第5話
居酒屋に、二件目の場所はすぐに分かった。客はほとんどいなかった。オープンな店は、どうやら、俺らの他に、サラリーマンとОLの4,5人の集団と、三人組みの、同い年くらいだと思われるギャルしかいないらしかった。
ジャケットを脱いだ。シャツの裾は思ったより濡れていなかった。座敷に上がった。ジャケットを折りたたんで、丸めて端に放った。小林のとなりに、アユムがいた。ナベがいた。リョウがいた。まるがいた。みんな、眠そうだった。疲れていた。俺も眠い。ナベとアユムが、言い合っているらしかった。
少し離れたもう一つのテーブルにタカヒロと、ユミがいた。ユミは寝ているらしかった。横になって膝をかかえ、丸くなっていた。髪が張り付き、顔は見えなかった。タカヒロも端に、テーブルに顔を突っ伏して、寝ていた。言い合いに関わるのはめんどくさかった。俺は、タカヒロの横に座った。天井の照明を避けるために、右手をかざして横になった。
ナベが叫んでいるのが聞こえた。
「だからさ、俺は自分自身が環境におかれたらさ、そこで頑張って、その中で幸せを探していくべきだと思うんだよ。だってそれしかないじゃんか」
「いや、だからさっきから別にお前を否定してねえよ。たださ、俺は違うっていってんの。俺は自分に環境が会わなかったら環境を変える。そこで我慢するなんて俺には耐えられないし。だからさ、俺は大学なんかほとんどいってねえし。お前はお前で勝手にすればいいじゃんってハナシだから」
「だけどさ、結局逃げてるように俺には思えるよ。予備校いって、親に金払わして、大学いってさ、申し訳ないじゃんか。なんのために浪人したんだよ。予備校いったんだよ。俺には理解できない」
「だからお前はバカなんだよ。二浪しました。大学行きました。はいスゴイですね。それでなんなんだよ。それに見合ったもんなのかよ。それに見合ったもん貰ってんのかよお前は。確かにT大はすげえよ。二浪したってすげえんじゃねえの。だけどさ、それがなんなんだよ。お前誰なんだよ。俺だって、A学院大いってんよ。世間的には頭イイって言われてんだよ。だけどさ、だからなんなんだよ。俺がすげえんじゃねえんだよ。裏についてる大学の名前がすげえだけじゃんよ。俺はだれなんだよ。俺は、ハシモトアユムなんだよ。俺のなにがすげえかお前わかってんのかよ。ジッサイ大学なんてファックなんだよ。お前はまだ一年だからわかんねえかもしんないけど大学なんてファックなんだよ。授業に出るだろ?大講堂の床で、こうやって寝てんだろ?先生横切ってもほったらかしだから。で、授業後に、センセ俺出席になってました?って聞いたら、あっアユムクンちゃんと出席になってるからダイジョウブよ。だってさ。マジ最高だよ。ラブA学だよ。それ以来いかなくていいって思ったね。俺が大学いってんのはおもしれえヤツがいるからだよ。田舎から出てきてさ、ハッパでおかしくなっちゃうようなヤツがごろごろいるからだよ。マジ最高にファックだから大学は」
「・・・・けど、親に申し訳ないと思わないのかよ。俺は、親が我慢して、その期待に、てか自分に、応えなきゃだめじゃんか。ここまで我儘通したら、俺は」
「お前いつになったらひとり立ちすんだよ。お前どうせ童貞だろ?そこらへんで女抱いてこいよ。親なんて眼中にねえんだよ。関係ねえんだよ。今までずっとレールの上歩いてきたじゃねえかよ。小、中、高と、確かに受験はあったよ。けどほとんど決められたもんだったじゃねえか。もう十分だろ。俺らは確かに大学ってレールを選択したけどもういいじゃねえかよ。親に義理なんて十分たてただろ。あとは俺たちの問題なんだよ。大学で、終わりじゃねえんだよ。今辞めさせられても、俺はいいんだよ。金払ってる親なんて、しゃぶりつくせばいいんだよ。どうせ自分のためでもあるんだよ。結局自分のためにみんな生きてんじゃねえか。お前もハッパやれよ。人生変わんぞ」
