ロンドンにて

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 噂には聞いていた。しかし実際こうしてヒースロー空港に降り立ってみると確かにそれを感じる。それでも、私は初めてのイギリス旅行にワクワクしていた。

 無事入国審査を終えて、到着ロビーに出ると、家族だろうか、出迎えの光景がそこここで見られた。

「Welcome back OTOSAN!」

「Hi、OKASAN, I missed you」

一瞬、彼らが発している言葉が分からなかったが、良く聞くと、これは「お父さん」「お母さん」ではないだろうか。しかし、どう見ても生粋のイギリス人の家族だ。早速、噂どおりに日本語を耳にした。

 とりあえずお手洗いに行こうと思った。お手洗いは直ぐに見つかったのだが、その案内表示が、

「Rest Rooms お手洗い」

 と書かれている。国際空港なので英語以外の表記があるのは理解できるが、英語以外は日本語だけだ。ドイツ語もフランス語もロシア語も無い。


《イギリス人は何故か日本語が大好きで、あちこちで使われている》


 という噂は聞いていた。余り気に留めていなかったが、こんな公共施設まで日本語が使われているのには少し驚いた。まあ、少なくとも日本人にとって、日本語を使ってくれるのは便利でいい。悪いことではない。と思ったのだが、これが甘い考えだったという事を幾日もしないうちに知る事になる。

 空港からロンドン行きの電車に乗るまでもあちこちに英語と日本語の併記が見られた。時には「日本語だけ」のものもあった。日本人は読めるが、これでいいのだろうかと思ってしまう。ただ、電車の駅や車内は、必ず英語と日本語の併記になっていて、というものは無かった。駅名や路線名、乗車の案内など、全て英語と日本語の併記だ。少し安心した。


 ホテルに着いて、事態はそう容易ではないことが分かってきた。ホテルのフロントには大きく、

「ZENKI」

 と書かれていた。どう考えても英語ではない。また、日本語でもない。私は思わず指差しながらホテルマンに聞いてしまった。

「What does that ZENKI mean?」(訳:このZENKIはどういう意味ですか)

「Are you Japanese? Then you might understand, it is『前机』. 『Front Desk』 in our language.」(訳:あなたは日本人ですか。そうであれば分かると思うのですが、これは『前机』です。我が国の言葉では『Front Desk』です)

 私は軽い眩暈に襲われそうになった。これでは謎々だ。ZENKIと言われて、それがFront Deskだなんて分かるはずがない。その後も、他のホテルで「ZENKI」を見かけたが、中にはそのまま「前机」と記述している所もあった。日本語を表記してくれるのは嬉しいが、結局なんだか分からない。これは普通のイギリス人にとって理解できる単語なのだろうか。


 部屋に落ち着いた後、ロビーに併設されているカフェに行ってみた。Cafeとか、Coffeeとか書かれていると思ったが、そこには、

「喫茶」

 と大きく書かれていた。確かに間違いではないが、なんだか懐かしい感じがする。仮にこれが分からないイギリス人が居ても、店内を見れば直ぐにそれと分かるから不便はないだろう。店内は、さすが英国風に落ち着いた雰囲気である。おしゃれなカップに注がれた紅茶を飲んで一息付くと、やっとイギリスに来た、という実感が湧いてきた。店の壁にはポスターなんかのインテリアがいい感じだ。と思ったのだが、良く見ると日本映画のポスターではないか。青春ものや、時代劇まである。折角、英国情緒に浸ろうとしていたのに、急に渋谷の映画館のロビーにでも居るような気分になってしまった。壁にはポスターの他にも道路標識なんかがある。しゃれたバーやレストランで時折見かけるインテリアだ。が、これも皆、日本の道路標識だ。

「止まれ」

「一方通行」

「国道1号線」

など。ちょっと興醒めだが、これが現代のイギリスなんだろう。噂以上に日本語を目にする。ただ、日本語が好きなのか、単に見た目がエキゾチックなので日本語を散りばめているのかは良く分からない。


 窓の外は車と人が行き交い、都会らしい雰囲気を醸し出していた。すると、遠くからサイレンの音が近づいてきた。どの国も都会の喧騒は同じだ。パトカーが通り過ぎる時、「あれっ」と思った。というのは、車体の側面に、

