人には無い、僕の力で。

小説大好き!

第1話

「なあ、みんなでカラオケ行こうぜ! お前歌上手いんだしさぁ! 聞かせてくれよ!」




 友人が遊びに誘ってくれる。




「分かった! みんなで行こう!」




 そう言って、友達についてカラオケへと向かう。




「お前、本当歌上手いよな。将来歌手でも目指してるのか?」


「いや~、僕そんなに上手くないよ?」


「いやいや、十分上手いって!」




 そこからしばらく楽しんでから、帰路に就く。


 みんなと別れて一人になった時だった。




 ――ファァァ!




 甲高い音が鳴り響いた。


 多分あれは車か何かだったのだろう。


 今となってはそう思うが、終ぞそれを認識することはなく……僕の人生は幕を閉じた。








 そうして、僕は異世界へとやってきた。


 あの時の記憶は少しだけ薄れてきており、もう意識しないと思い出すこともない。




 この異世界は世界観が少しちぐはぐだ。科学の代わりに魔法が発展しているらしく、少し近代的な部分を感じさせるが、貴族制度はいまだ残っている。


 少しだけ不思議な世界である。




 この世界には魔獣がいるからだろうか。


 魔獣とは、一応、この世界にいる生物の括りの一つである。なぜそいつらが魔獣と呼ばれているかだが、異常だからだ。




 何が異常か。それは生まれ方である。


 魔獣は最初の出現は子孫を作った繁殖ではない。世界中にある魔力の溜まり場があり、その中から出てくるのだ。




 魔獣によっては出てきた後、魔獣同士や特性が近しい動物と子を成すこともあるが、その根源が魔力溜まりなのである。


 なので、魔獣はどれだけ狩っても、一時的に減ることはあっても、またすぐに湧いてきてしまう。




 これが、生態系にない〝イレギュラー〟なので魔獣と呼ばれている。


 恐らく、こいつらがいるせいで発展ができないんだろう。万一のために大きな壁を作るし、町から町へ移動するのも戦う必要があるから、大きな輸送はできないし。




 まあ、そのため異世界らしく〝冒険者〟という職業もある。これは町の外に蔓延る魔獣を狩る職業だ。


 彼らは町にある武器屋の剣や、自分が扱える魔法を武器に壁に囲まれた町の外に出て魔獣と戦いに行く。




 この世界の人たちは全員、多かれ少なかれ魔力を持っており、誰もが魔法を使うことができる。そんな中で魔法を使うのが上手く、魔力量が多い人は魔法使いとなり、それ以外は魔法を補助として使い、武器を持って戦うのだ。


 勿論、そんな彼らの仕事は命がけだ。当然死ぬこともある。




 そんな彼らの命を守るのが冒険者ギルドという場所だ。冒険者は皆ここに所属している。


 冒険者ギルドは、外の魔獣の討伐依頼や、薬草等の採取依頼、街中から住民によって持ってこられた依頼を難易度や命の危険さでランク分けする。




 そして、それを所属する冒険者へと受けさせていくのだ。


 その冒険者も、受けた依頼や達成率に応じてランク分けし、よく言えば達成が難しい依頼、悪く言えば分不相応の依頼を受けさせないようにするのである。


 命がかかっている冒険者の死亡率が半分以下に抑えられているのはギルドのおかげだろう。




 そんなファンタジックな世界に転生して、当初は物凄く戸惑った。


 いきなり今までの常識が通用し辛くなる世界に連れてこられたのだ。当然だろう。


 そんな僕を支えてくれたのはこの世界の家族だ。




 僕には前世の……それも、こことは違う世界の記憶がある。当然、子供らしかぬ行動や、この世界では当たり前にできることができなかったりもするだろう。


 しかし、彼らはそんな僕を愛し、育んでくれた。本当に感謝しかない。




 僕の住んでいる場所は王都である。父親がそれなりに稼いでおり、お金に困ることもなくそれなりに幸せに暮らしていた。


 そんな僕には一つ問題があった。




 攻撃のための魔力が使えなかったのだ。どうやら、魔法を放出するための〝穴〟のようなものが異様に小さいらしい。代わりに〝穴〟の量は多くなるらしい。




 そのため、攻撃魔法は使えないとのことだ。支援魔法や回復魔法は使うことができるが、人よりも少し多く魔力を使うことになるらしい。まあ、僕は魔力も人より多くあるようだ。そこは多分あまり問題ないだろうとのこと。




