第4話 下級悪魔を捕まえよう

 現在、絶賛ほこりっぽいろうの中。

 やることもなく暇なので、あぐらをかいて反省中。


「くっそ〜。反撃する暇もなく意識を奪うなんて、ずるい!」


 しかも胸元には、握りこぶしくらいの赤い魔法陣が刻まれていた。


「これって罪人の印みたい。結局魔王は、顔が綺麗なだけの悪の権化。私にとっちゃ死に場所が変わっただけか」


 処刑の日はまだ決まっていない。

 その日が来るまで、蜘蛛くもの巣だらけの埃っぽい地下牢で過ごさなくてはならない、とのことだった。


「か弱い私を、こんなところに閉じ込めるなんて……」


 魔界の牢は堅固けんごで、三方を石の壁に囲まれている。正面は鉄柵の代わりに『吸血』のつるで覆われていた。これは魔界の植物で、触れた者の血を吸うらしい。


「ほらよ、食事だ」


「……あ。どうも」


 サイのような鼻に角の生えた看守から、食事を渡された。

 受け取った木のお盆には、コップの他に茶色がかった緑のスープと真っ黒なかたまりと、うごめく何かがっている。何かは濃い紫色の物体で、触手のようなものまで見えた。


「うわ、怖っ。こんなものを与えるなんて、処刑を待たずに餓死がしさせるつもり?」


「まさか。みんなこんなもんだぞ」


「え? そういえば、なんで言葉がわかるの?」


 サイの看守は、不思議そうに首をかしげている。


「わかるも何も、魔王様直々の刻印だろう? 魔力が宿っているから、当たり前じゃないか」


「そんなもの?」


 刻印って便利だ。全然痛くなかったし、なんと翻訳機能付き。

 だけど、もうすぐ消す相手に便利な機能は無駄な気がする。


「ま、いっか。それじゃあ食べてみよう」


 見た目はアレでも、案外美味しいかもしれないし? 牢の中での楽しみは、食事だけだし?


 私はにごった沼色スープを口にふくんだ。


「うぐっ……」


 両手で口を塞ぎ、き出したくなるのをとっさにこらえた。


「舌がビリビリする。味がないのに、これって何?」


 スープは諦め、黒い塊に挑戦する。


でた芋? それにしては、ゴムみたいな食感ね。口の中でねばつくし、美味しくない」 


 残るはうごめく野菜(?)のみ。

 かじろうとすると、触手の吸盤が顔に吸い付いた。


「無理無理無理。こんなの絶対食べられない!」


 再び口にする勇気はなく、黒い塊も諦めた。

 飲みものはというと……。


「真っ赤な液体? こっちも、嫌な予感がする」


 ところが見た目に反し、飲みものだけはまともだった。

 味は、前世で飲んだグァバジュースに似ているかな?




 翌日以降も同じような食事が続く。

 紫や黒や時々うごめく物体は『吸血樹』さえ避ける上、見た目以上にマズかった。


「しょっぱいし酸っぱいし、硬いし美味しくない。見た目も味ものどごしも悪いって、相当だよね」

 

 サイの看守と手に水かきがついた看守が、私の発言を聞きつける。


贅沢ぜいたく言うな。人間界でどれだけ美味いものを食べていたのか知らんが、ここではこれが普通だ」


「そうだぞ。食事のための同族の殺戮さつりくは禁止だから、こんなものしかない」


 殺戮?

 物騒な言葉に目を開く。


「安心しろ。五十年前、今の魔王が魔界を統一してからは、たとえ人であっても殺してはいけないと、厳命されている」


「五十年前……ってことは、魔王はおじいちゃん!?」


 驚いた拍子に埃を吸い込んだ。


「ゴホッ、ゴホッ」


「安心しろって言ったのに」


「ああ。魔王様の囚人に手を出すほど、俺らは命知らずじゃないからな」


 いや、驚いたのはそこじゃない。

 二十代半ばに見える魔王は、実はかなりの高齢だ。


「でも、確かにな。もう少しマシなものが食いたいよ」


「ああ。俺らはまだいいが、下級魔族は我慢の限界じゃないか? この前だって……」


 看守達は、私を無視して会話を続けている。

 とりあえず命の危険はないようだけど、魔界の情報は集めておきたい。


 聞きかじったところによると、魔界の食事は楽しむためではなく、魔力を保つための手段。味に期待しないのは、そのためらしい。

 また、彼らは自分達のことを『魔物』ではなく『魔族』と呼んでいる。魔族は上級・中級・下級に分類されているようで、上級魔族は力も強く、権力もあるみたい。


 看守はたぶん『中級魔族』。

 知能が低く力の弱い魔族を『下級』とバカにしていたから。

 それぞれ自分より上位に逆らえず、全ての頂点に魔王が君臨しているらしい。


 魔界にも身分制度があるなんて、思ってもみなかった。

 人間は枠の外なのか、理不尽な看守を拳で黙らせたせいか、彼らは意外に親切だ。


「ええっと、ホウキと濡れた布だっけ? 持ってきてやったぞ。こんなもの、なんに使うんだ?」


「ありがとうございます。もちろん掃除です」


「そうじ? なんだ、それ」


 看守は掃除を知らないようだ。

 牢がほこりっぽいのって、今まで一度も清掃しなかったせい!?


 ランプの明かりで、空気中に舞う埃が輝く。幻想的な光景だけど、この状況には耐えられない。


「清潔にすることです! まず蜘蛛の巣を払わないと」

 

 そう言ってホウキで壁際の巣を取り払う。


「こんなこと、前は怜央に任せていたのに」


 ぶつぶつ文句を言っていたら、看守は興味がなさそうに立ち去った。


 直後、私は部屋のすみにある大きな埃に気づく。


「あれ? さっき、こんなのあったっけ?」


 大きな埃は二つあり、それぞれがバスケットボールくらいの塊だ。ここまで大きいのに、なぜ気づかなかったんだろう?


「ま、いっか。綺麗にしよう」


 貴族は掃除を使用人に任せている。前世の私は怜央に。ただ一度だけ、祖父に叱られ彼と一緒に広い日本家屋をピカピカになるまで磨いたことがある。


「とりあえず、ホウキで掃き出して……」


 触れた直後、塊が動く。

 

「きゅーい」


「きゅい、きゅい」


 埃が鳴いた!?

 いや、よく見れば頭に角が生えている。

 角が生えた黒い毛玉の塊は、大きくねると私に襲いかかってきた!


「ぎゅいーーっ」


「きゅーーっ」


「甘いっ」


「きゅい?」


「きゅきゅい?」


 素早く避けて両手で掴むと、塊がジタバタ暴れている。もふっとした感触は、なんだか毛玉みたい。


「ぎゅい、ぎゅーいっ」


「ぎゅいー、ぎゅいー」


 先ほどの看守の声がよみがえる。


『俺らはまだいいが、下級魔族は我慢の限界じゃないか? この前も……』


 まさか、私を捕食する?

 でもこの塊、どう見ても弱そうだ。

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