「ロンドン警察 London Police」

 と書かれていたのだ。しかも、日本語表記が大きく書かれ、英語はその下に小さく申し訳なさそうに併記されている。また車体の後ろには単に、

「警察」

 と書かれていた。側面は一応日本語と英語の併記だが、後ろは日本語だけだ。重大な事件や事故に関わる警察がなんで日本語を使っているのか良く分からない。警察が守るべきはまずは自国民なのだから、まずは自国の言葉である英語を主として書くべきだと思うのだが、謎だ。

 そんな事を思っていると、今度は別のサイレンの音がしてきた。やがて救急車が現れた。交通事故だろうか。救急車を見て、再び不思議さが湧き上がってきた。車体には、

「救急車 ロンドン消防局」

 と書かれている。よく見ると、小さく、

「London F.D.」

 と書かれているのを見つけた。私はちょっと安心した。しかし、車体のどこにも、

「Ambulance」

 とは書かれていない。もちろん、救急車であることは誰が見ても直ぐに分かるが、市民サービスとして本当に日本語表示だけでいいのだろうか。ロンドン市民ならずとも心配になる。そもそも、自国の歴史や民族に対してとりわけ誇り高いはずの英国民が、外国語表記に甘んじているのが謎だ。少なくとも私の思っていた「イギリス人」の気質からは想像できない。

 日本語の使われ方は、噂に聞いていたよりずっとややこしそうだ。単に、

「日本人には便利ね」

では済まされない気がしてきた。

 普通にロンドンや近郊を観光して回ろうと思っていたのだが、観光より、「日本語」を訪ねて歩くのも楽しそうだ。変な表現に出会ったときには頭の体操にもなる。


 このホテルのお手洗いは日本語表記だけなのだが、それが、

「便所達」

 となっていた。なんだか沢山の「便所」が肩を寄せ合ってワイワイと押しかけてくる様子を想像してしまった。「喫茶」で紅茶を飲みながらしばらく考えていて、この謎は解けた。英語ではお手洗いは普通、複数形で書く。こんな感じだ。

「Toilets」

「Rest Rooms」

 だから、英国人としては複数形でないと気持ち悪いのだろう。ところが、日本語には該当する複数形がない。それで、考えた末、「達」を付けたのだろう。もちろん日本語としては変だが、理由が分かると微笑ましく思えてくる。

 窓の外では、事故処理が始まっていた。半ブロックくらい先で事故が起きていた。先ほどのパトカーから降りてきた警官が少し先で黄色いテープで規制線を張っていた。そのテープには、

「立ち入り禁止」

 と書いてあった。日本語だけだ。これは事故処理の作業上かなり重要な表示だと思うのだが、英語で併記しなくて良いのだろうか。確かに、見れば、そこから中に入ってはいけない事は分かるので、実用上は良いのかもしれない。

 それより警官の羽織っている上着が気になった。背中に大きく、

「ロンドン警察」

 とだけ書かれている。英語の併記がない。こんな表記にもだんだんと見慣れてきたが、それでも公共性の高い場面で日本語だけというのはいかがなものだろう。民間の広告などは、日本語でもアラビア語でも好きに書けば良いと思うが、警察に関する事項や、事故処理の場面ではやはり違和感がある。


 次の日はホテルの近くを散策することにした。別に観光地に行かなくても、この「日本語だらけ」を見て歩くだけで不思議な「異国情緒」を楽しめる。居並ぶ商店やデパートの表示は日本語だけのものと、アルファベット表記、要するにローマ字のような表記がある。前者はまだいいのだが、後者は、前述の「ZENKI」の様に、にわかに意味の分からないものも多い。これがまた面白い。本屋さんは普通に英語で、

「Books」

 としている店が多いが、時々、「本」と書いているものや「HON」「SHOTEN」とう看板もある。また、

「本達」

 もあった。これは複数形のつもりだろう。

 飲食店の入り口には、

「持ち帰り」とか、

「MOCHIKAERI」

 と書かれている。


 百貨店に入ってみた。1階はどこの国も似ているのだろうか、化粧品や宝石などの高級そうな店が並んでいる。店員は皆、おしゃれな制服に身を包み、髪を後ろで束ねてキリッとした感じで格好いい。が、しかし、並んでいる店の店名を書いた看板に目を遣ると、ここでも日本語が多い。やはり、日本語で表記したものと、ローマ字的に書いたものがある。