「ばかじゃねえの。いいよ。変わってもマイナスじゃんか。ハッパなんて、最低だから。終わってんだよ。俺は将来に希望を持ってるんだよ。ここで終わりたくはないから」
「あのな、ハッパなんてタバコといっしょなんだよ。葉っぱなんだよ。神経系に影響を与えるんだったらなんも大差ねえんだよ。むしろ酒なんて脳細胞にダイレクトじゃねえか。そっちのほうがわりいよ。なんでんかんでんよ、自分で試したことあんのかよ。まあこんなことお前にいってもしかたねえけどさ。知ったような口聞くんじゃねえよ。一回試してから言えよ。生き返るって思うぜ。ホント生き返るんだ。マジなんだこれは。俺らみんな死んでんだよ。向こうのほうがよっぽどリアルだ。結局、俺らが満足しないんだったらなんでお前生きてんだよ」
ナベは、眉間に皺をよせて、目を細めている。片手にジョッキを持って、目は明らかに軽蔑している。哀れんでいる。だが、潤んだ目は、怒りに震えているようにも見える。まるが、話しに割り込んだ。
「あのさ、俺思うんだけどさ、さっきレールだのなんなのって言ってたじゃん?俺さ、知ってる人は、ああ、小林は知ってると思うけど、嫌味じゃなく、親父が社長なのね。ここらへんじゃけっこう有名な社長なんだ。駅前にある、すし屋とか、焼肉屋とかみんな親父の店なんだ。でさ、俺大学入ってからしばらくすし屋でバイトさせて貰ってるんだ。はじめはそりゃあ嫌だったんだよ。社長の息子だって気つかわれるし。だけどさ、ジッサイのところ自給がいいんだよね。辞められないよ。もう今ではなんも気にしなくなったしね。さっきのハナシじゃないけど、もう確かに俺らの問題なんだよ。俺は、今の所でいろいろ経験させて貰って、金ためて、それでいいと思ってるよ」
「ああ、それは、わかるな。まるがいいたいのはすごい、わかる。俺もさ、海外行きまくってさ、今しか行けないとか言って、親に金借りて行きまくってさ、親に申し訳ないと思ってるけどさ、結局今は自分のことしか考えられないんだよ。俺は海外でいろんなもの見てさ、経験してそれを伝えたいんだな、みんなに。今度大学でパネルやるんだけど、もっとみんなに伝えたいんだ。ぜひ来てよ。それが将来に、ああ、俺まだ曖昧にしか決まってないけど、歴史とか民族関係だな。きっと役に立つと思うんだ」
「なんとなく、俺もわかるな。大学までいってさ、親は本当はもう関係なくね?俺あんま頭よくないからよくわかんないけどさ、親に感謝しなきゃいけないけど、しょうがねえじゃん。てかさ、問題なのはマジ、俺らじゃね?もう三年なんじゃん?現役のやつらなんてもう必死だぜ。全然就職ないらしいしさ。なんで大学はいったんかなとか思うときあるし。俺ダンスとかボードも中途半端だしさ、もう働きてえよ。金欲しいよ。最近結局金だなって思うし。別にそんなたくさんはいらねえけどさ、結局なにやるにしても金じゃねえ?金ねえとホテルだっていけねえじゃん。ナベには悪いけど」
「別に悪くはないよ。俺だってわかってるよそんなこと。たださ、なんとなく就職なんて嫌じゃんか。こんな頑張って。俺は、大学生活頑張って、自分の道を見つけるよ」
「でもさ、大学生活で見つかんなかったらどうするんだよ。そこで就職すんのか、夢を追うのか。俺は夢なんて見つかりそうもないから就職するけど。金欲しいよ。だいたい夢ってなんだよ。ニートじゃないけどさ、一体何人が夢もって大学行ってんだろうな。こんなかじゃあ、小林くらいじゃないの、具体的な夢持ってんのは」
