第三話 リーダムの市長さん、それとちっちゃいおっさん。
あの事件から二日後、夜の森にクルは足を運んでいた。件の「バカ野郎」は、森の広場で落ち葉をベッドに寝っ転がり、指の先に白い蝶を止めていた。月の白く淡い光と相まってどこか神秘的で、それでいて儚く見えた。引き留めなければ、彼はいつの間にか目の前から消えてしまうのではないか。何故かはわからないが、彼のその仕草はクルにそう思わせたのだ。慈しみに富んだ眼を蝶に向けると、彼は空へ乗せるように、その蝶を指先から払った。クルはしばらくの間その光景に見惚れてしまった。
「えっとその、お久しぶりです」
「え、こわ……なんでそんな回復早いの……」
彼はクルに気づくとそう零した。丁度二日前のどこかで見たような引き方だった。
「あ、普通に喋れたんですね」
「お前人をなんだと思ってるんだ」
「バケモンだと」
「そんな慈悲の無い言い方しちゃう?」
彼女は寝ている彼の隣へと座った。
「生まれつき……って訳じゃないんですけど、怪我の治りが早いんです」
このお耳のおかげなんですよ~と、彼女は垂れた犬耳をぴくぴくと動かした。彼女を見る限り、目立った後遺症もないようだ。彼は顔には見出さないものの、心底安心した。
「そういえば、私はクルって言います。一度ならず二度までも助けていただきありがとうございました」
彼はあまり感謝をされたことがないのだろうか、恥ずかし気に、困ったような表情を浮かべながら人差し指で頬を掻いた。
「あー、まあ気にすんな。俺は歩夢(あゆむ)だ」
「やっぱり「バカ野郎」じゃなかったんですね」
「分かっててあのレストランの時は復唱してたんだな?」
えへへ~としてやったりな顔を浮かべるクル。歩夢はバツが悪そうに顔をそむけた。
「……そういや、この前はどうやって俺の後を追ったんだ? 足跡は残していなかったはずだが」
「私は鼻が利くんですよ、犬なので」
「なるほど」
「おしりの匂いが濃いところを辿っていきました」
「おしりの匂い」
余談だが、犬は挨拶代わりに互いの尻の匂いを嗅ぐらしい。故に犬耳を持つ彼女はオシリデス♪の匂いだけは強烈に記憶に残っていたようだ。
「それで、どうして歩夢さんはこんなところに?」
歩夢はちょっと気だるげな視線をクルに投げかけた。彼は「わざわざ説明させないでくれ」と言いたかったらしいが、クルが興味深げに尻尾を振っているのを見て、観念したように語り始めた。
「気持ち悪いだろ、俺みたいなのが街で暮らしてたら」
クルはそれを聞いてもいまいちピンと来ないようだった。歩夢は彼女に何を話しても理解してもらえないと一瞬考えた。だが、彼女の一言でその考えは180度転換せざるを得なくなった。
「なんでですか? 私は犬耳少女なんですよ?」
彼女の素から出た言葉。それは自分が異端者であり、「普通から逸脱している」自覚が無ければ出ない言葉だった。それと同時に、歩夢は自分の過去と、彼女が背負ってきたであろう重荷を一瞬だけ重ねていた。彼女がなぜ自分に対して嫌悪感を抱かずに接するのか、その理由が饒舌な政治家の演説よりもわかりやすく理解できたのだ。
「……君が受け入れてくれても、そう簡単にはいかないさ」
「どうしてですか?」
「俺は世界に嫌われてるんだ」
そういうと、彼は身を起こした。ふと、クルと目線が合い数秒間見つめあうと、なぜだか可笑しくてたまらなくなって互いに噴き出してしまった。
「そんな真剣な顔しなくても」
「君も大概な顔してたぞ」
ひとしきり笑い終わると、歩夢はゆっくりと「たとえ話」をし始めた。
「藪から棒だが、ルールを守らない奴について君はどう思う?」
「うーん、最低だと思いますね」
「だろ? まあそういうことだ。俺がいればこの世界のルールは乱れちまうんだ。俺がそうしたくなくても勝手にな」