「大五郎宝石」

「FUJIYAMA YOHIN」

「どんべえ化粧品」

 などと、煌びやかな文字が美しい。YOHINはたぶん、洋品だろう。ロンドンで洋品というのもなんだか変だが、意味は分かる。

 ただ、少し変なのもある。

「豪華な便利」

「美しいと遊ぶ」

「でしょうJewelry」

 ロンドンには住んでいる日本人も多くいるのだから、ちょっと聞いてもらえれば直せると思うのだが、そのままになっているのが不思議だ。結構有名な店でも変な日本語を見かける。最後の「でしょう」はなかなか不思議だが、英語のWILLを日本語にしたのかもしれない。

 以前、東南アジアを旅行した時の事を思い出した。当時は、日本人観光客を相手にした日本語の看板が乱立していた。製作者には失礼だが、相当に滑稽な物もあり、そんな看板を見て歩くのも、なかなか面白かった。


 百貨店の隣にはCD屋があった。レコードが人気を取り戻しているので、むしろレコードの方が多く置いてある。店内では、音楽専門放送を流しっぱなしにしていた。イギリスの最新の音楽事情が聞けてなかなかいい。しかし、DJっぽく曲を紹介しているその言葉が気になった。

「Hey, TSUGI KYOKU ICHIBAN!」

 Hey以外は日本語らしい。耳で聞いているのでなかなか理解するのが難しい。日本語の発音が怪しいし、単語を繋げただけの文章だ。でも、最高にノリノリでしゃべっている。どうやら、次に掛ける曲は、ヒットチャートの一番の曲と言いたいらしい。なんとなく分かる。こんな調子で半分くらい日本語の単語交じりでまくしたてていくので、聞いているほうも大変だ。これは現地人にとっても日本人にとってもいかがなものかと思ってしまう。

 思い切って、店員に聞いてみた。なんでDJはあんなに日本語を使うのか。店員はこれまたノリノリの調子で、答えてくれた。

「Certainly, Japanese is cool. Don't know when this has begun. I noticed Japanese are frequently used in music programs for quite some time.」(訳:決まってるジャン。日本語カッコいいでしょ。いつ頃からだろうな。随分前から、音楽番組は何故か日本語を散りばめるようになったよ)

 私が怪訝な顔をしていると、店員は続けた。

「Not only DJ but also many in lyrics or musician names.」(訳:DJだけじゃないよ。歌の歌詞だって、音楽家の名前だって)

 確かに聞いていると、歌詞の中にやたら日本語が、というより日本語のが混じっている。こんな感じだ。

「Ja, we all know that AI is the best, AI AI KOI KOI ANATA AISURU ITSUMO」

 AIは愛でKOIは恋の事だろう。文脈が良く分からないが、要するに恋愛歌なのだろう。私などは全て英語にした方が意味も分かりやすいし、響きもいいと思うのだが、何故かちゃんぽんになっている。くだんの店員によると、これが、猛烈に格好いいそうだ。こんな若者達を見たら、英国生粋のお年寄り達は眉をひそめるかもしれない。

 店内のポスターを見ると、確かに歌い手やグループの名前がカタカナ表記になっている。

「オリヴィア・ロドリゴ」

「アーキテクツ」

「ポール・ウェラー」

 といった具合だ。こうして名前がカタカナというの文字で書かれることに本人達はどう感じているのだろう。そもそもカタカナで書かれてしまっては、正確なアルファベットのスペルが分からないため、検索などで不便ではないだろうか。

 名前については、このあと、ロンドンの郊外を訪ねた時にもちょっとした驚きがあった。


 翌日は天気もいいので、郊外の住宅街や、ちょっとした田園風景を見に、郊外電車のTfLに乗って足を伸ばしてみた。電車の中で、隣に座った大学生らしきイギリス人と話す機会があったのだが、ちょっと心配になる事があった。日本語や英語の語彙の話しをしていたのだが、彼は語彙をそのまま「GOI」と言っていた。心配したのはその事ではなく、英語の「vocabulary」という単語を彼が知らなかった事だ。つまり、日本語の単語しか知らなかったのだ。友達とも「GOI」と言って話しているそうだ。