「俺も、まだ具体的ではねえよ。ただ、漠然とやりたいことやってるだけだから。他に興味だっていっぱいあんだよ。俺本当はずっと教員になりたかったんだよ。よくある話だけどさ、高校んときの先生でいい先生がいてさ、そんときから、けっこう固く決めてたんだよ。だけどさ、結局教育学部はイッコも受かんなくてさ。まあ、今となってはどうでもいいんだけどさ。教職は取れるし。だけどさ俺さ、ふと、何で教員になりたいか考えて見たんだけど、きっと高校のその、いい先生に憧れてだったと思ったんだけど最近どうも違うように思えてきてね。俺さホント自分の経験を伝えたいんだよ。自分の見たこととか、感じたことを一人でも多くに伝えたいわけ。実際海外いってもお前らには、なんとなくフライングしてるような気がして、いや違うな。とにかく同じ体験をして欲しいからあんまり言わないけど、それでも何か伝えたいんだよ。今度パネルやるっていったけど、知らないヤツだったらなおさら伝えてえよ。みんなも、来てよマジで。むしろ、日本全国に俺を発信したいわけ。友達だと、同年代だと説教くさいし、こうゆう席だとなんか嫌味じゃんか。結局誰でもいいんだよ。俺を伝えられれば。子供じゃなくてもいいんだよ。先生じゃなくても。むしろもっと広い規模で伝えたいんだ。最近それを、なんとなくは分かってたんだけど悟ったかもしんない。先生じゃなくたって、全然構わないよ。初めは、シンに嫉妬したけど、今は全然だよ」
「ああ、そーいえば、シン先生なるんだよな」
「そーいえば、そうだな」
「あいつ、なんで教育大いったんだろうな」
「なんでだろうな」
「ヨウコとユミは、向いてるよな。あいつら、なんだかんだいって面倒見ってゆーか、優しいもんな」
「そうだな。だから仲良かったんだろうな。少し似てるもんな。ヨウコはいい先生になると思うな。ユミも、きっとそうだな。ユミは、誰でも受け入れられるもんな」
「そーいえばタカヒロとはどうなったん?」
「別れたって聞いたけど」
「もうとっくだろ。大学入ったときには別れてなかったっけ?」
嘘だ。大学入ったときには彼氏がいた。
少し沈黙があった。
嫌な気持ちだ。
「てか、向いてねえよなシンは」
「うん、向いてないね」
「女子高だったら間違いなく生徒犯すよな」
「間違いない」
「流石に小学生には手ぇ出さないだろうけど」
「犯罪だから」
「犯罪ですからね」
「てか、小学生にはキレるよなきっと」
「そうだな、あいつ結構短気だからな」
「間違いないな」
「間違いない」
「でも、小学生にはキレないんじゃない?さすがに」
「いや、キれるよきっと」
「どうだろうな。でもさ、あいつなに考えてんのかわかんないけど、優しいんだぜけっこう」
「まあな。けど計算ぽいところもあるからな、よくわかんねえよ」
「わかんないな」
「ユミにだって・・・」
「なに?ユミにだってって」
「いや、ごめん。なんでもねえよ」
「ユミとなんかあったの?」
「まあ、そんなとこだよ。けど今は、俺にだってよくわかんねえよ」
「あいつ、モテすぎるんだよな」
「予備校でもすごかったもんな」
「ずるいよな」
「でも、彼女はいつもいないけど」
「ちょこちょこ、摘んでるからいいんじゃねえ?」
「まあ、そうだよな。けどさ、あいつ、俺らもそうかもしんないけど、あんまり深く関わらないってゆーかさ。俺らともなんだけど。なんか距離は置いてるよな。うまいバランスで。予備校んときだってさ、携帯もってなかったもんな」
「そうなんだよな。予備校生だからって、今どき持ってないヤツいないのにな」
「でも、欲しいともいってなかったもんな。俺らが持てよとは言ってたけど」
「そうなんだよ。あいつ、一人でいいやって雰囲気あるからな」
「そこがグッとくるんじゃない?」
「違いねえな。きっと」
「ずるいよな」
「うん、ずるいんだよ」
勝手なこといいやがって。お前等ちげえよ。だからモテねえんだよ。人を羨ましがっちゃ、絶対にモテないんだよ。優しくても、モテねえんだよ。
「そういえば、アユムは?彼女いなかったっけ?」
小林が聞いた。
・ ・・。アユムは黙っているらしかった。腕の間から、テーブルの下を盗み
見た。
ユミの後姿が陰に見えた。