ほうほう、と彼女は相槌を打つ。その後奇妙な間が空いたが、程なくして彼女はそれで話が終わったことに気づいた。
「え、それだけですか?」
「なんだ、これ以上簡単な例えもないと思うが……そうだな、ルールを守らない奴は遅かれ早かれその場から追放される。俺もいづれこの世界からもまた追放されちまうだろうよ」
そういうと、彼は再びごろんと地面へ寝転がった。
「似たような経験は互いにしていると思うぜ。自分が何もしてなくても、勝手に嫌われて勝手に居場所を追われる。そういう経験」
クルは、一瞬今までに見せた事無いような暗い顔を見せた。その暗い顔を隠すかのように彼女もまた、彼の隣で寝転がった。
「……だがよ」
ふと、歩夢は口を開いた。
「君が俺以上の「バカ野郎」じゃなくて安心した。単純なお人好しって訳じゃない、本当に心の底から俺を心配してくれた。こんな奴に出会えたのは何年振りだか」
「……ありがとう」
クルが再び彼の方へと顔を向けるより早く、またその夜に落ちた流れ星も早く、忽然と歩夢は姿を消し去ったのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆ちなみに☆☆☆☆☆☆☆☆
翌日、歩夢はリーダムにて
五人に増えてブリッジしながら
食い逃げ犯を追いかけまわしているところを
無事に捕獲されました♥
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
↑嫌すぎるだろ……その""命""で速やかに贖うべき。
異世界に来たので
早速チート使って
装備から衣服を追放したら
スライムにちんちん捥がれた;;
~バカ野郎の異世界転移
――第三話 リーダムの市長さん、それとちっちゃいおっさん。
「確かにさ、食い逃げはいけないよ。だからと言ってさ、流石にやりすぎだよね? 5人に増えてブリッジしながらしかもパンツ一丁の上に鼻眼鏡付けて両耳から一個ずつ松平健のフィギュアぶら下げてる奴に追われる方の身にもなれない?」
「「「「「いや俺に言われても……」」」」」
ところ変わって村山医院。歩夢は当然の如く5人とも捕まえられ、そのまま村山に詰られていた。そこにとてとてと音を立てながら走り寄る影が一人。
「歩夢さんが現れたって本当ですか!」
クルはそういいながら思いっきり扉を開けるも、すぐに閉じた。もしも暇があるなら、次の休日辺りに、目の前に5人に増えてパンツ一丁の上に鼻眼鏡付けて両耳から一個ずつ松平健のフィギュアをぶら下げながら怒られてる奴を見た彼女の気持ちを、是非とも考えて欲しい。
「それ本当に制御できないのか?」
「出来てたら苦労はしないんだが……」
「それもそうか」
クルはこっそりと確かめるように扉をあけた。
「えっと、怖がらせてしまって申し訳ない」
次にクルが扉を開けたときには歩夢は普段通りの姿に戻っていた。先ほどの姿からは考えられないほど理性的な姿、これが本来の彼なのである。
* * *
「現実不全症候群?」
「まあうちも実例を見るのは初めてなんだが」
窓際で小さいおっさんが踊りながら、クルたちは聞きなれない言葉に首を傾げていた。どうやら村山が言うにはそれは病名らしい。
「えっと、なんだ。そうだ、『勃起不全』ってわかるか?」
「言いたいことはわかりますけどもどうしてよりにもよってそれを選んだんですか」
クルは頬を赤らめジト目になりながらそう言った。村山の名誉のために追記しておくが、一応勃起不全も俗称ではなくれっきとした症例名である。ちなみに歩夢は、そのボケた顔を見る限り本気で勃起不全の意味を知らないようだ。
「とにかく、君の周りで起こった数々の怪奇現象はすべて『現実が歪む』事で発生していると考えられる」
「はあ」
いまいちピンと来てなさげな歩夢を見ると、村山は深くため息を着きながら説明を続ける。
