第7話 魔族に絶賛されました
魔王の城は終日暗いが、一応夜らしきものはある。
地の底から鳴り響くような鐘の音が聞こえると、魔族達は自分の居場所に帰っていく。もふ魔達も例外ではなく、別れを告げて飛び跳ねた。
「ぎー、きゅきゅきー」
「ぎぃー、きゅいきゅーい」
またね、とバイバイだろうか?
ヴィーという愛称で呼んでくれるから、なんだか嬉しい。
自室に戻った私は清潔な服に着替え、調理場に急ぐ。
「ヴィー、遅いぞ。今まで何してた?」
「何って、掃除だけど?」
「料理を教えてほしいと言うから、待ってやったんだ。ありがたく思えよ」
「もちろん感謝してますよ。ええっと、これを洗えばいいのかな?」
「ああ。黒芋の皮むきも任せた」
「了解!」
城の料理長に元気よく答えた。
一つ目で身体の大きな彼は、サイクロプスという種族。五十年前のくじ引きでアタリを引き、料理長の職に就いたそうだ。料理がマズいのは、そのせいか……。
一つ目の巨人は、口調こそきついが根は優しい。他の魔族に嫌がらせをされる私を、助けてくれたりもする。
ま、その前にしっかり反撃したけれど。上級魔族は無理でも、中級や下級の魔力が低いものなら、簡単にシメられる。
調理場を自由に使えるのも、料理長のおかげだった。私は今日も手伝いがてら、彼に教えを乞う。
「
「違う。気が向いた時にしか生まないから、多くて一日一個だ」
「なるほど。それから、マンドラゴラの根は猛毒でしたよね。葉っぱは食べられる?」
「ああ。だがあれは、引き抜くときに注意が必要だ。声を聞くと即死するぞ」
「そうだった……」
魔界の食材は独特で、毒抜きが必要なものや、
城の敷地には菜園や家畜小屋のようなものがあり、知性を持たない危険な植物や生物がうじゃうじゃいた。そのため、収穫にも細心の注意が必要だった。
「美味しい料理を作れるなんて、大きく出すぎたかな? いや、でも私、掃除より料理の方が得意だし」
夢は普通のお嫁さん。
男心を掴むには、まず胃袋からって言うでしょう?
現に料理長の心を動かしたのも、私が作ったパンだった。
*****
それは料理を教えてほしいと、調理場に乗り込んだ日のこと。
「テストをしてやる」と言われた私が作ったのは、パンのコースで習った菓子パンだった。
「パンが
「……はい?」
「おい、みんな集合!」
料理長の呼びかけで、調理場にいた魔族がわらわら集まってくる。
「これ、食べてみろ」
「はい。……!?!?!?」
「なんだこれは! ふわっふわで柔らかい」
「人間は、こんなに美味しいものを食べているのか?」
「ええ、まあ……」
パン一つで大騒ぎ。
そういえば、今まで出されたものは全部硬かった。
魔界の主流は、古代エジプトのような平べったいパンだ。発酵が不足しているためものすごく硬くて、酸味もある。使っているのは小麦というより、前世のライ麦に近いかな?
小麦じゃないので
「お前、なかなかやるな」
早速、料理長に褒められた。
味覚は、魔族も人と同じらしい。それなら私の料理は、ここでも通用する。
この料理長、驚くことに調理は全て目分量。
それじゃあ作る人によって味が変わるし、上手にできても再現できない。
そこで私は、一つ一つ分量を計って記録していくことにした。
いわゆるレシピだが、魔王の刻印のおかげで書いた文字が、魔界の言葉に変換されていく。
「ほう。まめなこった。なあ、この通りにすれば俺でも作れるか?」
「ええ。料理長なら、余裕かと」
サイクロプスは、いかつい外見に比べて内面は真面目。レシピでわからないことがあれば、素直に聞いてくる。
「ヴィオネッタ……呼びにくいな。ヴィー、ここはどういう意味だ?」
「二分の一は、半分という意味です。分量の半分を先にいれ、なじんだところで後の半分を入れてください。わかりにくいなら、書き直しておきますね」
「ああ、よろしく」
「できた! ……む。こんなに美味しく焼けるとは、俺は天才だな。助言したお前を褒めてやろう」
「……はは」
その日を境に、料理が急に美味しくなったと、城でも評判に。
料理長はご満悦。
「なるほど。お前は、人間界で言う料理人だったんだな」
「そんなところ……かな?」
今世ではなく前世だし、料理人ではなく家政科専攻かつ料理教室の生徒だ。
説明するのは面倒なので、笑ってごまかした。
*****
「さすがに食材が不足しているから、納得のいくものはできない……か」
夜も
大きな鉄の鍋で作っているのは、
とげとげの中はパイナップルとそっくりな酸味のある果肉だが、これと一緒に煮るだけでスペアリブの柔らかさが断然違う。
「ソースの材料が足りないな。砂糖はハチミツ、トマトはこの世界ではトルナマトで代用できるけど……。
ぶつぶつ
やがてそれなりの香りが漂い、前世のスペアリブを思い起こさせる。
「さてと、ようやく試食だ。この時間が一番楽しみ〜」
テーブルの上に置いた木の皿には、苦労して作った骨付き肉が載っている。赤紫のバーベキューソースは酸味が強い気もするが、自分にしてはまずまずの出来だ。
慣れない食材かつ少ない調理器具で、よくぞここまで仕上げたと思う。
「いっただっきまーす♡」
ナイフとフォークを使って、一口分の
その途端、妙な気配を感じた。
「ガルル、グルルルルル…………」
この声は狼!?
突然恐怖が
肉の塊がフォークごと床に落ちたが、拾う余裕はない。
だって戸口にいたのは銀の毛並みの狼で、森で遭遇したものの三倍以上はある。銀狼は大きな青い瞳を、まっすぐ私に向けていた。
銀色の毛は柔らかそうに見えるけど、凶暴な牙のこのもふもふはいただけない。
使える武器は……フライパン?
横目でフライパンを確認した私は、さりげなく取っ手を掴む。狼が近づいてきたら、鼻を殴ってその
「ガウウゥゥーーッ」
銀色の狼はたったの一飛びで、間を詰めた。
「どりゃっ!」
力を込めてフライパンを振り回す……が、まさかの空振り。
バランスを失いよろけた私には、もう後がない!
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