魔王様辞めさせて下さい!

niwaco

序章 はじまりの草むら

 あれ? ウチって、ブラック企業じゃね?

 魔王軍に所属して100年と数日が経ったある日のこと。

 ふと、幽霊ゴーストである僕の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 今日の今まで特に魔王軍がどうとか気にはしてこなかった。と、いうより仕事に忙殺されていて気にする暇がなかった。

 魔王軍に所属した日から今日まで、就業時に命じられた冒険者の撃退及び進行妨害という、魔物にとってごく当たり前で誰にでもできる業務に従事してきた。それはもう決まった動きしかできない歯車のように何も疑問を抱くことなく。

 ただ、ちょっとしたきっかけで幽霊ゴーストは目が覚めるらしい。

 今しがた僕は魔王軍はブラック企業だ。と気がついてしまった。


 きっかけは今朝のこと。

 勤務先兼寝床でもある初心者冒険者御用達の『はじまりの草むら』で目が覚めると側に祝勤続100周年と書かれた手のひらサイズの封筒が置かれていた。

 封筒の外見の形からしてかなりの厚みの物が入っていることは明らかだった。

 封筒に祝勤続100周年なんて書いてあるから僕は勤続を祝う記念品的なものが中に入っているのだろう、なんて想像をして袋を拾い上げた。

 ズシッ。

 そんな感覚が腕を伝ってやってくる。しっかりと腕にくる重み。よく見れば封筒があった場所の地面が少し凹んでいるではないか。封筒がどのように置かれたものかは知らないが、それ程に重い。

 何が入っているのだろう。期待し過ぎても良くない。とはいえ、魔王軍に所属して百年も経って送られる物なのだ。この腕にくる重みといいさぞかし良いものが入っているのではないか。なんて淡く期待しない方が無理というものだ、と封を開け中身を取り出す。

 少しでも長くこのワクワク感を楽しみたい。

 そう考えてゆっくりと中身を引っ張り出していく。

 なんせ100年分の頑張りの結果なのだ。

 僕の体には心臓がないはずなのにドキドキとする感覚があった。

 ……何この金色?

 見えて来たものはこれでもかとピカピカと輝く金色のもの。なんだろうか、と若干戸惑う気持ちを抱きながら封筒で隠れている残りの部分を取り出した。

 中から出てきたのは金色の置物。

 マントをたなびかせながら手を前に突き出し、何がを叫んでいるようなやけに堂々とした幼女の置物。

 この幼女をどこかで見たことがあるなと、僕は記憶を辿って。100年ほど遡った時ようやく答えを見つけた。

 あ、これ魔王様だ……と。

 100年前、幽霊ゴーストとしてこの草むらで彷徨っていた時に魔王軍に所属しないかと声をかけてきたのが魔王で、魔王と名乗っていたのがこの像の幼女だった。魔王っていうものだからてっきり怖い存在だと思っていたのに幼女の姿をしていて拍子抜けだったのはよく覚えている。

 なぜに勤続100年もしてもらう物が魔王様の置物なのだろうか。正直、実用性はないしいらない。自己顕示欲の塊を送りつけて自己満足ですか? なんて内心思っていると封筒の中に折り畳まれた紙が一枚入っていることに気がついた。

 紙を引っ張り出してみると置物に潰されてくしゃりと潰れてはいたが、中を読むには問題ない。中を見て見ると。


『勤続100年ごくろう! これからも24時間365日休むことなくワラワのためにがんばってくれ! 祝いの品としてないすばでーなワラワの像を送る。これからもはげめよ』


 実に上から目線で労いの言葉が子供が書くようなバランスの崩れた文字で書かれていた。

 汚い文字のせいで情報を読み込むのに時間はかかったが、この手紙を見て僕はハッとする。

 自分が24時間365日休むことなく働いていたのだと。

 気がついてしまった。

 魔王軍、ブラック企業じゃん。と。

 誰がなんと言おうと働き過ぎではないか。休みが100年の間で1日もないって、いわゆるブラック企業というやつじゃないか。しかも寝床と仕事場がずっと同じ場所だし、業務内容は誰にでもできることだし命懸け。

 誰が聞いてもブラック企業だと、どす黒いブラック企業だと認定してくれるだろう。

 なんだか、急に目が覚めた気分だった。

 魔王軍で一生働く。そうどこかで思っていた。だけど、魔王軍に一生いる必要はないのではないだろうか。今。

 僕は空を見て、肩に入っていた力を抜いて思う。

 自分にしかできないことってなんだろう。

 自分のやりたいことってなんだろう。

 探してみたいな。

 そう思った僕はとりあえずやるべきことを呟いていた。

「魔王軍、やめよう」

 勤続百年と数日。

 僕は魔王軍を退職することにした。

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