魔王とお嬢

きゃる

プロローグ

第0話 魔王とお嬢

「いよいよカチコミね」


「ああ、準備はいいか?」


「当たり前じゃない。一国の王族ごときに、今のあたしがビビると思う?」


「違いねえ」


 かたわららに立つ男性が、クスリと笑う。フードの下の端整な顔はよく見えないが、金の瞳は面白そうに揺らめいているはずだ。


 彼は人外――魔界の王で、いわゆる魔王。

 長い黒髪に想像を絶する美貌びぼう、スラリと引き締まった体躯たいくを目立たぬよう、フード付きのマントですっぽり隠している。

 なんてもったいない……っていうのは、あたしのただの感想だ。


 対するあたしは人間で、か弱い女性――まあ、見てくれだけはね。

 毛先にウェーブのかかった紺色の髪はつややかだし、小ぶりの顔はおとなしそう。長いまつげに縁取られた青い瞳は理知的だ、とよく言われていた(注:過去形)。


 そんなあたしは恵まれた容姿を持ちながら、転生して貴族の家に生まれちまったばかりに理不尽な目に遭ってきた。 そんな自分がめぐり巡って魔王の彼と出遭ったのは、まあ、あたしをおとしいれた相手のおかげ、と言えなくもない。


「だからって簡単に許してあげるほど、あたしは甘くはないんだよ」


「知ってる」


 ボソッと口にした途端、魔王がうなずく。

 彼とは時を超えた結びつき。深く知る相手だからこそ、いつでもどこでも頼もしい。


「じゃ、よろしくね」


「ああ。お嬢の望むままに」


 魔王となった彼の低い声が、あたしの背中をで下ろす。

 その響きには決まってモゾモゾするけれど、この感情に名前を付けるのは後でいい。



 この日――。

 ボンクラ王とボケナス王子、イキッた女が治める国は、きれいさっぱり無くなった。

 

 

 

 

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