居たらしい。本人が何かのラジオで言っていたから間違いないはず。


「ほら、一人でお酒でも飲みなよ」

「む、揶揄からかってます?」

「いやいや。今思えば面白かったし」


 ポスター起用の時は本当に焦ったけどね。みんな割と切羽詰まってたし、1日待つのも苦肉の策であった。今となっては笑い話になって良かった。

 それにしても、あの時の幼児退行ぶりは凄かった。破壊力とかいう問題じゃない。多分、桃花愛未ファン全員が即昇天してしまうレベルの儚さ。俺も仕事モードじゃなかったらヤバかった。今ならアンコールをお願いしたいぐらいだ。


「そう言う新木さんは帰省を?」

「うん。久々に。家族が増えてたよ」

「家族?」

「保護犬を引き取ったんだって。柴犬の」


 「へぇ!」彼女のテンションが少しだけ上がる。


「私、犬好きだから良いなぁ」

「山元さんも犬派なんだ」

「うん。側に居てくれるだけで癒されるから」

「めっちゃ分かるよ。今まさにそうだし」


 犬にしても猫にしても、不思議な魅力がある。そこに居てくれるだけで、社会のストレスを軽減してくれる。

 家族の一員として招くのだから、しっかり世話をするのが飼い主の責任。面倒だとか何かと理由をつけて捨てたりする人間の頭が理解できない。そういう奴はこの世で一番嫌いだ。


「帰りたくなくなるんじゃない?」


 山元さんがそう言ってきたから、無意識にうなずく。そうだね、と笑いながら。無論、帰らないわけにはいかないんだけども。


「……新木さんが居なかったら、私どうしてたんだろ」


 ドサッ、と皮が擦れるような音が聞こえた。ソファか座椅子か何かにもたれかかったのだろうか。途端に生活感のある雰囲気が押し寄せてきたから、同じ世界に生きているんだなと実感した。


「会社勤めとか」

「イメージ出来ないなぁ」

「案外、俺が居なくてもアイドルになってたかもよ」


 以前、宮夏菜子が言ったように桃花愛未のポテンシャルは相当なモノだ。山元美依奈に代わっても、それは変わらない。遅かれ早かれ、彼女には声が掛かっていたとしてもおかしくない。

 そう考えると、俺が彼女に何かしたというわけでもないのだ。そもそもそんな風に考えたことも無かったが。


「――それは無いかな」


 断言された。真っ向からの否定である。

 それはそれで、ファンとしては虚しい。けれど、彼女は言葉を続けた。


「言い換えれば、新木さんに出会ったから今があるんだよ」

「や、やめてよ。ドキッとするから」

「……っ! そ、そういう意味じゃなくて!」


 真っ向からの否定。第二弾である。

 そんなあからさまに狼狽えられると、俺としても少し寂しい。期待しているわけじゃないけれど。

 恥ずかしさを誤魔化すためにタバコを吸いたくなるが、麻呂の側で吸うのは嫌だ。ここは我慢しよう。もしかしたら、ワンちゃんと暮らせば禁煙出来る体質なのかもしれないな。いや、そんな甘くないか。


「も、もうっ! 新木さんが変なこと言うから」

「そんな変だった?」

「変! すっごく変!」


 でも、こんな動揺している彼女を聞けたのは良かった。お姿も見られたら最高だったんだけど、まぁ仕方がない。


 缶ビールを飲み干すと、少し酔いが回っていることに気づいた。このままだと彼女に変なことを言ってしまいそうになるから、適当な理由を付けて話を切り上げようとする。こっちから掛けておいて申し訳ないが。


「また電話しよう」

「もうっ。新木さん、酔ってますね」

「そんなわけないでしょ。は厳しいなあ」


 彼女は苦笑いしながら、でも、どこか嬉しそうに「はいはい」と俺をあしらった。電話を切ると、眠っていたはずの麻呂が顔を上げて俺の方を見ている。


「揶揄うなよ、このやろう」


 「わん!」と返事をした。ひどく馬鹿にされたような気がした。気のせいであって欲しい。


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