「私たちが暮らしている『現実』はたくさんのルールによって縛られている。物理学や化学式、その他もろもろだ。君がいたところでは魔法がどうだったかはわからないが、少なくともこの世界にはそれにもれっきとしたルールが存在する。例を挙げるなら、魔力保存の法則は質量保存の法則をそっくりそのまま魔力に置き換えたものだ。詠唱した魔法に使われた魔力エネルギーと、出力された魔法の威力や変換過程でロスされた魔力分などを合わせた熱量は常に等しくなる」
「なんか魔法っていうと……『低級魔法なのにこの威力だと!』みたいな小説を思い出すな」
「そうか……そっちだとそういう物だったんだな」
村山は少し寂し気な表情を浮かべながらコーヒーを啜った。
「君のその力はそんな事細かに設定されたルールを、すべて便所に流すことができるものだ。やろうと思えば永久機関だって作れるだろうし、時間も空間も何もかもを超越することができる。まさに『チート』だな」
そういうと、村山はコーヒーカップを机に置いてこう付け加えた。
「……まあ、制御できればの話だが」
「なるほどなるほど」
クルは腕を組みながら話を聞いていたが、歩夢の眼は今までにないぐらい真剣だった。
「治せるのか?」
「……投薬治療、外科手術、魔法施術。どれも全て既存のルールに沿って解決されるものだ。それらをすべて上書きする以上、確実な治療法は未だに発見されていない」
「……そうか」
歩夢の顔が暗くなる。程なくして、彼は立ち上がった。
「まって」
クルは、歩夢の袖を引っ張って引き留めた。
「どこに行くんですか」
「この街から出る」
「また森に戻るんですか……?」
歩夢は振り返る。その目には、殺気とも取れるような覇気がこもっていた。それに気圧され、彼女はその袖を離す。
「はいすとーっぷ」
扉を出ようとした彼の頭を、今度はバカみたいに巨大なマジックハンドが掴み取った。
「出てどうするつもりなのさ、行く当ては?」
「無くともやっていける」
「無いよりあった方がいいでしょ」
「じゃあなんだ!」
彼はそのふざけたマジックハンドを振り払って村山を問い詰める。
「誰がこんな気持ち悪い奴を迎え入れるっていうんだ!」
彼の声が、診療室に響く。激昂する彼の眼は俄かに赤みを帯びており、頬には一本の筋が通り、それは蛍光灯に照らされ光っていた。
「えと、その……」
クルが申し訳なさそうに手を挙げる。
「私の家じゃだめでしょうか……?」
歩夢がそれを聞くと、呆れたような顔をしながら再び椅子へと座りこんだ。
「君まで迫害されかねないんだぞ?」
涙をぬぐい、彼はそうクルに問いかけた。
「あー、悪いがその判断は市長が決めたものなんだ」
「なんだって?」
村山の一言に、彼は耳を疑った。
* * *
「『だから詳しくは市長に聞くといい』、か」
歩夢とクルと踊る小さいおっさんは、並んで市長の元に続く道を歩いていた。
「えっと、市長さんは悪い方ではないんですよ? 私だってそれが良いと思いましたし……」
「そもそも女の子の家に得体のしれない男一人を上げようとする時点でどうかしているだろ」
「んーと、私はどちらかというと女の子ってより……」
「それに!」
彼はクルの言葉を遮ると、こう続けた。
「俺の能力の所為で君にまで迷惑がかかるのは嫌なんだ」
その言葉に、クルは恥ずかし気に俯きながら、指でほっぺを掻いた。その頬はわずかながら赤みがかっていた。
「……多分、そういうところが信頼されたんだと思いますよ」
そう呟くと黙って彼女は、歩夢と並んで役所へと向かった。
役所に着くと、まず目に飛び込んできたのはスーツ姿の男性だった。彼は一足先に歩夢に気づくと、すばやく駆け寄って――
「お世話になりました!」
と、そう叫びながら地に伏せて、頭を下げた。その土下座はまさに恥も何もかもをかなぐり捨てたものであり、「一生に一度」とはこの時の為にあるのだろうと思えるほどきれいな物だった。困惑する歩夢とクルをよそに、彼は語り続ける。
