聡明叡智⁉︎クレイジーサイコレズ‼︎(Aパート)

 結局、癒子が学校に着くころには1時間目の終わりだった。


「ねぇ、癒子。今日はどうしたの?遅刻なんて珍しいわね」


休み時間、クラスの委員長で癒子の親友である早乙女 空音が癒子に話しかけてきた。


「んとね、登校中にワキ」


ここまで言って癒子はイヌヌから「ワキピュアのことは絶対秘密、ワン」と言われていたことを思い出した。


「脇?」


不自然なところで言葉をきった癒子を空音が訝しむ。


「えっーと、えっと、そう、脇から変な汁が出たの!」


癒子は慌ててよくわからないことを口走ってしまった。癒子は「やってしまった」と思った。


「違うの、空音ちゃん。ワキ、じゃなくて、えっーと、ワキ、じゃなくて、えっと」


癒子は慌てて訂正を試みようとするもうまく言葉が出てこなかった。癒子のアドリブ力はありえないほど低かった。


「よくわからないけど、脇じゃないのはわかったわ」


空音は挙動不審な癒子に戸惑いながらも脇じゃないことを理解した。


「そう、ワキじゃないの!」


混乱した癒子はとりあえず肯定しといた。癒子は何をしたいか迷走していた。


「そう、それで脇じゃないのがどうしたの?」


再びの空音の問いかけにまた癒子は混乱した。


「えっと、えっとね、そう、変な汁が出たの!」


結局、元に戻ってしまったが混乱の極みにある癒子にはそれに気付くことができなかった。


「つまり、脇じゃないところから変な汁が出たの?」


癒子の発言に聞き耳をたてていたクラスの思春期の男子たちはみな「それ、えっちなやつじゃね?」とソワソワしだした。


「うん、お汁がいっぱい出たの!」


何故か癒子は強く肯定してしまった。癒子の中ではワキピュアから話をそらせればなんでもよかった。

ガタッといっせいに物音がした。癒子の周りの席の男子生徒が同時に立ち上がったのだ。


「うわ、びっくりした。どしたの?」


自分の発言のアレさに気付いてない癒子の問いに一同は同時に答えた。


「トイレ、行ってくる」 


ある意味勇ましいその発言を癒子は「便器の数、足りるかな?」と深く考えなかった。


「あれ、空音ちゃん?」


便器の数の心配をしていた癒子はトイレに向かう一同の中に空音が混じっていたことに気づかなかった。


トイレに向かう男子に混じって癒子の元を去った空音は1人屋上に向かった。1人になりたかったのだ。


「よし、この時間なら誰もいないわね」


昼休みならともかく1時間目と2時間目の間の休み時間に屋上にいる生徒はいなかった。


「あ゛ーーーーーーーー、癒子たーん!」


空音は空に向かって癒子の名前をシャウトした。


『お汁がいっぱい出たの!』


空音のスマホから盗聴されていた癒子の発言が流れる。


「あ゛ーー、いいよ。使えるよ。さすゆこ」


空音を床に倒れて身を悶えた。空音は一見黒髪清楚な大和撫子だが、実はいわゆる一つのクレイジーサイコレズだった。


「はぁはぁ、もう授業が始まるし教室に戻らないと。でも、あと一回だけ」


『お汁がいっぱい出たの!』


「あ゛ーー」


空音は一通りシャウトすると、乱れた髪と服装を整えると何気ない顔で癒子の待つ教室へと戻った。

この空音の痴態もとい秘密を知る生徒はいない。空音の警戒は万全だった。


「えー、やばいの見ちゃった、ワン」


そう、秘密を知る生徒はいない。しかし、秘密を知る妖精は今日生まれてしまった。




「うーん、今日も楽しかった。ハピハピデイだね」


「癒子はホント毎日楽しいそうね。今日はどこか寄り道でもする?」


放課後、癒子と空音は下校をともにしていた。2人とも今は特に部活動には所属してなかった。


「癒子、こっちにくる、ワン」


草の茂みから癒子にしか聞こえない声量のイヌヌの声がした。


「どうしたの、犬?」


それに気づいた癒子は空音に断りを入れると茂みに近寄りイヌヌに話しかけた。知識のアップデートはされてないため、癒子の中ではイヌヌはまだ犬だった。


「癒子の友達の空音ちゃん、あの子はやばいよ。あの子からは離れた方がいい」


イヌヌは語尾を忘れるほど必死に癒子に訴えかけた。


「何言ってるの、犬。空音ちゃんはいい子だよ。あんまりそう言うこと言わない方がいいよ」


会ったばかりのイヌヌと親友の空音。信頼の差は歴然だった。そもそも犬と人間の信頼など比べるまでもなかった。