 一応、炎を出したり、水を出したりすることはできる。しかしそれは、生活魔法と部類されるほどの出力でしか使えず、攻撃するために使えるほどではなかった。


 この症状を持つ人は稀にいるらしいが、治療法はわかっていないとのこと。




 別に、ただ攻撃魔法を使えないだけならそれでもいい。もともと使うことができなかったのだ。ちょっと使えるだけでも満足である。


 だが……この世界は日本のように、平民も十三歳になると皆学校に通うのだ。




 この学校に問題がある。いや、学校自体は問題ないのだが……。


 この世界の平民の学校は普通の教養も養うのだが、そこは主に貴族に任すため、飽くまで基礎までしか学ばない。代わりに、実技として戦闘を学ぶのである。




 これは魔獣がいるこの世界で、冒険者となって戦う人を増やすため、そして職に就けなくて困った人が冒険者になっても生きていけるように、という思惑で作られた制度である。この制度は素晴らしいと思う。




 しかし……この学校では、僕のように誰もが使える攻撃魔法をうまく使えない人をいじめる生徒がどうしても出てくるのだ。僕と同じ症状を持ってる人があまりいないのも原因の一つだろう。




 まあ僕も、自分がこんな症状を持っていて、この学校があることを知った時点……大体三歳くらいから鍛え続けていた。一応その前から気になって鍛えてはいたのだが、本腰を入れ始めたのはそれくらいからである。




 僕は、もともと魔力がなかったからこそ、かつては感じることのできなかった〝魔力〟の感覚が鋭敏になり、それを操ることが得意だった。なので、まずはそれを体中に巡らせるのを鍛えた。




 もしかしたら攻撃魔法を使うことができるようになるかもしれないし、数少ない武器である支援魔法や回復魔法をより使えるようにするため。そんな期待もや思惑もあった。


 まあ、それよりも、自分にはなかったものを動かして、それが育っていく感覚が面白かったというのが主だが。




 そんな風に鍛えることで、僕の魔力を回すスピードと、魔力を操作する技術はちょっと異常になり、今では習得するのは一握りと言われている無詠唱を体のどこからでも出せるようになった。


