閑話
世間からその存在を忘れられた時が、命の終わりであるとどこかの哲学者が言った。
それを鵜呑みにするのなら、彼女はまだ生きている。姿を消したところで、消しただけで何も変わりやしない。
彼女の沼にハマっている人間は根強く生きている。記憶の中に残ったままのあの子を見つめながら、目の前の壁を乗り越えようと奔走する。
戻ってくるかもしれないとの噂が風に乗ってきた。あくまでも噂だ。頭では理解していたが、噂というのは繊細なもの。信じすぎては損をする可能性も高い。
熱愛疑惑というのはフェイクで、本人の自演というのは業界では有名な話。事務所の看板を捨ててしまえば、生き残っていけない。
それが日本の芸能界なのだ。
事務所が力を持ちすぎた故に、所属タレントに魅力があるかは二の次、三の次。事務所が推し出そうと思えば、いくらでもそうなる。
これが世間のテレビ離れの原因でもある。面白くもない人間を見ようと思わないだろう。
心のどこかで、彼女に期待している。かつてのあの頃のように、たった一人のアイドルが、国民を熱狂させるあの時代のように。
飲み慣れたコーヒーの匂い。埃を被った原稿用紙。安い紙タバコ。そのどれもが時代を作った私の部品そのものである。
時代は変わっていくものだ。
人というのは変化を求める。恋にしても、愛にしてもそうだ。見た目にしても、心にしても。理解しようと思えば思うほど、
詰め込まれた言葉。一から百まで説明しなければ理解されない世界観。そんなのにはもうウンザリだ。だからこうして、私は干からびきった白髪もそのままに、付かないライターにイラついている。
インクの出ない万年筆に残ったのは、かつての栄光だけである。それに
虚しさなんてのは無い。近年の音楽には興味を持てない。私のような老害が出る幕はもう無いのだと分かりきっているぐらいだ。
私と同じ時代を生きた人間は口を揃えて言う。「あの頃は活気があった」と。今は違うのかと言われれば、そういうわけではない。
ただこの現代は、
煌びやかなネオン街。星の光にすら目隠ししてしまうほどの輝きを私は見た。戻りたいのが本音であるが、言うだけ無駄だということも分かっている。
どうやらこの万年筆もインク切れが近いらしい。久々に手に取って思うがままに書いてみたが、懐かしい感触が心地良い。
この文章に名前を付けるなら、どうしようか。
――――――
インク切れ。文字は途絶え、紙はクシャクシャに丸めて捨てられた。だが、僅かにその空間には男の思考が残っていた。
ただそれは大したモノではない。これはただの――とある作詞家の独り言であるのだから。
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