第一章 魔族と私

第1話 バカな王子は願い下げ

「ヴィオネッタ・トリアーレ! 僕は盗人を妃にするつもりはない。当然、この婚約は破棄はきだ!」

 

 金髪に青い瞳の麗しい青年が、高らかに告げた。

 その腕には、ピンクブロンドの髪に淡いピンクのドレスを着た可愛らしい少女がすがりついている。


「……チッ」


 青い髪に水色のドレスの侯爵令嬢ヴィオネッタ――わたくしは、あろうことか舌打ちしてしまう。

 その瞬間、頭の中に奇妙な映像が流れ込む。


 ――何これ? 異国風の横に広い木の家と石の庭? 輪っかのついた黒塗りの箱から続々降りる奇妙な服の男達? わたくしは、この光景を知っている!


「聞こえなかったか? お前との婚約は、破棄すると言ったんだ。盗んだものも返してもらう」


「はあ? 盗人ってなんのこと? 婚約だって、元々嫌だったんだけど。下手に出てりゃあ、いい気になりやがって」


「な、ななな……」

 

 私が言い返すと、金髪の第一王子エミリオがワナワナ震える。

 

 ――しまった。ここって城内だ。まあ、思い出したし、もういいか。


 エミリオ王子は私の婚約者。いえ、婚約者

 他の女に走る男など、こっちから願い下げ。


「ヴィオネッタ、その言い方はなんだ? 僕に逆らうのかっ」


「ガタガタガタガタうっせーな。こっちがおとなしくしているからって、調子に乗るなよ。誰が何を盗んだって?」


 私はまたもや言い返す。


 ――訂正。おとなしくしていたのは婚約破棄を言い渡される前。つまり、前世を思い出す前の私だ。


 たった今、組長の孫娘だった記憶がよみがえった身としては、無実の罪を着せられてるのに、黙っているなどあり得ない。

 

「そ、その態度はなんだ? 国宝を盗んだだけでなく、このアリストラ嬢に嫌がらせをし、死の危険にさらしたそうではないか」


「はああ?」


 国宝を盗んだだけでなく、略奪女に嫌がらせ? この私が? まさか。


 肩をすくめて首を横に振る。

 この王子、顔がいいだけの救いようのないバカだ。


 だって、私は彼女と初対面。

 何をどうすれば、嫌がらせができるのだろう?


「どちらもわたくしではありません。きちんとお調べください」


 口調を元に戻して、元婚約者の王子をたしなめた。


 いつしか周りはシンとして、私と彼の言い合いに聞き耳を立てている。その中には国王や、今世で両親の侯爵夫妻も含まれていた。


「黙れ、黙れ、黙れ! 僕の婚約者としての特権を利用して、国宝を盗み出したそうだな。さらにピピ・アリストラ嬢の愛らしさをねたんで、しつこくいじめたというではないか。婚約破棄は当然だ。深く反省するがいい」


 勝ち誇ったような顔の王子と、彼に身を寄せる略奪女。

 どうしよう? お似合いすぎて、笑えるわ。


「婚約破棄は喜んで! でも、盗みは知りません。それと、わたくしがその方にした嫌がらせ、とは?」


「何をヌケヌケと。忘れたフリをするなら、思い出させてやろう。友人にあることないこと吹き込んで、ピピの悪い噂を広めたな。頭から熱湯をかぶせたり、割れたガラスの上に突き飛ばしたり。さらに毒まで盛ったというではないか」


「いいえ、そんな覚えはありません」


「何をヌケヌケと!」


 おやおや、言いがかりにもほどがある。

 この王子、いちいち教えてあげないとわからないのかな?


「熱湯を被ったのなら、無事では済まないはずですよね。火傷のあとはどこですか? 割れたガラスとは、どこのガラスを指すのでしょうか。毒も知りませんし、城内のことなら毒味役の責任です。そもそもわたくしは、そのご令嬢と会ったことさえございません」