 それでも攻撃魔法は使えず、支援魔法や回復魔法はそんな風に使うことはないので完全に宝の持ち腐れである。




 ただ、体中からほぼノータイムで魔法を放てるようになり、これまた楽しくなって支援魔法や回復魔法を撃ちまくっていたため、魔力量も増えた。ちなみに、魔法は普通の人は




 もともと量が多く、増え幅も大きかったようで、魔力量も魔力回しと同じくちょっと異常である。体中から放出し続けても一日は持ちそうだ。




 そんな風に鍛えまくった俺の魔法に関する部分はかなり異常である。まあ、それでも攻撃魔法は使えなかったので、攻撃魔法を使うのはもう無理だと考えていいだろう。




 なので、こうしたいじめに対抗するため、体を鍛えていった。


 と言っても、独学で剣術やらを学んだりはしない。っていうか無理だ。


 だから、五歳のころから走り込みを始めて体力を増やしていった。




 ちなみに、筋トレは決してしない。そんなことすれば成長に影響が出るかもしれないからね。


 さて、いつも街中を走っているおかげか、近所の人たちとはとても仲良くなれた。この世界の人たち、いい人たちばかりである。




 いつも「あら、カイト君いつも頑張ってるね~」と野菜をくれたり、「お、カイトは今日も頑張ってるな!」と言って肉をくれたりするのだ。


 こうして応援すてくれる人がいるから、僕も継続して頑張れたんだと思う。




 そうして、来る十三歳の時、実技の訓練で技術側面に集中できるように体力をつけていった。




 そして十三歳になってから現在まで二年間、実技に関して主に鍛えていって、校内で好成績を残せるくらいには強くなれた。


 もちろん、魔法に関しても勉強している。おかげで、魔法は校内一位だ。




 さて、ラノベを読んでいた僕は思ったよりもこの世界の人達がいい人ばかりで拍子抜けしていたが、思った通りいじめ――というより、やっかみはあった。




「〝出来損ない〟がでしゃばんじゃねぇ!」


「〝出来損ない〟がそんなにできるなんておかしいだろ!」




 まあ、気にしないが。


 それに、僕にはいつも僕を励ましてくれる家族や近所の人たちがいる。そもそもやっかみを言ってくるのも一部だ。全然問題はない。










 それが起きたのは僕が十五歳の時だった。


 冒険者ギルドに設置してある遠距離通信機に突如、魔王を名乗る者が現れ、その日から世界中の魔物の強さが急変した。


 強くなったのだ。




 ものすごく強くなったわけではない。ただ、冒険者ギルドのランクを一つずつ上げないといけなくなるくらいには強くなった。


 これにより、新人の冒険者が三分の一近くが死亡した。




 ランクの高い冒険者は遠出をして、奥地にいる強い魔物を倒すことが多い。


 そのため、多くの高ランク冒険者が王都から出払っており、王都は周辺にいる魔物の討伐のため、卒業間近だった僕ら学校の三期生を即刻卒業とし、王都にいた中ランク帯の、冒険者としてはベテランの冒険者につかせて、育成を急がせた。




 遠出中の高ランク冒険者には、依頼が終わり次第、王都に戻らないでほかの、手が足りてない都市の応援を指示した。ほかの都市にも壁はある。その壁が破れる前に支援をするには王都より近い位置にいる冒険者にお願いする方がいいと考えたのだろう。


 王都周辺は魔物が弱い。最高の指示だった。




 しかし一か月後、突如スタンビートが発生。


 王都周辺には強い魔物がいないものの、王都の壁は一部壊された。




 貴族たちの迅速な指示により、すぐにベテラン冒険者と、それに指導され、指示を出されながら動いた新人冒険者によって鎮圧され、犠牲者一人も出なかった。しかし、壁付近の家々は壊され、問題も連続で起こったことで、王都中の空気が深く沈んでいた。




 さて、そんな中僕は何をしていたのか。結論から言おう。




 ――何もできなかった。




 僕に戦う力はない。本来支援魔法や回復魔法が使える人は引っ張りだこなのだが、攻撃魔法が一切使えないのはあまりにも危険すぎた。


 そのため、貴族側から冒険者になることを止められていた。今となっては知り合いの冒険者たちも、僕を連れて行こうという素振りを見せなかった。


 なので、冒険者ギルドに運ばれてきた冒険者に回復魔法をかけ、怪我を治癒していく毎日だった。




 みんなは「君のおかげで助かった」「君の回復魔法はとてもありがたいよ」といってくれるが、僕としては不甲斐なかった。


 僕だけが安全な地でのうのうと暮らしているのだ。徐々に暗くなっていく王都の空気をどうにかできるわけでもなく、ただ治癒しているだけなのである。




 僕もみんなと一緒に戦いたかった。これまで鍛え上げた力で、みんなと一緒に前線で魔獣と戦いたかった。せめて、みんなが怪我をしたらすぐに助けれるようにしたかった。


 叶わない願いばかり抱えながら、今日も治癒をしていく。










「お帰り、カイト」




 母さんが僕を迎え入れてくれる。




「ただいま、母さん」




 返事をする。僕が暗い顔をしているのに気づいて、母さんも気を落とす。




「ちょっと部屋にいるね」




 そう一言告げて、自室へと向かう。


 自室に着くと、怒りが、悔しさが、情けなさが、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられながら、湧き上がってきた。