 車窓からは高いビルは消え、所々緑が混じる住宅街になっていた。適当な駅で降り、駅前のちょっとした商店街を抜けると、そこはもう住宅街だった。郊外の住宅街は整然としていて歩いていても気持ちがいい。少し歩いていて気がついたのだが、家に表札が無い。全く無い訳ではなく、時々見かける。農家か、何か商売をしている人なのかもしれない。しかし、その表札でなんとカタカナ表記のものがあるのだ。

「ジョーンズ」

「スミス」

 といった具合だ。郵便配達の人はカタカナを読めるのだろうか。郵便配達に限らず、初めてその家を訪ねる友人、知人なども、カタカナが読めなければ、折角の表札も意味を成さない。また、必ずしも正しく英語での発音を表していないので、さらに無意味だ。たぶん、でカタカナにしていると思われるが、なんとも不思議な光景だ。


 少し田園地帯が広がっているところまで来ると、清々すがすがしい。と、微妙に牧草地帯の肥料の匂いが漂ってくる。ヨーロッパに来ている感慨が湧き上がってくる(ここはではない、という英国人には失礼!)

 少し歩いていると大きな売店があった。売店には、

「英農 Super Market」

 と書いてある。スーパーの入り口には、

「Use JIKABAN for YORIYOI tomorrow.」

 と書いてある。「JIKABAN」は恐らく「自鞄」の事だろう。環境保護のためにレジ袋の代わりに、鞄を持参しようと呼びかけているのだ。

 ところで、「Super Market」はいいのだが、「英農」はなんだろう。農協の事だろうか。売店の入り口にいたお年寄りに聞いてみると、こんな返事が返ってきた。

「That is an abbreviation of 『EIKOKU NOGYO KYODO KUMIAI』. When I was young, we cal it BA. It is KANJI now. It is hardly imagine that people use foreign language for our key industry, agriculture. I was accustomed with it though.」(訳:『英国 農業協同組合』の略さ。俺が若いころにはBAと言ったものだがなあ。いつのまにか漢字表記になっちゃったよ。国の根幹たる農業に自国の言葉を使わないなんて考えられないよ。もう慣れちまったが)

 そう言うと老人は、「協同組合」と漢字で書かれた大きなレジ袋を抱えて去っていった。

 スーパーに併設して、

「英農銀行」

 があった。大きく書いたその看板には、小さく「EINO BANK」と書いてある。すると、そこから二人組の男が出てきた。ヘルメットを被り、ものものしい制服を着て、銀色のケースを提げている。現金輸送でもしているのだろう。その制服には、

「常安大」

と書いてあった。なんだか、どこかの大学の名前のようだ。見れば、二人組が乗り込んだワゴンには大きく、

「常時安全大丈夫」

と書かれていた。「常安大」は、この略だったのだ。それにしても奇妙な名前だが、これが会社名なのかもしれない。


 住宅街で家々の前に駐車している車を見ていると面白い。ベントレー、ミニといったイギリス車の車名は軒並み日本語だ。車の後ろを見ると、意匠を凝らした格好いい日本語の文字が輝いている。なんだか私も日本語、――漢字については元々は中国だが――、が格好良く思えてきた。同じ文字でも、よく考えるとアルファベットはまるで記号みたいで味気ない。同じ記号でも「ひらがな」はよほどしなやかで美しい。

 車名を見ながら歩いていて驚いたのは、日本車でもイギリス人の好みに合わせて、車名を日本語にしている事だ。「適合」「水」「エヌ箱」「帳面」「あれは・・・です」などといった具合だ。これらが車名に相応ふさわしいかどうかは良く分からないが、日本語ならいいのだろう。それにしても、最後の「あれは・・・です」は謎だ。車名というか、短い文章だ。とりわけ、車名の途中に「・・・」があるのは珍しい。和訳に苦労したのかもしれない。車に詳しくない私には、元々の車名が浮かんでこない。見る人が見れば、これはさぞかし感慨深い事だろう。


 住宅街には、いくつかの公共施設や運動設備があった。しかし、いずれもの建物にも日本語らしき名前が付いていた。

「YOKKORA Gym」

「KOYO Library」

「NAGISA Swimming Pool」

「YOKKORA」は、「よっこらしょ」の「よっこら」だろうか。どこからこんな名前を引っ張ってくるのか良く分からない。施設名にいちいち外国語を使う了見が謎だ。見たところいずれも公共施設だから、市役所の職員が考えた名前だろう。まあ、単に施設の名前なので、市民に親しみが持てればいい訳だから、これで良いのかもしれない。