「待って、その子やばいんだって、ねぇ!」


イヌヌの語尾を捨てた説得も虚しく、癒子は空音のもとに戻っていった。


「何かいたの?」


空音は少し癒子は怪しんでいた。癒子の発言が刺激的で忘れかけていたが朝の言動、そして今の茂みに寄る謎の時間。癒子を誰よりも見ている空音には違和感しかなかった。


「何もいないよ。犬とか全然いなかった。ほんとだよ」


やはり癒子の対応力は死んでいた。根本的に隠し事に向いてる性格じゃないのだ。


「えっと、つまりは犬がいたの?」


 当然癒子の嘘はバレた。癒子のイヌヌへの理解が犬で止まっていたのが不幸中の幸いだった。


「えっと、その、そうだ、クレープ食べにいこ!」


癒子は強引に話を切り上げることにした。空音も不審に思いながらもそれ以上言及することはしなかった。


「これは、いろいろとやばい、ワン」


イヌヌはワキピュアの秘密がバレることと癒子の身の危険を案じて2人の跡をつけることにした。


「次の数学の授業は小テストらしいけど、癒子は大丈夫そう?」


空音は癒子の学力を完全に把握していた。故に癒子が数学で躓いてることを承知の上での質問だった。


「えへへ、ちょっとピンチかも。ところで、今日の英語の単語テストどうだった?」


癒子は苦手な数学の話をこれ以上されたくなかったので無理矢理得意な英語の話に持ち込もうとした。


「ぼちぼちよ。ところで癒子は微分と積分どっちが好き?」


空音は癒子から振られた英語の話を無理矢理数学の話にして返した。空音は癒子の「空音ちゃん、勉強教えて!」をなんとしてでも引き出したかったのだ。


「微分かな。ところで明日の英語も単語テストあるみたいだよ」


癒子は微分と積分で会話をはずませる自信がなかったので自信のある英語にして話を返した。


「問題ないわ。ところでlimについてどう思う?」


空音は普通に話しても癒子はのってこないことを感じ、癒子の得意な英語を入れて話を返してみた。


「Lim?limitのこと?」


癒子はlimが何かわからなかった。それが癒子の敗因だった。


「え、極限って意味の数学の記号よ。癒子、本当に数学大丈夫?」


空音は狙い通りの展開に心の中でガッツポーズをした。彼女の声は少しうわずっていた。


「危ないかも。お願い、空音ちゃん。勉強教えて」


癒子は自身の敗北を悟り、潔く空音を助けを乞うた。なお何の戦いだったのかは誰にもわからなかった。


「仕方ないわね。クレープを食べたら私の家で勉強会にしましょう」


こうして空音は癒子は自室へ連れ込む予定を勝ち取った。あくまで平静を装う空音だったが、警戒してみているイヌヌには顔が緩んでいるのがバレバレだった。


「あ、クレープ屋さんだ!」


そうこうしてる間に2人は公園の広場にあるクレープ屋にたどり着いた。クレープ屋には数人の列ができていた。


「癒子、癒子」


再びイヌヌは癒子を小声で呼び出した。


「ごめん、ちょっとおトイレ」


しぶしぶ癒子はイヌヌの呼び出しに応じた。2人はクレープ屋から少し離れた位置にあるトイレの裏で話すことにした。


「癒子、よく話を聞くだワン。あの子はやばいワン。関係をやめろとは言わないワン。せめてもう少し警戒すべきだワン」


イヌヌは心底善意で癒子を心配していた。


「またそれ?なんで友達を警戒するの?」


癒子は少し不機嫌そうに反論する。癒子はトイレのにおいが思ったより臭く機嫌を損ねていたのだ。


「だって、あの空音って子は、えっーと」


イヌヌは言葉に迷った。空音のクレイジーさをいかに説明しようか考えるもトイレの臭さが思考を邪魔する。


「大丈夫?」


癒子はイヌヌの身を案じた。犬は人の数万倍もの嗅覚を持つと言われている。それがイヌヌにも適応されるとなると考えると癒子はイヌヌが気の毒に思えてきた。


「ちょっとここから離れるワン」


イヌヌは密談の場所をトイレの裏に指定したことを後悔した。イヌヌはもう癒子の身を案じる余裕はなかった。そんな時だった。


「きゃーー」


突如公園に女性の叫び声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sword on me‼︎ワキピュア 何処にでもいる唯の唯一神(仮) @siotoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