「なんで……なんで、僕だけ戦えないんだよ。神様、いるんだろう? 僕にも戦う力をくれよ。みんなを守る力をさ……!」




 いろんな感情が体の中を駆け巡る。内側からはち切れそうだ。そんな感情が渦巻く。




「僕だけ、安全な場所で治癒して誰のためになるんだよ。だったら前線せ支援した方がいいじゃないか……! どうして、どうしてだよ……!」




 泣きそうになっていると、母さんが部屋の中に入ってきた。そのまま静かに、僕に抱き着く。




「ごめんね、ごめんねカイト。私がそんな体に生んでしまったから……」




 母さんは、泣いていた。僕の辛さを少しでも背負おうとして、それでもできなくて、そのことに悔し涙を流していた。母さんは何も悪くないのに、泣いていた。




 ――あぁ、守りたいはずの母さんを泣かせてどうするんだ。




 少し、頭の中が冴えていく。激情で狭くなっていた視界が少し広がる。




 ――そうだよ、ギルドの人たちが言ってたじゃないか。ちゃんと僕の治癒で救えてる人はいる。




「母さん。ありがとう。もう大丈夫、心配ないよ」




 母さんに心配かけないよう、すっきりしたことを、少しの嘘を混ぜて告げる。


 無理矢理、自分に言い聞かせてはいるものの、完全に納得できるわけがなかった。










 いつも通り、朝早く起きて、いつものコースを走る。


 そしていつも通り「カイト君は今日も元気だね~!」「よう、カイト!お前いつも頑張ってるな!」と、商店のおじさんおばさんが声を掛けてくれる。




 だが、ここで、気づく。狭くなってた視界では気づけなかった、だけど、母さんが開かせてくれた視界では気づくことができた。




 ――――――いつも通り?




 そう。いつも僕がすれ違ってる彼らは、いつも通りなのだ。問題が次々に起こり、挙句の果てに強固だった壁が一部壊れ、暗く沈んでいる王都の中で、ここはいつも通り活気に溢れていたのだ。




「ねえねえ、おばさん、不安じゃないの?」


「おばさんとは失礼だね! あたしはまだそんな年じゃないよ!」


「あ、す、すみません……。じゃなくて、不安じゃないの?」


「何がだい?」


「いや、ほら、今世界がパニックになってるじゃないですか。近くの壁は一部、少しだけだけど壊れちゃったし。おばさん……っていうかこの商店街の人たちはいつも通りだから不安じゃないのかな、と……」




 と、最後まで何とか言い切ると、おばさんは苦笑いしながら言った。




「もちろん、不安さ。気も少しは落ち込むよ。でもね……カイト君がいつも頑張ってるところを見ると、あたしたちも頑張ろうって気になれるんだ」


「な、なんで僕を見るだけで……」


「なんでってそりゃ、あたしたちにとってカイト君は小さい時から見守ってきた子供みたいなもんだ。子供が元気な姿を見てたら、あたしたちも頑張ろうって思えるんだよ。なあ、肉屋のおじさん」


「なぁにがおじさんだ!……まあでも、おばさんの言うとおりだカイト。お前が元気に走ってるから、俺らも元気をもらえるんだぞ!」




 思いもしなかった。僕はただ自分のために走り込みをしていただけだ。


 それなのに、この通りで大きな存在となっていた。




「道具屋の兄さん!――」


「いつもいるお姉さん!――」


「近所のお父さん!――」


「あ、向かいのお母さん!――」


「ねぇ、おじいちゃん!――」




 僕が走るコースにいる人の誰に聞いても同じ答えが返ってきた。いや、全く同じではなかった。


 寧ろ、僕じゃなくて自分の子供に勇気をもらってるって人が多かった。中には、いつも仕事をしているお父さんに元気をもらってるって人もいた。




 だけど――みんな誰かの姿に、誰かの頑張る姿に勇気を、元気をもらっていたのだ。


 目から鱗だった。一気に視界が開けた気がした。


 何も、人を救うのは戦う事だけではないのだ。戦うことができない僕にも人を救うことができる。


 そう、教えられたようだった。




 それを知ってから僕はまず、治癒作業に従事しながら、怪我をした彼ら、彼女らに声を掛けていくことにした。どんなでもいい、気を紛らわせて、ちょっとでも楽しい気分になってくれればと思ったのだ。




「おじさん! 今日も怪我したんですか!? 早くこっち来てください!」


「お、カイトお前雰囲気変わったな! 吹っ切れたのか? まあいい、俺は美少女にしか治癒してもらわない主義なんだよ」


「えー、いい年こいおっさんがそんなこと言わないでくださいよー」


「別にいいんだよ!」




 すると、こんな風に返されたり、




「あれ? カイト君少し雰囲気変わった? なんか陰湿だった空気が減ってる気がする」


「お姉さんそんな事思ってたんですか!?」


「だって、ねぇ……。みんなもそう思うでしょ?」




 そんな風に声を掛けられるようになった。そして、声を掛けられた人も、かけてくる人も、一様に明るい顔になっていた。


 やっぱりこの行動に意味はあったんだ。




 僕はさらに何か、王都の雰囲気をよくするできないか、戦いに向かう人たちが守ってるものの活気をよくできないか、そして、僕が使える武器が何かを考えた。




 探せ。僕が使えるのは何だ。僕にしかない僕だけが持ってる武器。僕は今までどんな人生を送ってきた。それを思い出していけば――見つけた!