「先日、貴方が私のオヤジ、もとい咲蹴組5代目組長をねじ伏せてくださり、貴方の友人であるオシリデス♪さんによってスジモンからカタギに戻る機会を得ることができました……」
彼は地面に伏せたまま、彼への謝辞を述べ続けた。最初こそドン引きして何もせずにそのまま通り過ぎようか悩んだ歩夢だが、そのあまりの収集つかなさに辟易した。
「えっと、その、友達には良く伝えておくから……頭を上げてもらえると……」
と、歩夢は思わず彼に伝えた。すると、彼は一切の無駄がない動きで立ち上がり、歩夢にこう伝えた。
「失礼しました、私は蟹場 踊(かにば おどる)と申します。市長の補佐役として、つい数日前に就任させていただきました」
「蟹場……?」
クルが首を傾げる。どこかで聞いたことあるような名前だが、どこか思い出せずにいた。
「あぁ、うん……じゃあ、その、市長室に案内してもらえる?」
「はいっ! そろそろいらっしゃる頃かと思って勝手ながら事前に予約を取らせていただきましたので、すぐにお通しできます」
「こわ……」
終始彼に圧倒されつつも、彼らは役所へと通された。
役所の廊下内、ろうそくとその上で燃え盛りながら踊る小さいおっさんの心許ない灯りしかない中に彼らはいた。この様子だと役所というよりかはダンジョンと形容する方がよほど正しいだろう。そんな薄暗い廊下を、蟹場はスラスラと進んでいた。
「……あっ」
ふとクルは何かを思い出すと、歩夢の後ろへと隠れた。
「どうしたんだ?」
「あの蟹場さん……私をさらった人です……」
それを聞くと、歩夢は一歩引いて身構えた。
「……私はあの夜、オヤジの命令で『狩り』をしてました」
蟹場は、そういいながら立ち止まった。
「幼いころに拾ってもらってからずっと、オヤジには良くしてもらいました。様々な事を教えてもらい、生きるための術をすべて叩き込まれました。ですがそんなものは全て無駄だったのです。私は今、『正しい主人』に仕えることができました」
そこは扉の前だった。薄暗い灯りの所為で見えなかったが、彼らは目的地へと着いていたのだ。
「……お前ッ!」
歩夢は直感的に自分がだまし討ちにあったのだと思った。だが歩夢が行動を起こす前に、その扉は無慈悲にも開かれたのであった。
部屋の奥でうごめく、不定形の何か。それはよく見ると部屋の半分ほどを占めていた。その不定形の何かはろうそくの光でてらてらと妖しく光る無数の触手を動かし、「何か」をしていた。、体は灰色だが、あらゆる光が玉虫色に反射され、奇妙で、不快であった。あらゆる行動が人間の理解を超えており、そして――
「あの、市長。お客さん来てますよ」
と、蟹場は蛍光灯のスイッチを付けた。部屋全体がパッと明るくなり、ついでに廊下の光もつく。
「えっ! モうそんな時間? やっバ早く片付けなけれバ――」
その時、その無数の触手の内一つが手に持った資料を落としかけた。それを別の触手のファインプレーで事なきを得たが、その触手がひっかけてしまった棚が倒れ落ちるとそれに続いてあの棚もその棚も上で踊っていた小さいおっさんと共に倒れていき……
「アぎゃーっ!」
怪物はひとりでに自滅した。
* * *
「いやァ、お騒がセして申し訳ない」
と、触手を灰色の人形に変えながら、「彼」は人の形を取り始めた。彼は色黒だが、その顔はアジア系とも北欧系とも取れるような顔であり、その堂々とした佇まいは容姿端麗と形容するにふさわしい完璧な代物だった。
「えっと……何が何だか」
歩夢は未だに理解が追い付いていない様子だが、その様子を見つめながら、市長はこう口を開いた。
「ホホぅ、君は相当面白い道を辿ってるね。辿りすぎて元が分からないぐらいだ」
「はい?」
「まあとりあえず座りタまえ」
「はあ」
