第9話 魔界の食材は危険がいっぱい

 黒い毛玉のもふ魔達と、もふもふした銀色の毛並みのルー。

 優しい彼らに囲まれて、私の魔界での日々は充実している。


 だんだん慣れてきたのか、フェンリル改めルーは昼間も顔を見せてくれるようになった。銀色狼の登場に、初めは戸惑っていたもふ魔達。今ではすっかり仲良しで、時々背中に乗っている。


「きゅー、きゅーい」


「きゅー、きゅきゅ〜い」


「ガウガウ」


 ルー、高~いって、言っているのかしら?

 可愛いわ。


 まるでもふもふパラダイス!

 これで処刑におびえることさえなければ、最高なのに。


 ここに来て10日ほど経過したため、城内はそこそこ清潔になってきた。ルーはやはり上級魔族で、彼がいると魔族達には邪魔されない。それどころか、協力を申し出る者まで現れた。


「フェンリル様を護衛にするなんて、あなた、ただ者ではありませんね?」


「人間の匂いがするけど、実は上級魔族なの?」


「いいえ、ただの人間です」


 手伝ってくれるのは、頭の上に耳が付いた犬のような魔族が多いかな? 彼らはルーの眷属けんぞくなのかもしれない。


 せっかくなので遠慮なく頼み、カーテンや布を外してもらった。洗濯物の量は増えたけど、綺麗になったら見違えるだろう。拭き掃除が得意になったもふ魔達も、かなりの活躍だ。


 吸血鬼は納得できないらしく、近頃嫌みが倍増している。


「ハッ。人間のくせに上級魔族までたらしこむとは、油断なりませんね。あなたもあなたです! 人間の機嫌を取るなんて、魔族としての誇りはないんですか!!」


 フェンリルのルーは小言をあっさり聞き流し、あくびをしている。

 思わず噴き出しそうになったけど、必死に耐えた。


「そうやって偉そうにしていられるのも、今のうちですよ。あと少しで処分されるでしょう」


 シャレにならないセリフだが、強い味方がそばにいるので、前ほど怖くない。私は私にできることをしよう。


「ルー、今日は外で収穫したいんだけど……いい?」


「ガウ」


 上級魔族は絶対的な存在で、敷地内はフリーパス。

 もふ魔達が怯える区画にも余裕で入れるため、珍しい食材がどんどん手に入る。


 ただでさえ最近氷室の調子が悪く、あまり保存がかない。一つ目の料理長に頼まれてもいるから、新鮮な食材を採ってこよう。


 

 

 まず向かったのは、『トルナマト』の区画。

 茶色のくきに実は赤紫色でトマトに似ているが、収穫が結構大変だった。ヘタのすぐ横に弓の的のようなものがあり、これに小石を当てないと絶対にちぎれない。


 近づきすぎるとたちまち枯れるし、しかもゆらゆら揺れている。柵の向こうから小石を当てて、落ちた実を熊手でかき出さなければならないとは、なんとも面倒だ。


「ここで時間を取ると、他に行けない。武道は得意だけど、球技は苦手なんだよね」


 柵に備えられた石を、的に向かって投げていく。

 けれど今日のトルナマトは激しく動いて、狙いが定まらない。


「あっ、また外した。ごめん、ルー。もう少しだから」


「オオォォォーーーン」


 困った顔で告げたら、いきなりルーが吠えた。

 びっくりしたトルナマトは、一斉に動きをとめている。


「……え? 今がチャンスってこと?」


 とまっているため、的に小石がよく当たる。

 赤紫色の実が、面白いようにボロボロ落ちていく。


「ルー、ありがとう。余った分は、スペアリブのソースにするから。じゃあ、次に行こうか」


 かごいっぱいになったトルナマトをもふ魔に託し、別の区画へ。


 次はマンドラゴラの畑だが、私はまだ実物を見たことがない。マンドラゴラの根は猛毒だけど、葉は柔らかくて美味しいそうだ。

 葉のみほしいが、人の形をした根にバレずに手に入れるには、どうしたらいいのだろう?


「根っこの叫びを聞くと、即死。声を聞かずに葉をちぎるって、やっぱり無理なのかな?」


 両手で耳をふさげば引き抜けないし、代わりを頼めば頼んだ相手の命が奪われる。諦めてその場を離れた途端、ルーがうなる。


「ガルルルル……」


「え? 根っこを脅せばいいの? ……って、違うか」


 だいぶ離れた私をよそに、フェンリルのルーがマンドラゴラの畑に戻っていく。


「待って、ルー。危ないから!」


 慌てて呼ぶけど間に合わない。

 狼は人間より耳がいいので、悲鳴を聞けばひとたまりもないはずだ。


「ルー、そこまでしてほしくないよ!」


 とめる間もなく、大きなフェンリルは前足で器用に土を掘った。


「……ピッ」


「……ピキッ」


 小さな声が聞こえたけれど、一瞬なのでよくわからない。見れば、ルーの足下に何かが積み上げられていく。


「そうか。マンドラゴラは『引き抜く時』に声を上げるから、瞬時に採るなら平気なんだね!」


 鋭い爪を持つルーのおかげで、マンドラゴラ達は悲鳴を上げる暇もなかったようだ。


 掘るのをやめてひと鳴きしたルーに、私は安心して近づく。


「うわっ。根っこは本当に人みたい。葉っぱの形はホーレン草? キッシュに入れたら美味しそう」


 貴重な食材を手に入れて、満足しながら続いての場所へ。

 難易度はどんどん高くなり、一般の魔族では手に負えない区画だ。


 鶏の身体と蛇の尻尾を持つ『コカトリス』の小屋に到着した。味はほぼ鶏肉で卵も美味しいけれど、凶暴なので料理長でも手を焼くらしい。


「危ないし、見学だけでいいよ。黒芋がたくさんあったから、当面あれでしのげるし」


 初日に食べた黒い芋は、危険もなくすぐに収穫できるので、食事によく出された。

 どう工夫しても美味しくないが、食材入手に命を懸けるよりはいい。


 コカトリスはかなりの大きさで、鶏肉がたくさん取れそう。

 だけどここは、ぐっと我慢だ。


「コケーッ!」


「ゴッゴッゴ、ゴケーッ」


「コケーッ、クケー!!!」


 ところが、コカトリスは異様に興奮していた。

 ――なんで?


「ああ、フェンリルがいるからか。もしかしてルーは、コカトリスが好物なのかな?」


 私は隣のルーに話しかけた。

 

「ええっと、料理長が二頭までなら獲っていいって言ってたよ。でもルーは上級魔族だから、許可なんて要らないんじゃない?」


 小屋の中には高くそびえた鉄の柵がある。鍵付きの柵の向こうで、コカトリス達は鳴いていた。


「待っててね。今、柵を開けるか……ひゃあっ」


 ルーが突然跳躍する。

 フェンリルは高い柵をあっさり跳び越えると、コカトリスの喉笛をかみ切った。


「ゴケーッ、ゴケーッ」


「グケーッ、ゴーッ、ゴッゴッゴ」


 コカトリス達が、恐れを成して逃げ回る。

 そこら中に羽が飛び散り、小屋中にわめき声が響く。


 コカトリスをくわえた、得意げな顔のルー。

 私は呆気に取られて、口をポカンと開けている。

 

「上級魔族かどうか疑ってごめん。ルーってやっぱり強いんだね」

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