 そうだ、僕には前世の知識があるじゃないか!




 そこで同時に、かつての友人知人が口をそろえて言っていたことを思い出す。




 ――お前、滅茶苦茶歌上手いよな。




 これだ。これが僕の武器。『僕は歌が上手い』みんなのお墨付きじゃないか。


 なら、これを使うほかないだろ。




 そして次の日、スタンビートによって壁が壊れ、少しだけ被害が出た場所に行った。


 ここは、死者は出なかったものの建物が破壊され、この王都で最も沈んでいるといっても過言じゃない場所だ。




 みんな復興作業に努めているものの、その顔はあまり明るくない。




 だから、僕は歌った。


 できるだけ大きな声で、それでも綺麗に、歌った。




 届いて。みんな明るくなって! 大丈夫、この国には戦ってくれている人たちがいる! だから、もっと活気良く生きよう! 彼らに、もっと守りたいって思ってもらえるように!




 しかし、届かなかった。みんなにそんな余裕がなかったのだ。事態を甘く見ていた。


 だが、戦ってる人たちがいるのに、僕だけが諦めるわけにはいかない。




 一度、冒険者ギルドに戻って治癒活動をしながら考えた。




「おい、カイト大丈夫……」


「待て、今カイトは何か変わろうとしている。最近色々やってるようだ。今はそっとしておいてやろう」




 もっとだ、もっと考えろ。方向性は間違っていないはずだ。僕には一体何が足りなかった。……待て、さっきの僕の光景、何かに似ていなかったか? なんだ、そこにヒントがある気がする。思い出せ!




 僕の生活は普通の極一般的な高校生のそれだった。毎日、学校に行って授業を受けて、放課後友達と一緒にどこかによって――ッ!?




 思い出した! 昨日の僕は、路上ライブをやっていた人に似てたんだ。


 それと同時に、僕がイベントや祭りの類を好きだったことを思い出す。僕がイベントや祭りを好きだった理由、それは――あの熱気だ。




 そう、イベントや祭りには常に熱気と活気があった。あの、心躍る、浮き上がるような感覚。僕はあの空気が好きだったんだ。


 そして、今欲しいものが全く同じものであることに気づく。なら、今の僕に足りないものはなんだ。――インパクトだ




 今の僕にはインパクトがない。路上ライブではあまり人を寄せることができない。特に、対象のお客さんが余裕のない状態だったら当然だ。


 しかし、僕のこの世界で使える前世の知識はもう――――いや、待て。何で僕は前世の知識に固執しているんだ?




 そうだ、僕には前世じゃなくても、この世界で十五年間で培ってきた力が、武器があるじゃないか。それに、僕は前世で何を読んできた。前世の知識や発想、前世だからこそ見れた情景、魔法の融合、そして、その知識と光景の再現。これこそ、ラノベで主人公たちがやってきたことじゃないか!




 僕は今まで魔法の制御をひたすらに鍛えてきた。魔力量も増やしてきた。もう、一日中使い続けても魔力切れを起こさないだろう。


 それに、攻撃魔法が使えない分、魔法を放つ穴が多い。おかげで、魔法の連射速度を早くできる。


 僕の使える魔法は、生活魔法に支援魔法……バフ、そして、回復魔法だ。




 イベントに用意されているものはなんだ。音響……は無理だ。僕がアカペラでどうにか――待てよ、声に支援魔法を乗せればマイクの代わりになるかもしれない。


 スポットライトは……いける! 生活魔法の炎を空に放ちまくればいい!




 そうだ、最近の僕は体から離れた魔力もある程度操れるようになったし、魔力の広げ方もある程度操作できる!


 なら、空中に魔力を満遍なく広げてそこで生活魔法を使いまくれば……!










「……聴いてください」


 ぼそりと、小さく呟いてから顔を上げる。




 一組、また一組と空中に炎を灯していく。




「な、なんだあの炎は」


「お、おい、空中に炎が……って、下に人がいるぞ。あいつがやってるのか?」


「待て、あいつ昨日もいなかったか? 確か歌ってような……」




 どんどんこちらに注目が集まってくる。


 ある程度集まったところで、




 ボボボボボ……っと連続で火を灯しいく。真っ昼間にも関わらず、この周辺だけ他よりも明るくなる。




「うお、なんだ!?」


「一体何が始まろうとしているんだ!?」




 どんどんお客さんが集まってくる。そうだ、もっと来い! もっともっと僕の方を見ろ!




