第94話 別れ。そして、新たな始まり

 いつも通りの一日。

 しかし、確実に別れが近づいてくる。


 夕方になって、亜希子が来た。見送り兼、「お迎え」の為…。


 神社を閉めた後、美雪と早紀も残って、夕食を共にした。が、皆、口数が少ない…。

 賑やかないつもとは、全く違う雰囲気となっていた。



 午後八時。約束の時間。

 満月の明かりの中、庭に異界の門が開き、門からテルが出てきた。

 鬼たちを代表して、迎えに来たのだ。


 娘たちが並ぶ。


「「父様、母様方、お世話になりました」」


 声をそろえて言い、頭を下げた。


「みんな元気で!」


 慎也の言葉に、娘たちは目を赤くしてうなずいた。


「恵美さん、みんなをよろしくね」


 舞衣が、恵美の右手を両手で取って、言った。

 恵美は、大きくうなずいて笑う。


「了解! じゃあ、皆さん、ごきげんよう!」


 真っ先に異界の門へ飛び込んだ恵美。


「あ、母様、待って!」


 つきを先頭に、娘たちが門をくぐって消えて行く。それを見送りながら、赤ちゃんを抱いたアマ、トヨ、タミが、頭を下げた。


「お世話になりました。有難うございました」


 名残惜なごりおしそうに、何度も振り返り、門を潜る。

 そして最後に、テルが深々と頭を下げた。


「有難うございました」


 テルも門を潜り、門も消えた。


 青白い月明かりの中……。残った八人は、しばら其処そこを動かなかった。




 一組目の別れの後、誰も、動き出そうとしない。しかし、何時までもそうしていることも出来ない。

 亜希子が腕時計で時間を確認して、呼びかける。


「さあ、沙織さん、杏奈さん、環奈さん。お母様が首を長くして待ってますよ。そろそろ…」


 呼ばれた三人が、慎也と舞衣の方に向き直った。二組目の別れの時だ。


「私たち、絶対、帰ってきますから!」


「うん。待っているよ。ここが君たちの家なんだからね」


 沙織の宣言に対する慎也の答え。

 それに同調し、舞衣もうなずいた。


「必ず帰ってきてよ!」


「はい、必ず!」

「私も!」

「私も!」


 舞衣が差しべた右手を、沙織は両手で握る。さらに、杏奈、環奈も駆け寄り、加わる。

 舞衣は、左手も添えた。さらに、それらを慎也の手が包み込む。

 少し離れて、祥子、美雪、早紀が見守る中、手を握り合っている四人は、大きくうなずき合った。


 沙織、杏奈、環奈は、亜希子の車に乗り込んだ。


 車が静かに動き出す。


 そして、月明かりの中、見えなくなっていった…。





 美雪と早紀も帰ってしまい、祥子は夕食の片付け…。


 慎也と舞衣は、二人で居間にいた。

 部屋の入口を背に、テレビに向かって、並んでソファーに坐っている。が、テレビはいていない。


「とうとう、みんな行っちゃったわね…」


 言いながら舞衣が、慎也の肩に、しな垂れかかった。


「寂しくなるな…。今まで、賑やか過ぎたから…」


 慎也は、舞衣の肩に手を回しながら続ける。


「でも、舞衣さん。普通の夫婦って、たぶんこんな感じだよね」


「そうよね……」


 二人は、そのまましばらく動かない。


 慎也は元々、一人が好きだった。しかし、たくさんの妻たちに囲まれた賑やかな生活も楽しかった。

 どちらかというと、しいたげられているような状態ではあったとしてもだ…。


 だから、沙織たちに言った「帰ってきて欲しい」というのは、間違いなく慎也の本心だ。

 沙織・杏奈・環奈、三人とも大好きである。

 恵美も、祥子も同じ。

 ではあるが、やはり、たまには正式な妻の舞衣と、こういう「二人だけ」というのも悪くはない。



 舞衣にしても、これは同じ。

 彼女は元々、賑やかなのが好きだった。だが、やはり、「二人だけ」というのにもあこがれが無いわけではない。

 この世界に戻ってきて、誰も同室していない二人だけで、こんな良い雰囲気になっていることが、全く無かったのだ。


 沙織や恵美には、そういう機会を作ってやった。

 杏奈と環奈には、本人たちの希望で、舞衣が「御奉仕」した。

 だから、舞衣にもこんな時間があっても、罰は当たらないはずだ。


 二人で肩を寄せ合う…。


「きっと、近いうちにみんな戻ってきて、また必ず賑やかになる」


「うん、そうね」


「だから、祥子さんには悪いけど、今日だけは、二人きりで過ごしたいな」


「また、飯炊めしたき女扱いかって不貞腐ふてくされちゃうかもよ…」


「大丈夫だよ。彼女は『大人おとな』だから」



 その祥子は、丁度、片付けを終えて居間に入ろうとていた…。

 が、中の様子をチラッと見て、歩みを止めた。

 目の前には、完全に二人の世界にひたっている「夫婦」が背を向けて、小声で何か話している。


(何じゃ、良い雰囲気になりおって……)


 祥子は、そっと後ずさった。

 たまには、正式な夫婦水入らずというのもアリだろうという、大人の対応。何しろ、彼女は千歳を超えている「大人」なのだ…。


(祥子さん、ゴメンね。アリガト)


 舞衣は、そんな背後の様子に、しっかり気付いていた。

 祥子のはからいに感謝しつつ、


「今日は、私だけの『旦那様』よ!」


 そう言って舞衣は……。


 慎也の唇に、自分の唇を合わせたのだった。





――――――――――


最後までお読み頂き、有難うございました。

一応の完結となりますが、話は続きます。

以降は、「続・月の影に、隠れしモノは。」として、新たに投稿させて頂きます。

引き続き鬼も出てきますが、河童や人魚も登場する話となってゆきます。

よろしければ、そちらの方もお読み頂けましたら幸いです。

(投稿開始まで、少し間が開くかもしれませんが、お許しください)


有難うございました。

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月の影に、隠れしモノは。~鬼との因縁に巻き込まれた祝部と巫女の不思議譚~ しんいち @kano-siniti

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