幼馴染と想いを伝え合う話

@mukiryokushounen

第1話

突然だが俺はこの町を出ることにした.

確かに現代にしては閉鎖的な田舎町だが,それが不満なわけではない.

友達がいないのだ.

少ないどころではない,存在しないのだ.

少子高齢化のご多分に漏れず衰退の一途をたどるこの町には,小中高と学校が一つずつしかない.

必然この町に生まれた子供は皆小中と同じ学校に通い,高校もほとんどが同じところへ行くことになる.

1学年に1クラスしかないこの町で小学校から友達がいないと言えばこの苦しみがわかってもらえるだろうか.

そんなわけで高校進学を機に俺はこの町を出ることにした.


そんな俺にも神の情けか一人だけ生まれて以来の幼馴染と呼べる存在がいる.

いや,この幼馴染がいることの引き換えにすべての交友関係がないのかもしれない.

そいつの名は華憐.

日本人離れしたアッシュブロンドのショートヘアで,テレビでもめったに見ないほどの美少女だ.

人当たりもよく当然のように町中で猫かわいがりされている.

その反動か俺にだけはあたりが強いように思えるが,それでもボッチの俺を気にかけてよく世話を焼いてくれる.

俺にはもったいないくらいの幼馴染だ.

正直華憐と離れることに抵抗はあるが,高校生にもなっていつまでも世話になり続けるわけにもいかない.

なにより華憐は町中の人気者だ.

これからもどんどん俺に割く時間は減っていくだろう.

そう考えればいいタイミングかもしれない.


町を発つ当日.

最後に挨拶くらいはしていけと母親に言われ隣の華憐の家へ向かう.

もとよりそのつもりであった.

今までさんざん世話になっておいて挨拶もなしにいなくなるというのはいかにも恩知らずであろう.

事前に言えばあれこれ言われそうなことは想像に難くなかったため,当日に告げてその足で駅へ向かうことに決めていた.

非情にも親にはあっさりと見送られ,サクッと華憐にも別れを告げようとインターホンを押した.

しばらくすると妙にめかしこんだ華憐が出てきた.

出かけるところだったのだろうか,そうであればよりさっさと終わらせてしまおう.

「よう」

「どうしたの」

「俺引っ越すから」

「はあ?なによ突然」

「いい加減俺も青春ってやつを体験してみたくてな.いい機会だからよその高校に行くことにしたんだ」

「そう……」

あきれたような顔でこちらを見てくる.

正直もっと反対してくると思ったがいやに静かだ.

もっとも今更何を言われても手遅れであるが.

「そっちも出かけるところだったんだろ?じゃあな,盆と正月くらいには帰ってくるよ」

そう言って踵を返しかけたところで

「待って.……駅まで送るわ」

などと言われた.

出かけるところだったのではとも思ったが,本人がそういうのであれば送ってもらおう.


駅までの道すがら,ひたすら無言の時間が続いた.

今更思い出話をするような雰囲気でもない.

こいつはいったい何のためにあんなことを言い出したのだろう.

隣を歩く華憐を横目で見る.

腐れ縁とはいえ,こんな俺になんだかんだとずっと世話を焼いていてくれていたことに関しては感謝してもしきれない.

これまで俺がどうにかまともに生きてこられたのは半分以上こいつのおかげなのだから.

ならば最後くらいお礼を言わねばなるまい.

今くらいは思っていることを素直にぶつけてやろう.

「なあ,華憐」

「……なに」

「今までのこと,ありがとうな」

「なによ,あらたまって」

「いや,お前がいなかったら俺は学校に行くことも,こうして外を歩くこともできなくなっていたかもしれない.

 だから,感謝してる」

「……そうよ,もっと感謝しなさい」

「ああ」

少し気恥ずかしさが残るが,さっきよりも空気が弛緩した気がする.

どうせだからずっと気になっていたことも聞いてみようと思った.

「なあ,そもそもなんでこんなに世話を焼いてくれたんだ?親たちに言われたからってだけでもないだろ」

すると隣で大きなため息が聞こえた.

「恩返しよ」

「恩返し?」

「そうよ,あんたがさっき言った言葉そっくりそのままお返しするわ」

そんなことを言われても,恩と呼べるほどのことをした覚えはない.

「心当たりがないって顔ね.小学生の頃,髪の色でいじめられていたのをいつも助けてくれたでしょう.」

たしかにあれは小学校に入学して間もないころだったか,そんなことがあった.

だが,それこそ当時は親に仲よくしろと言われた手前見過ごすこともできなかったし,なにより幼いころからたぐいまれなる容姿であったこいつのことだ,いずれ他の誰かが助けてくれていただろう.

「それでもあの時助けてくれたのは他の誰でもないあんただった」

こいつがそんなことを思っていたとは.

それでもそのことをうれしく思う自分がいた.


歩みを進めていく中で,華憐がおもむろに手を握ってきた.

この歳にもなってと気恥ずかしくもあったが,それと同時に互いの思いが通じ合っているような感じがして心地よかった.

このまま手をつないでいられたら,そんなことを思っていると

「ねえ,本当に出ていくの?」

と不意に聞かれ少しドキリとした

しかしそれを表に出さないように

「ああ」

とだけ答え,隣からも

「そう……」

という返事が返ってきたきり駅に着くまで手を握ったまま歩いていた.


いよいよ駅に着くと華憐がホームまで見送ると言ってきた.

ここまで来たら好きにさせることにて二人でホームへと上がる.

ついに列車がやってきて俺がそれに乗り込むと,発車間際にホームの華憐が最後に,と前置きをして

「ねえ,私のこと,好き?」

と聞いてきた.

今日のこれまでの問答から何をいまさらとも思ったが,それでもはっきりと言わざるを得ない.

「ああ,華憐のことが好きだ」

それを聞いた彼女は飛び切りの笑顔でその言葉が聞きたかったのよ!と言いながらこちらへ飛び乗ってきた.

と同時に列車のドアが閉まる.

俺は突然のことにびっくりしながら

「お,お前何やってるんだ」

と問うと,華憐は実に得意げな顔で

「私もいっしょに行くのよ」

などと言いながら,手に俺と同じ行先の切符をひらひらと掲げている.

「最初からみんなわかってたわけだ」

「当然でしょ.あのおばさんがあんたのことを私に言わないわけがないじゃない」

「やられたよ」

だがこれでよかったのかもしれない.

これからも華憐と一緒に過ごせることに安堵している自分がいる.

しかしだ,先程の意趣返しも含めてここはひとつはっきりさせておかねばなるまい.

「ところで,そっちは何か言うことはないのか?」

「なにが?」

「俺はお前を好きだといったぞ.それに対する返事はないのか」

「なっ,そんなこと言わなくてもわかるでしょ」

顔を真っ赤にしながらそっぽを向く華憐を見ながら,俺たちが素直になりきるのはまだまだ先になると,そう思うのであった.

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