 そして、歌い始める。


 最初は少し静かに。しかし、声に支援魔法をかけて拡声し、言葉も一つ一つはっきり発言して、みんなに聞こえるようにする。




 ――大変な時期だね。辛いよ。今はみんな辛い。本当に辛い世の中になったよ。




 少しずつ、テンポを速くしていく。支援魔法はつけたまま、声に回復魔法乗せる。後ろにも人がいる。声では届きにくい彼らにも魔力を浴びせていく。




 ――でも、みんなで戦わないといけない。例え辛くても、みんなで生き抜いていかないといけない。




 またさらにテンポを速くする。それに合わせて、炎を色んな場所で明滅させる。自分の体のすぐ近く、少し離れた中空。見ている人の気分が乗るように。




 ――町の中央では貴族が戦っている。外では冒険者が戦っている。みんなそれぞれの戦いをしている。




 そして……サビだ。炎の明滅を激しくする。随分と客が増えた。もっと遠くまで魔力を飛ばす。全ての人に声が、回復が届くように。




 ――なら、僕たちも戦おう。決して絶望はしない。みんなが戦ってくれているから。僕たちを守っているから。僕たちは僕たちの、彼らが守りたいものを最高の形にするための戦いをしよう!




 そして、歌い終わる。




「はぁ、はぁ……」




 もう形振り構わず歌った。


 どうなった。僕の歌はみんなに届いたのか? もう全力を尽くした。これでみんなの心に響かなかったらもうどうしようも――




「「「うおおおおおおおお!!!」」」




 轟くような歓声が響いた。




「……え?」


「お前、ナニモンだ!? いや、ナニモンでもいい! 響いたぜ、お前の歌!!」


「感動しました! そうですね、彼らの守りたいものはこんな辛気臭い空気じゃないはずです!」


「そうだよ! こんな辛気臭い空気になる必要はない! 今も戦ってる彼らのおかげで人死には出なかったんだ!」


「あぁ、そうだよ! もっと明るくいよう!」


「お兄さん! ありがとう!」


「お前さんには感謝しかねぇ!」


「私も、貴方の歌に感動しました!」


「こんなに明るい気分になれたのは久しぶりだ!」




 聞いてくれた人たちから、色んな感想をもらう。




 ――あぁ、そうか。僕の歌は届いたのか。




 思わず涙が零れてくる。


 足から力が抜けて、倒れそうになる。




 瞬間、一番近くにいた男性が受け止めてくれた。


 耳元で囁いてくる。




「よく頑張った。お前のおかげで俺たちは救われた。もう、ここは大丈夫だ」




 そう言って僕を丁寧に横たえると、振り向いて声を張る。




「ほら、お前ら余韻に浸りたいのはものすご~くわかるが、復興に戻るぞ! 誰か余裕があったら歌え! 暗い雰囲気では進めれる作業も進まんぞ!」


「おう! みんなでこの場所を守るんだ!」


「彼らが守りたいと思える場所にするんだ!」


「明るく、活気のいい空気を作るぞ!」


「「「おう!!」」」




 ――あぁ、こんなところでへばっていてはいられない。彼らは今、立ち上がった。なら僕も、立ち上がろう。そして、これを続けていくんだ。これが、これこそが、僕の戦いだ!




 僕は、静かに、しかしその心の裡に真っ赤に燃え上がる熱い炎を宿して、立ち上がった。










 こうしてカイトは、王都中を駆け巡り、歌の力で皆に活気という名の〝希望〟を与えていき、王都内に蔓延る〝絶望〟を消していく。


 そしてそれは、内だけには留まらない。彼は後に召喚される異界の勇者とともに、世界中を駆け巡る。そして、各地で勇者や他の仲間とともに〝希望〟を与えていくだろう。




 いつか魔王を倒し、世界に平穏をもたらすその時まで。


 だが……これは、後に〝希望の象徴〟と呼ばれるようになるカイトの始まりの物語。


 この物語はここで終わり、いつか誰かに語られる続きを待つことになるだろう。


 しかし、彼の記憶は……彼の生きた証は、常に残り続ける。




 未来永劫、失われることなく。


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人には無い、僕の力で。 小説大好き! @syousetu2

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