「あ、そういえば、夢は?アユム夢あったっけ?将来なんになるんだよ?」
小林がたたみ掛けた。バカか。なんで余計なことすんだよ。ほっときゃいいんだよ。
「なにも、考えてねえよ」
アユムが答えた。ぼそっと答えた。
「でもさ、もう三年じゃねえかよ。トウェンティ・ワンじゃねえか。もう、俺たちみんな。現役の奴等の大変さわかってんだろ?アユムも。そろそろ動かねえと負けるよ。マジで就職浪人は嫌じゃんか」
「アユムは、まだやりたいこと見つかってないんだろ?だったらゆっくりさがせばいいんじゃないの?」
「そうだよ」
「俺らも、みんなまだ決まってないし」
「そろそろ、とりあえずは固めた方がいいんだろうけど。なんとなくでもね」
「そうだな。ちょっと、焦るよな」
「もう決めなきゃなんだよな」
「けどなんとなく就職は嫌でしょ?みんな」
「そうだけど、そんな選択肢ねえからな、学部によって。てか不景気だし」
「そうなんだよな。いつまでも遊んでられねえのかもしんないけど、でもしばらくはバイトして、将来を考えんのもありじゃん」
「だんだんいろいろ見えてきてるのかもしんないけどさ、でも自分をどこまで試せるかはホント悩むな。一体どこで諦めるんだろうな。それか、いつ見つかるんだろうな。ゆっくり探したとして、夢を追い続けたとして、三十、四十超えて、何も残んなかったら惨めだよ。せいぜい夢を追うのは三十、いや、二十七、八までだよ。それで無理だったら、今の環境で満足してって、幸せを探していくしかないよ。親だって、親父だってそうしてくれてるから俺らがいるわけだし。いつまでも、夢を追うのはバカだよ」
「まあ、そうだよな」
「そうだな」
「そう考えると親父とかは立派だって思うよな」
「そうだな」
「感謝はしねえとな」
「・・そうだな」
俺は、バカかと思った。オヤジのことを考えた。俺らは、みんな親に感謝なんてしてなかった。ポーズで感謝していた。本当に感謝しているんだったら、俺らは死ぬべきだった。親に、何も贅沢させないで、俺らが贅沢をすることはそれはあまりにも当たり前のことだ。
貧乏で、大学に行けなかったオヤジは、防衛大学を出て自衛官になった。本当はマスコミ業界に入りたかったらしかった。国から交付される手当てで、弟を、オジサンを大学にやった。無口なオヤジは、仕事の話は一切しなかった。今も単身赴任でずっと沖縄にいるが、質素にくらし、お金を送り続けている。
一体なにが楽しいのだろう。人生とはなんだろう。自分を犠牲にしながら、それは自分のためなのか。子供に感謝もされないで、一人で黙々と働いている。母はそんなオヤジのことをいつも考えている。真面目で、つまらないオヤジのことをいつも考えている。俺はそんなオヤジに嫉妬する。母が本当に好きなのはオヤジだ。ほとんどはきっとそんなヤツになるのだろう。なんの面白味もない働きバチになるだろう。それで、きっと幸せだろう。子供に全く感謝もされないで幸せだろう。けれど、それは現実なのか。リアルなのか。幸せと思いたいだけじゃないのだろうか。俺はそんな生き方を生涯強いられるくらいなら死にたい。だが、結局、俺に死ぬ勇気はないだろう。アユムは間違いなく自殺する。それか、殺すだろう。自分のために働かないで、ただ毎日、黙々と与えられた作業をこなして、それは生きているのだろうか。今となんら変わらないじゃないか。なんとなく過ごすことは必ず飽きるのだ。俺らはこの先、なにかが変わるのではないかと期待している。なにもしていないのに、俺らは前向きだ。不安は、ほとんどの場合微々たるものだ。結局なんとかなる気がしている。自分に合わなくても、なんとなく俺らはそれにすがるだろう。
【連載】大宮の夜 蓮太郎 @kou1225
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