 近くにはアパートも少なくない。どれも日本語の名前がついていて、英名は一つもない。

「TOKAI TAIRA」

「王室 平」

「OSHIRO TAIRA」

 ちょっと気になるのは、名前の後ろの「TAIRA」や「平」だ。これはなんだろう。イギリス特有の表現なのかもしれない。

 ジムに入ってみた。筋トレ機器や、スタジオがある。係員にちょっと見ていいか聞くと、いいよ、と軽く返事が返ってきた。この辺は、海外に居る気分がする。日本であれば、見学用の書類に住所氏名を書いて、などとややこしくなりかねない。

 スタジオから、ビートの効いた音楽と共に、きびきびした声が響いてくる。

「ICHI NI SAN ICHI NI SAN」

 掛け声が日本語だ。しばらく、聞いてみた。

「NORU ORIRU NORU ORIRU」

「SAA move on to the next!」

「TOBU TOBU MAE MAE USHIRO USHIRO」

 掛け声はほとんど日本語だ。それに合わせて多くの人が体を上下左右に動かし、汗をかいていた。ぐるりと見渡せば、ジムの中に張り出してあるポスターにも日本語が多い。


 ホテルに帰ると、テレビを付けた。番組表のコピーが部屋にあったので眺めてみる。そこでちょっと我が目を疑った。日本語の番組名があるのだ。それも、日本語でそのまま書かれているものと、例のローマ字で書かれているものとが入り混じっている。番組名もそうだが、放送局名も変だ。BBCを探してみたのだが、何故か見つからない。しばらくして気付いた。

「英放協」

 というのが、どうやらBBCらしい。BBCの衛星放送は直ぐに分かった。

「衛放1」と、

「衛放 高級」

の2局だ。

 気を取り直して夜の報道番組を探していると、

「報道 見る 9」

 というのがあった。なんだか良く分からないが、要するに報道番組だろう。

「HODO EKI」

 というのもあった。これはなんだろう。「報道駅」の事だろうか。漢字で書いてくれればいいのだが、このアルファベット表記には毎回参ってしまう。他にも沢山ある。

「TENKI HODO」

「DOYO ENGEKI」

「ONGAKU KYUKO」

「David's ASA KOGYO」

 などなどだ。「HODO」は「報道」だろう。だから「天気報道」となる。「DOYO」は「土曜」だと思う。「DO」の方を伸ばして発音すれば「動揺」や「童謡」にも取れるが、これはたぶん「土曜演劇」の事だろう。実際、今日は土曜日だ。その次のDavidは司会者の名前だろう。「KYUKO」は「急行」に違いない。「ASA」は「朝」、しかし、「KOGYO」は不明だ。工業では変だ。これについては後で実際にその番組を見てやっと意味が分かった。テレビにはスタジオと司会者が映っていた。たぶんDavid氏と思うが、その後ろに大きく「David's ASA KOGYO」と書かれており、その下に小さく「Morning Show」と書かれていた。とうとう「ASA KOGYO」の正体が判明した。恐らく「朝興行」だろう。

 私は誰かに助けてもらいたい気分になってきた。一応私はカタコト英語くらいはできるつもりでいたのだが、これではイギリスでテレビ番組表も満足に理解できない。なんという事だろう。お願いだから、英語で表記してもらう訳にはいかないだろうか。誰に頼むという話しでもないが、ついつい愚痴でも言いたくなる、何故、日本語の単語が散りばめられるようになったかは不明だ。イギリス人に聞いても良く分からない。若い人たちから日本語が流行り始め、徐々に広がってきたという。

 思うのだが、これならイギリス人は、もう十分に日本語が話せるくらい日本語の語彙があるに違いない。実際そうだろう。しかし、何故か日本語を人はとても少ない。ほとんどの人は日本語の単語だけ知っていて、文法も何も分かっていないようだ。つまり、ちゃんと学習している訳ではないようである。日本語の単語の発音も、なんだか英語っぽくて変ちくりんだ。「アルファベット日本語」とでも言おうか。日本人である私には良く聞き取れない。不思議な事にイギリス人同士であれば、ちゃんと通じているようだ。見る限り、イギリス人は「日本語」という言語自体には余り興味がないようで、単に言葉の響きや格好良さから日本語のを多用しているだけのようだ。ドイツ語圏で、フランス語の単語がおしゃれな意味で使われているようなものかもしれない。


