第三話 自己PR(?)

「改めて、女将の民川なつめです。よろしくです」


「インターン生指導担当の赤座です。分からないことがあったら、なんでも私に聞いてください」


私が戻るとすぐに説明がスタートした。ホワイトボードには、「第4回大学生インターン研修」とタイトルが大きく掲げられている。


改めて2人の容姿を言うなら、女将さんは見た目は子供、トークは大人、その名は民川なつめ!っていう感じで、短めに揃えられている黒髪である。ホワイトボードを指さしたり、こっちに向き直ったりするたび、その髪が揺れた。


赤座さんは身長高めの、できる男感満載の人だ。最初に出会った時にも言ったけれど、髪型はじめ、全身に清潔感をまとっている。人間なら誰でもこんな人が上司である職場で働きたいと思うだろう。この人を研修担当にするとは、北前屋の人事部はさぞかし優秀な方々の集まりなのだろう。


「では、あなた方の自己紹介もお聞きするです」


女将さんがこちらにターンを回す。続けて赤座さんが、


「条件を1つ。なにか自分のことをPRすること。最初の課題です」


と付け加えた。いわゆる自己PRというやつだ。こんな時、私には1つ最強の武器がある。


「では、右から行くです」


右、すなわち扉側に座っている私だ。

左に並ぶ3人が一斉にこっちを向く。手前から男女男の順番。みんなの視線を浴びて、一気に緊張が高まる。


「あ、相生一花といいます!都内の大学の2年生です。ええと、自己PRですが……あっち向いてホイがとても得意です!」


……え?


その場にいる全員から、「ポカーン」という効果音が聞こえて来るような…やらかしたらしい。


しばしの沈黙。耐えかねて、私がなにか言わなきゃ、と思い、さらに事態をひどくしかけたところで、隣の人が、


「わっはっは!面白いこと言うな、ねーちゃん」


声を上げて大笑いしてくれた。助かった…。部屋も和やかな雰囲気に包まれる。


私を助けてくれた隣の人は、一言で言えばクマみたいなおっきい人だった。満面の笑みで私に笑いかけてくれるその人は、続いて自分の紹介をはじめた。


「本当はこんな風にカッチリした場で自己紹介って苦手なんだが、一応敬語でいかせてもらいます。私は常宮健二(つねみやけんじ)と言います。四国から来ました。兄弟姉妹めっちゃいるんで、面倒見いいとこは自分でも自慢できると思ってます。よろしくお願いします」


常宮くんも大学2年の同級生とのこと。というか、この後のそれぞれの紹介で、私たち4人は皆同級生ということがわかった。


話し上手でムードメーカーな印象をうける常宮くん。紹介が一段落すると、私の頭を不意になでて、


「気にすんな、一花ちゃん。誰だってミスることはあるさ」


「あ、ありがとう」


ドキッとされられた上に、いきなり名前呼び。でも、不思議と嫌な感じは全くなかった。人の心を掴む人というのは、常宮くんのような人のことだろう。


「で、そっちのねーちゃんは?」


常宮くんが次の子に話を振る。ポニーテールの艶やかな髪で、同性の私が見ても惚れてしまうようなスタイルの良さ、それに鼻も高いと来た。


感情の読み取りづらい表情で彼女は話し出した。


「南綾(みなみあや)。大学2年生です。特技は数学。よろしくお願いします」


常宮くんとは対照的に南さんは寡黙な感じ。よろしく!と握手を求める大きな熊の手をスラリとした色白の細い手が握る。が、南さんの表情は変わらない。


面食らっている常宮くんに、最後の一人が静かに手をあげた。


「あ、あのー」


最後の彼はとても影が薄い印象。痩せてて、それに沿って声もか細い。


「お、すまん。名前は?」


「真地一(まじはじめ)です。えっと、自己PRは…」


言い淀む真地くん。女将さんがそれを見て鋭い一言を放つ。


「迷うことないです。自分のことくらい把握しておくです」


「す、すみません…」


真地くんはしゅんとして黙ってしまった。てか、女将さん容赦なさすぎ…。

このメンバー、テンションのアップダウン激しすぎない?


「まあまあ、大目に見てやろうじゃないですか女将さん。きっとハジメも緊張してんのよ」


常宮節がすかさず雰囲気を元に戻す。彼はとても頼りになりそうだ。


「…」


「女将さん、説明会、始めましょうか」


不服そうな女将さんをよそに、赤座さんが話を軌道に戻した。どうやら自己PRの件は女将さんの発案と見える。


皆が前に向き直ると、赤座さんは北前屋の歴史を説明しだした。


遡るは江戸時代、詳しい方なら分かるかもしれないが、ここは「北前船」と呼ばれる商船の寄港地だった。船員の休憩所として、初めはスタートしたという。時代の流れと共に、旅人にもこの場所は開放されるようになり、現代に至っては観光客をもてなす場として盛況しているのだ。


「創業者の身の上や町との関わりなど、この冊子にまとめてあるので、良かったら読んでおいてね」


「抜き打ちテストするです」


「マジですか!?」


「嘘です」


女将さんと常宮くんは既に息ピッタリのようだ。


「昔の話はこれくらいにして、旅館の外観の説明を」


北前屋は15階建て、部屋数170の規模である。部屋の位置や大きさによって値段が大きく違い、様々なニーズのお客様に対応しているとのこと。


「そして、1番のうちの旅館の売りはですね…」


「シマちゃんです!」


ここぞ!というタイミングでいいとこ取りする女将さん。すんごいドヤ顔。真地くんが少しビクッてしたような気がした。


「し、シマちゃんって誰です?」


私が尋ねると、女将さんは嬉しそうに語った。


「よくぞ聞いてくれたです。シマちゃんはうちの旅館に欠かせない招き猫なのです」


「招き猫?」


首をかしげる私をよそに、女将さんは、


「赤座、今何時ですか?」


「…そろそろお帰りですね」


赤座さんが返事すると、女将さんはスタスタ歩き出して、扉を勢いのまま開いた。


「あらかた説明は終わったです。あとはシマちゃんに挨拶するだけです」


軽やかなステップで女将さんは出ていってしまった。


「じゃ、説明会は終わり。私達も女将に続きましょう」


赤座さんが私たちを誘導する。言われるがままに列をなして、私たちは廊下を走った。

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