「言い訳するな。見苦しいぞ!」


「言い訳も何も、正真正銘初対面です。あと、盗まれた国宝とはなんのことですか?」


「何、とは? 他にも覚えがあるんだな」


「まさか。宝物庫には、王族でさえ軽々しく入れませんよね? それなのに、どうしてわたくしのせいになったのですか?」


「白々しい。自らは手を下さず、人を雇ったくせに。『妖精のブローチ』を盗み出し、逃げそびれた一人がお前の名を口にしたぞ」


 ――『妖精のブローチ』? 初めて聞く名前だし、光りものには興味がない。


「盗み出した者が、嘘をついているのですわ。ここに呼び出してくだされば、違うと証明できるかと」


 野蛮なことは嫌いだけれど、現れたら奥歯に手を突っ込んで、ガタガタ言わせようか。そうすれば、きっと真犯人の名を吐くだろう。


「無駄だ。とっくに斬り捨てている」


「はあ? だったらわたくしのせいにするのは、無理がありますわね。それに盗みを犯した人間が、黒幕の名を素直に吐くでしょうか。そこのお嬢さん、わたくしをおとしいれるならもう少し頭を使わなくてはね」


 ピピという名の女性は王子の服にしがみつき、ただただ震えている。

 髪はピンクで肌は白いが、お腹の中は真っ黒け。


「なんだと? 僕の愛しい人を侮辱ぶじょくするのか!」


「侮辱も何も、お幸せに〜♪ 用件がそれだけでしたら、わたくしはこれで」


 やれやれ。バカの相手はものすごく疲れる。

 前世を思い出したばかりとはいえ、十七歳の今まで耐えてきた私って、相当偉い。


「お前達、その女を捕らえよ!」


 突然、王子の声が響いた。


「はっ」


 兵士に肩を掴まれた私は、無言で彼の腕をひねった。


「痛っ! いたたた……」


「おやまあ、ごめんあそばせ」


 城の兵士が、この程度で音を上げるなんて。

 これでも手加減したのよ。感謝してね。


「ぐ……貴様、殿下に逆らうのか!」


「そっちこそ、淑女レディに乱暴を働くなんて、正気なの?」


 私は腕を捻った兵士の剣を抜き取り、斜めに構えた。


「我が兵に刃を向けるとは。許さん、みなの者かかれ!」


「はっ」


「ははっ」


 一斉に向かってくる兵士達。


「では遠慮なく。それっ」


「ぐっ」


「どわっ」


 私は彼らの武器を次から次へと叩き落とし、時にはひじ打ちもお見舞いする。


 なんで強いかって?

 前世の私は幼い頃から、あらゆる武道を叩き込まれた。

 とっさに身体が反応したのは、そのせいだろう。


 ホホホと笑って優雅に退場……のはずが!?


「こんな、知りません。悪霊にでも取りかれたのだわ」


「そうとも。うちの娘が、こんなに下品なはずはない」


 ちょっと待って。

 うちの両親、本気なの?

 バカ王子をたしなめたくらいで我が子を否定って、ひどくない?


「しまっ……」


 ショックを受けて立ち止まっていたそのすきに、兵士に周りを囲まれてしまった。

 一対一ならいけるけど、さすがにこの人数では勝ち目がない。


「わかった。降参するわ」


 剣を捨て、両手を上げた私の耳に、国王の声が飛び込んだ。


「その娘、国宝を盗んだだけでなく、王族に刃向かうとは。即刻牢に入れよ」


「違っ……」


 盗みなんて覚えがなく、抵抗したのは自分の身を護るため。

 それなのに――。


 王子がツカツカ近づいて、兵士に羽交い締めにされた私の前で腕を組む。


「バカめ。僕の愛しい人を侮辱して、ただで済むと思ったのか? だいたいお前は、昔から可愛げが無――つっ!」


「あ、ごめ。つい」


 考えるより先に足が出た。

 上半身は拘束されても足は自由。そのためつい、眼前のムカつく男を蹴り上げたのだ。

 

「○×△□&☆!!!!」


 大事なところに当たったせいか、王子は《うめ》呻いている。

 ざまあみろ、と笑みを浮かべた私の口が、続く言葉に凍り付く。


「な、なんと! 許せぬ。罪人を魔の森に追放せよ!!」


 声を発したのは国王陛下で、彼の命令は絶対だ。


「罪人? そんな、今のはわざとじゃありませんっ」

 

 魔の森には凶暴なおおかみが生息していて、生きて帰った者はいない。あの地は残虐非道な魔王の領域で、魔界に通じる道がどこかにあると信じられている。


「正式に調査してください。そうすれば、わたくしの無実がわかるかと……」


 抵抗虚むなしく、親にも見捨てられた私が魔の森に追放されたのは、それからわずか数日後のことだった。

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