2nd
第12話
9月になった。まだまだ夏の終わりは見えそうにない。社内は相変わらず冷房を入れて仕事をしている。都会の喧騒のど真ん中。10階建てのビル内にオフィスを構えているが、中小であることには変わりない。
この文房具メーカーで働いて10年目になる。様々な部署に分かれているが、その全てを経験する可能性がある「総合職」としての採用であった。
営業を5年、商品企画を3年、そして今は自社そのものを売り込む「販売促進部」2年目だ。この販売促進というのは営業と違い、自社アピールの意味合いが強い。製品の売り込みよりもハードルは低いと思っていた。
この会社で製造した文房具は、卸売業を介して小売店に行く。それが消費者の手元に届くわけで、直接俺たちが売っているわけではない。
もちろん、卸を介さず、直接企業に出荷することもある。そういうのは営業マンの仕事であり、会社同士の付き合いというわけだ。
話を戻すと、販売促進は会社の知名度を上げることが仕事である。消費者というのは、地元の文房具屋で買ったモノはそれ以上でもそれ以下でもない。製造会社のことを知ろうともしないのだ。
だから、とてつもなく奥が深くて難しい仕事である。好きの反対は無関心とはよく言うが、まさにその通りなのだ。興味の無い人間ほど引き込むのは難しい。
それに、やることも多すぎる。外注先と内部の板挟みになることも多く、純粋に時間が足りない。だから残業も増える。早く異動したい。
――それで、週一の会議中なのだが。
3ヵ月後の展示会に向けて、宣伝方法を提案し合っていた。俺たちの会社だけでなく、関東近辺のメーカー各社が集う年一回のイベント。まぁ恒例と言えば恒例だ。
「ポスターとかどうすか?」
藤原という社員がだるそうに言った。入社3年目にしては随分堂々としているが、部署歴でいうと俺よりも上だ。別にどうでもいい。
販売促進部は俺含めて15人。100人規模の会社にしては少し少ない。営業やら設計やら色んな部署があるせいで少数精鋭状態になっている。巷ではそれをブラックというらしいぞ。
「まぁそれが無難だよな。効果はあるのか知らんが」
いやそれ一番気にしろよ。ついツッコミそうになったが、ガハハと笑う部長に苦笑いするしかなかった。
今の時代、やはりSNSだろう。誰かが言うと、周りもそれに賛同した。ポスターと言い出した藤原までもだ。大して考えもしてなかった証拠だろう。3年目にしては適当だな。本当。
「でも、本当に効果ありますかね」
「なんだ新木。若者にはついていけないか?」
「まだ32です、部長」
身なりを気にしていたのは営業職だった時だけ。あとは基本的に内勤だから、パソコンと睨めっこする機会が急増した。おかげで視力も落ちたし、目つきも悪くなった気がする。
髪型も短くはしているが、前みたく頻繁に切ることもなくなった。そのせいで「老けたね」なんて言われることも多い。
「新木さん、SNSでバズらせるのが一番早いっすよ」
「どうやって?」
「それをみんなで考えるんです!」
それが出来たら苦労せんわ。この脳筋め。
第一、体育大学卒業の藤原が何でここに居るのかが分からない。配属するなら営業だろ。足を使わせろ足を。ウチの上層部は何を考えているんだか。
「だけど、新木君の言うことも一理ある。今の時代、SNSを使ってる企業も多いし。そんなヒットすることも無いでしょう」
そう言うのは、2個上の山崎さん。歳のわりにボブヘアがよく似合う。冷静に物事を見ることができる頼りになる先輩だ。この部署での勤務も長い。笑うしか能の無い部長に代わって、俺たちのブレインであった。
「企業色が強くなりすぎると広告と判断されて非表示にされかねない」
「実際、広告じゃないですか」
それを言うな藤原。
「いや、ま、そうなんだけど。要するに、使うなら長期的にやらないと、ウチらみたいな会社は3ヵ月そこらじゃ浸透しない」
中小企業の「SNS始めてみました!」なんてアカウントを見つけたところで、大抵のユーザーはスルーする。俺でもそうするし。
その一番の理由は、面白くないからだ。ユーザー自身にメリットが無い。娯楽としての消費もなければ、教養にもならない。明日友達と話す内容でもない。なら、見る理由も無いだろう。
気軽に出来るが故に、下手に手を出すと大失敗してしまう。それがSNSという存在だ。個人でやる分には良いが、会社の看板を背負っているのなら、慎重に考えないといけない。
「となると、やっぱりポスターかしら」
「でも去年もそうだったな」
「中身を変えれば良いんですよ」
そう。結局ここに戻ってきてしまう。
会社の土壌的に、時代の最先端を追ってきたわけじゃない。DXやデジタル化が叫ばれている中で、今もこうして出社して、集まって会議をするような会社なのだ。SNSがどうとか分かるはずもない。
「中身を変えるって言ってもなぁ……」
部長が言葉を漏らしたが、それはここに居る全員の意見である。
ポスターを作るなら、広告代理店に依頼することになるだろう。そこで希望を伝えて先方にデザインをしてもらうのだが、その希望が無いと抽象的になりすぎる。プロに任せるのが一番であるのは分かっているが、最低限のアイデアは必要だろう。
「――有名人を起用するとか」
山崎さんが言う。目を引くのは確かだ。だが、問題はある。
「予算があるのを忘れるなよ。有名人なんて呼べばここに居る全員の給料が無くなる」
「部長が肩代わりすればいいじゃないですか」
「それで賄えるといいけどな……」
切なくなるから、そんなことを言わないで欲しい。会社と社員に挟まれた立場は大変だと思う。だからと言って笑ってばかり居るのもどうかと思います。はい。
予算という存在は、どこの企業にも共通する。宣伝の為なら好き勝手出来るというわけでもない。お金をかけた分だけ、それに見合った利益を出さなければ会社は成り立たない。
投資の額に対して、利益を高く出すのが一番良い。費用対効果、いわゆるコストパフォーマンスが良い手段を模索する会議でもあった。
その点でいくと、有名人のポスター起用はリスクがある。まずはギャラ。そして広告代理店への依頼、印刷費用、撮影代なども含めると、結構な投資になる。
そもそも、誰もが知る有名人がウチらみたいな中小企業のポスターを飾ってくれる画が浮かばない。よくて、その辺の小さな事務所に所属しているモデルだろう。
安くてポスターのメインを飾ってくれる有名人なんて探しても――。
「どうした新木。固まって」
「あ、あぁいえ……」
居ないこともない。彼女が今何をしているのかは知らないが、フリーランスであるなら、もしかして。安く引き受けてくれるのではないか。
いやでもなぁ……。報道された人間を起用するのもそれこそリスクがある。しかもその相手が俺なわけだし。いくら事務所側が否定したとしても、報道の事実を蒸し返すことにもなるだろう。そうなれば、身バレの可能性だってあり得る。
「良い案でもあるの?」
山崎さんはひどく察しが良い。俺が言いづらいと思ったらしく、そんな時はいつも助け舟を出してくれる。だけど、今だけは良い迷惑だった。
ここで「無い」と言えば話は振り出しに戻る。行っては帰ってきての繰り返しで、永遠にゴール出来ないスゴロクをしているみたいだ。人はこうして思考を止めるのだ。虚しいことに、大事な時に限って。
「まぁ……無いこともないですけど」
見切り発車とはこのことだ。良い案でも何でもない。ただの思いつき。それをさぞ思いついたかのように言ってみただけ。
桃花愛未を起用してみてはどうか、と。
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