第四話 シマちゃん参戦

ぞろぞろと列をなして私たちがエントランスに到着すると、なんとデレデレで猫を撫でる江藤さんを発見!


意外だなぁ…最初の印象と全然違う姿に驚いていると、女将さんが江藤さんの方に駆けていく。


私たちが見ていることに気がついた江藤さんは、あわてて立ち上がると恥ずかしそうに咳払いした。


「こほん…ええと、お疲れ様です、女将」


「お疲れ様なのです、江藤。シマちゃんのお世話感謝するです」


あ、シマちゃんって、この猫ちゃんのことなのね。江藤さんと入れ替わりでしゃがみこむ女将さん。江藤さんは意外だったけど、女将さんはイメージ通り。夜にこの格好のままで花火を持たせたりしたら完璧だ。


そして、女将さんが小さな手でなでるモフモフの毛玉。シマちゃんと呼ばれているこの子は…って、あれ?


「あ、防波堤の」


まさしく、車の中で目が合った黒トラだった。今はカーペットの上に気持ちよさそうに丸まっているが、同じ猫で間違いない。


「あれ、知ってるのかい」


赤座さんが私に尋ねた。


「あの、車の中で、暁町にも猫いるんですか、って聞いたじゃないですか」


「ああ、そうだね」


「その時、実は外からシマちゃんに覗かれてて」


「なるほど、さすがシマちゃんの観察眼だ。君が来たことも察してたみたいだね」


赤座さんの車を覚えているということか?それとも、私がインターン生だと分かって目を合わせてきたのか?いずれにせよ、この猫、できる。


ふと、シマちゃんがその眼を開いた。寝ぼけた様子も見せず、スっと立ち上がる。女将さんを一瞥したのち、部屋を出た流れで1列に並んだままの私たちの方へ向かってくる。


先頭は赤座さん。


「お帰り、シマちゃん。今日から新しく研修生が…って」


シマちゃんは赤座さんをまさかのシカト。


2番手は私。もしかして、車で目が合って興味を持ってくれたのかな?


「おいで~シマちゃん」


しゃがんで手招きしてみる。が、「興味ないね」という金髪のゲームキャラのセリフが聞こえてくるほどのあからさまな無視。おばあちゃん家の猫はもうちょっと愛想が良かったので、ここまで冷たいとショックだった…。


「お、もしかして俺か?ほらほら、来いよ」


3番、常宮くん。その人の良さは猫にも伝わる…というのは間違いのようだ。


「おーい、俺が見えないのかよ、体のデカさには自信あるんだがな」


やれやれだぜ、というふうに首を振る熊さん。


4番、南さん。…こうやって読み上げると野球の打順みたい。


野球だったら4番はホームランバッターと決まっているものだが、南さんは猫を前にも表情が変わらない。お互い目はあっているようだが、シマちゃんは特に止まることなく通過。見逃し三振といったところか。


最後に残ったのは、真地くん。急にシマちゃんが駆けていったりしたら、真地くんビビるんじゃないか、とさっきの様子を見て思っていたが、それは杞憂だった。


真地くんは慣れた手つきでシマちゃんを両手に抱える。毛玉も満足そうな表情。


「まさか、初対面の人に負けるとは…」


赤座さんのつぶやきが聞こえた。悔しそう。それを見て江藤さんや女将さんはニヤニヤ。


「あんた、嫌われてんのよ、やっぱり」


江藤さんの素の表情がちらっと伺えた。ちょっと赤座さんに毒舌なのか?それに、何故かちょっと勝ち誇ったような顔してるし。


「……俺は嫌われてない」


赤座さんの返事は静かだった。が、私のさっきまでのイメージが江藤さんに続き崩れかけてきている。


「自覚ないのね。シマちゃんの反応が証拠よ」


「……」


仲悪いのかな、この2人。

にしては、江藤さんからは(心底嬉しそうではあるが)嫌味な感じはしない。


「そろそろ喧嘩はやめるです。インターン生の前でみっともないです」


女将さんが仲裁に入る。この後1ヶ月に渡り、2人のバトル(?)は何度も目にすることになる。


「で、なんでそんなに懐かれてんだ?ハジメよう」


常宮くんが聞いた。確かに、わたしも気になる。


真地くんのシマちゃんを抱っこする手つきは、とても慣れた人間のものだった。シマちゃんが心地いいように配慮しているのが、素人目にも分かる。


「実は、小さい頃から動物や植物が好きで」


すると、さっきまで言葉に詰まっていた彼が嘘のように、彼は色々なことを語り出す。

子供のころ、よく両親に動物園に連れていってもらったこと。近くの山で夏に虫を捕まえて回ったこと。キャンプが昔からの趣味であること。ペットをずっと飼いたいと思っているが、なかなか飼えないこと等々。


「わかったわかった、ちょっと長くなりそうだから一旦その辺で」


「あ、ええと、ごめん」


常宮くんの指摘で我に返ると、真地くんは元に戻ってしまった。


「真地、それで良いのです。自己PR、できてるです」


女将さんが真地くんを褒めた。確かにそうだ。今の真地くんは、はっきり自分の得意なこと、好きなことを発表できていたではないか。


「成長だね、真地くん」


私もいきなりそんな一面が見られて思わずニコニコになった。


「ありがとうございます、女将さん。相生さんも、ありがとう」


真地くんもつられて笑ってくれた。ちょっとぎこちなかったけど、嬉しそうだった。


「では、ひとつ提案するです」


ここで、女将さんは1つ宣言をする。


「今日の皆さんへの課題は、この町を知ることです。そのために、シマちゃんの散歩に付き合ってもらうです」


「女将さん、猫でも散歩するんですか?」


「犬の散歩みたいなのとは違います。皆さんには、シマちゃんの行く先について行って貰うです」


「つまり、シマちゃんが行き先を決めるってことか」


「そういうことです」


女将さんはうんうんとうなづいた。


だが、ここで江藤さんが懸念を示した。


「女将さん、シマちゃん今帰ってきたところですけど、散歩行きますかね?」


確かに。さっきの会議室での会話によれば、シマちゃんは帰ってきて寝てるところだったのではないか。


「問題ないです。シマちゃんは三度の飯より散歩好きです」


女将さんのセリフに答えるように、シマちゃんは真地くんの腕からふいに飛び降りた。


トコトコトコ…玄関の方に向かって歩く黒トラ。ちょっと行った先で、振り向いてにゃあと鳴く。


「あいつ、まるで女将さんの言葉がわかってるみたいだな」


常宮くんは感心している様子だ。私も同感だ。


「でも、私たちスーツのまま」


部屋から出てきて初めて南さんが喋った。確かに、このままついて行くならスーツのまま歩くことになるが。


「気にしないです。シマちゃんも汚しちゃいけないのはわかってるです」


賢いですから、と女将さんは言った。どれくらい信じてよいものか。


「そうだな、細かいことは気にせんで、とっとと行こうぜ!」


先陣を切って玄関へ向かう常宮くんの勢いに引っ張られるように、私たち3人も外に出ることになった。


「夕方はもっと寒くなるから、気をつけてね」


江藤さんの助言を受けつつ、旅館を出発。だいたい2時くらいだった。


赤座さん、喋らなくなっちゃったな…それだけがちょっと気がかりだった。気にされてないといいけど。

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旅館のシマちゃん 浦田たつき @uratatsuki

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