第3話 魔王登場

 魔王は、残虐非道との噂。その彼に見つかれば、明日の朝日は拝めない。


「そもそも魔界に朝は来る?」


 そんなことを考えていた時だった。

 奇妙な声が真上で聞こえ、慌てて空をあおぎ見る。


「ギイギイ」


「ガァーキィィー」


 手の部分は翼で上半身は女性、下半身が鳥の足。


「羽の生えた人? 違う。これって……ハーピー?」


「キイィィィーーー」


 超音波のような鳴き声に、たまらず耳をふさぐ。

 母の好きな童話に出てきたハーピーは、もちろん魔物だ。

 みる間に私に近づくと、鋭いかぎ爪を伸ばした。


「ギイィィィ」


「危なっ」


 一匹を避けたが、間に合わない!


「やめっ…………え?」


 腕をクロスし急いで顔を隠したものの、気づけば宙に浮いていた。

 もう一匹のハーピーが私を掴み、どこかに飛んでいく。


 ここで暴れたら、間違いなく転落死。仕方がない、おとなしくしていよう。




 やがて、城のようなところへ到着した。

 連れて行かれたのは、床に白と黒のタイルが敷き詰められた広々とした場所だ。室内というのに壁に沿って木が生え、天井には星が浮かんでいる。


 奥の真っ黒な階段には赤い絨毯じゅうたんが敷かれ、一番高いところに装飾付きの空の玉座。

 その手前に、人らしき姿が見える。


「そこのあなた、教えてください。ここは魔界ですよね? 元の世界に帰るには、どうすれば良いのでしょう?」


 その人は黙ってこちらを見下ろしている。


 ――ハーピーもだけど、この人も言葉が通じない?


 彼は黒い翼を広げると、一瞬にして私の前に降り立った。


「人間、発言の許可を与えていないのに、勝手にしゃべるとはどういう了見ですか?」


「……え?」


 よく見れば、耳がとがっている。肩までの灰色がかった茶色のストレートの髪に赤い瞳で、金色のくさりが付いたモノクル(片眼鏡かためがね)をかけていた。

 恐ろしく美しい顔立ちだけど、翼はこうもりみたい。

 この姿って――。


「吸血鬼?」


「馴れ馴れしいぞ、人間!!」


 怒鳴られた途端、触れられてもいないのに床にいつくばる恰好かっこうとなった。


「ぐ……」


 起き上がろうとしても、動けない。

 目に見えない力が働いているから、これは魔法?

 それなら彼は、吸血鬼ではなく魔王なの?


 残虐非道と伝承されてはいるけれど、言葉が通じるなら耳を貸してくれるかもしれない。


「魔王様。取り乱してしまい、大変失礼いたしました。わたくしは偶然、この地に迷い込んだだけなのです。決して近づくつもりは……」


「魔王様? はっ、その発言こそ失礼です。ただの人間が偉大なお方を口にするなど、無礼極まりない」


 じゃあ、どうしろと?


 反抗的な気分になるが、慌てて言葉を飲み込んだ。


 ただこれで、魔王は別にいるとわかっ……たからって、どうなるものでもない。

 吸血鬼を倒すだけでも大変なのに、魔王まで加われば、勝ち目はなさそうだ。


「偶然だろうとなんだろうと、人間の分際で魔界に侵入するなど許せません。よって、即座に処刑する!」


「なっ……」


 気合いでなんとか乗り切ろう。

 親指の先に力を入れて、軽く動かした。


 ――いける!


「……と、言いたいところですが、お決めになるのは魔王様です。たとえ人間であっても、勝手に殺すなと厳命されていますので」


「な~んだあ」


 紛らわしい言い方はやめてほしい。

 だったら魔王さえ現れなければ、大丈夫。魔界の様子を探り出し、上の者と話をつければ、いつか人間界に戻れるだろう。


「ヒーッ、ヒッヒッヒ」


 吸血鬼がいきなり、勝ち誇ったように笑う。


「ちょうどお戻りになられたようです。処刑の許しをもらいましょう」


「……え?」


 指差され玉座に注目すると、黒い霧のようなものが徐々に集まっていく。それは明確な形を作り、つのの生えた姿を出現させた。

 魔物達が一斉に、玉座に向かって低頭する。


「これが…………魔王?」


 口にするやいなや、両手を広げたはりつけの姿勢で玉座の前に宙づりにされてしまう。


「くっ」


 どれだけ力を入れても動かない。

 私は魔王にガンを飛ばす。


 濃い青に金の刺繍ししゅうが入った豪奢ごうしゃなマントに身を包んだ魔王は、短めの黒髪で頭に立派な角が生えている。意外に若いが、驚くべきはその顔だ。


 ――カッコ良すぎる!!!


 鼻筋が通ってすっきりした切れ長の目に瞳は赤。高い頬骨ほおぼねや形の良い唇、あごのラインも完璧だった。


「魔王、イケメンすぎない?」


「人間! よくも魔王様を――レオンザーグ様を呼び捨てにできたな」


 すぐ側で声が聞こえたと思ったら、怒った顔の吸血鬼が私の横にいた。ちなみに魔王は、レオンザーグと言うらしい。じゃあ、愛称はレオ?

 その時ふと、あいつの顔が浮かぶ。


 ――『側にいる』って言ってたあいつの名前も怜央れおだった。今頃どうしているのかな?

 

「よい。クリストラン、ご苦労だった」


 魔王は声もイイ。

 肘掛ひじかけに肘をつき、ため息をつく姿まで絵になっている。


「罪人を魔の森に追放するのはやめろと再三忠告したのに、人の愚かな頭では理解しがたいらしいな。よもや我の直轄地にまで侵入させるとは。ズタズタに切り裂き、見せしめにするだけでは気が済まぬ」


 恐ろしい内容が、魔王の口から零れ出た。

 もしかして私、ここで死ぬの?


「おっしゃる通りです。傲慢ごうまんな人間に、情けをかける必要などございません」


 クリストランと呼ばれた吸血鬼が、嬉しそうに相槌あいづちを打つ。

 魔王は面白くもなさそうに、長く尖った爪で肘掛けをコツコツ叩いている。


「……っ」


 ――青い髪と瞳の私。せっかく綺麗に生まれ変わったのに、ここで終わりなんてあんまりだ。だけど、無実の罪での追放やこの地に迷い込んだのは私の意志じゃない。


 ようやく前世を思い出し自由を手に入れたのに、こんなところで死んでたまるか!!


 目に意識を集中し、魔王をにらみつけた。


「ほう? たかだか人間が、二度も我を睨むのか」


 片方の眉を上げた魔王の瞳が、キラリと光る。


「貴様っ!」


 吸血鬼が激怒する。

 逆に魔王は冷静で、私を脅す吸血鬼を軽い手の一振りであっさりはじく。


「邪魔だ」


「申し訳ございません」


 吸血鬼は空中で体勢を立て直し、その場で深々一礼した。そんな姿は痛快だけど、今は笑っている場合じゃない。


「魔王様。この人間、いかがいたしますか?」


「……そうだな。我に刃向かう者を、楽に処刑するなどもったいない。ひとまず牢に入れておけ」


 玉座から立ち上がった魔王が、私に向かって手を伸ばす。

 すると私の着ていたシャツのボタンがはじけ飛び、胸元が熱くなった。


 ――きゃあっ。


 身体が光ったかと思うと、続いて意識を奪われた。

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