 ホテルに帰ってテレビを見ていると、何やら政治家らしき人物が演説をしていた。予想通り、日本語のが多用されている。聴衆はこれで良く分かるものだ。もう、感心してしまう。しかし、やはり日本語は単語だけであり、別に日本語で話しをしているわけではない。

「I can SOZO that the ISAN architects after the Olympic SHIAI-TACHI must be based on a GAINEN of budgetary TEN of SHIKAKU.」

 私は、理解するのを諦めていた。せめて全部英語で話してくれれば、なんとなく理解できそうだが、これでは無理だ。前述の通り、日本語と思わしき単語の発音も例の「アルファベット日本語」なので、日本語なのに聞き取れない。ここまで来たら、日本語を準公用語にでもしたらどうだろうと思ってしまう。そうすれば、警察や消防や空港などで日本語表記だらけなのも、それほど問題ではなくなり、しっくりくる。しかし、そこは誇り高き大英帝国民、駄目らしい。

 政治家の話題は続いて経済になった。何やら折れ線グラフの説明をしている。

「Yes, the KEIZAITEKI growth might SHITAGAU this MIDORI SEN. The AOI SEN shows the KABU KAKAKU. The red one may be representing an overall KEIKO.」

 何故「色」を日本語にする必要があるのか良く分からないが、これもやはり「格好いい」からだろうか。普通に自分達の言語で「Green」「Blue」と言えばいいのに、と思ってしまう。それにしても不思議なのは、何故か「red」は「赤」とは言わず、英語だ。どんな基準で日本語と英語を使い分けているのだろう。

 政治家の話しは面白くない、というか良く分からないので、民放に切り替えると、衣料品店の宣伝をやっていた。

「Come together for our AKI MATSURI NESAGE! KAKUTOKU our WARIBIKIKEN! We KAITEN 9am tommorow and IWAU 50 SHUNENKINEN!」


 ロンドンに来て、もうすぐ一週間になる。そろそろ帰国も近い。今回は実に面白い体験をしたが、ちょっと限界だ。日本語の単語は散りばめるが、日本語自体は出来ない人達。その日本語も、「アルファベット日本語」発音なので、聞き取りにくい。逆に、こちらが日本語の正しい発音を使っても通じないことが多い。

 私は旅行者なので短期間で帰ってしまうが、イギリスに駐在する日本人は、これをどう乗り切っているのだろう。仮に彼らが無理に「アルファベット日本語」の発音を身に着けたとしたら、さぞかしイギリス人との会話は快適になるだろう。しかし、一方で日本に帰国した時に、「変な日本語発音」の癖が抜けずに困らないだろうか。


 今回の飛行機はちょっと奮発して英国航空だ。私は出国審査を終え、「搭乗口」と書かれた入り口を通って飛行機に向かった。機体の側面には大きく「英航」と書かれている。もちろん小さくではあるが「British Airways」と併記されているのでほっとする。機内食の一覧に「お品書き」とあったのには感動した。

 ちょっと思ったのだが、こうしてイギリス人が熱心に日本語のを使うのは、日本語にとって良いのかもしれない。単に興味本位という意味ではなく、言語学的な意味でだ。というのは、今日こんにちイギリスで起きていることが、いつなんどき日本でも起こらないとも限らない。どこかの外国語を使うのが流行り始めて、気がつくと日本人が使う日本語が外国語の単語だらけになっているなんて想像したくもないが。それは、ロシア語かもしれないし、アラビア語かもしれない。そんな事になれば、日本人の日本語の語彙が急速に貧弱になっていくかもしれない。そんな時、単語だけかもしれないが、こうして日本語を温存してくれている国があることは心強い。日本人は改めてイギリス人から日本語を学べば語彙の回復も可能だ。

 節操の無いイギリス人と違い、日本人が自分達の言語をそんなにするとは思えないが、用心に越したことはない。


 エンジン音が少し小さくなり、徐々に減速を始めた事が分かる。私は窓の外に遠く見える成田空港の灯りを見ながら、着陸態勢に入った飛行機で安堵感に浸っていた。

「あー、これでやっとあの訳のわからない『ちゃんぽん英語』ともおさらばだ」

 フラップを全開にした飛行機は大きな風切音と共に高度を下げていった。

















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