クルと歩夢は部屋の真ん中ほどにあるソファへと座った。歩夢は少々混乱しているようだが、クルはこの状況に対して恐ろしいほど冷静に見えた。
「そうだナぁ、君は『久遠 竜』と『ホテプ・ナイアー』という名前ならどちらの方が馴染み深イ?」
「え、『久遠 竜』ですかね」
「なら私の事は『久遠』と呼んでクれたまえ」
久遠はそういうと、灰色の人形と一緒に散らかした資料を片付けている蟹場を見てこう言った。
「これは私の失態だ、君が背負う必要はナい」
「いえ、人手が多いほど早く片付きますし……」
「心遣イはありがたいが、せっかくの客人に美味しいオ茶を出せるのは君ぐらいしかいないだろウ。私が淹れるとどうもうまクできない」
「そういうことでしたら……」
と、蟹場は一旦市長室から離れていったところで、久遠は『貴方たち』に向けてこういった。
「ちなみに蟹場の急な心変わりに関しては第4話でじっくりと説明するから、安心してくれたまエ」
「……誰に話してるんだ?」
「第21398×10^213664次元ノ方たちだ。せっかく3話まで見てくれていルのに置いてけぼりというのも酷だろウ」
歩夢は雲のようにつかめない久遠の行動に、些か苛立ちを覚えつつあった。久遠は歩夢らとは向かい側のソファに座ると、そんな彼の様子を知ってか知らずか、こう問いかけた。
「ところで、君は先ほどの私の姿を見てどう思ったンだい?」
久遠の眼光は鋭く歩夢を捉えていた。まるで蛇が獲物を睨むときのようであり、まさに今の歩夢は蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。歩夢はどうにかして今の今まで平静を装っていたが、その実彼の内心ではある種の葛藤が起こっていた。それは彼が今まで経験してきた物からはじき出された、自己嫌悪にも近い感情である。彼を「怪物」と形容するのは楽であろうが、そ
「れは、君が受けてきたこれまでの迫害を半ば肯定することとなる」
「……」
歩夢は額に冷や汗を浮かべていた。彼が「地の文」を読んだということは、すなわち彼が歩夢の思考を読み取れるという証左に他ならない。
「あの」
その時、クルが会話に割り込んだ。
「ちょっと意地悪が過ぎますよ、市長さん」
その言葉で、久遠の顔が菩薩の様な柔和な表情へと戻った。
「いタズラが過ぎましたかね。でハ、こういいなおしましょうか」
「『私の様な怪物でさえ市長となっているのに、君が受け入れられない理由があるだろうか』」
「君はとても苦労人だ。ざっと視るだけでもここに来た人々らが味わっタ苦しみ、その128倍を超える苦しみを味わってイる事になる。追放されては新たな世界で嫌われ、追放されては新たな世界で嫌われを繰り返してキたのだろう。それは人間不信に陥るノには十分すぎる」
歩夢は顔を上げた。その顔には驚愕と困惑の表情が入り混じっていた。
「私は君が抱える感情や、その『出自』は読むことがデきる。だが、より詳細で、純粋な『君の気持ち』、これは言葉にしてもらわなけれバ分からない」
そういうと久遠は一息置いて、こう問いかけた。
「君には、『居場所』が必要かネ?」
それを聞くと、歩夢は震えだした。その震えは徐々に大きくなっていき、次第には抑えきれなくなり大声で笑いだしてしまった。彼は目頭を押さえていたが、手を伝って、頬を伝って零れる涙は隠しきれなかった。
「市長、あんたは人たらしってよく言われないか?」
と、歩夢は擦れた声で笑いながらそう言った。市長はゆっくりと立ち上がると、丁度お茶を持ってきた蟹場の盆の、踊る小さいおっさんの隣にあったティーカップを取りながらこう言った。
「言われてたラ、ここにはいませんよ」
彼の表情には悲哀が混じっていた。ティーカップから紅茶を啜ると、彼は舌を火傷しながらあちあチとつぶやいた。所謂猫舌というやつである。
* * *
歩夢とクルは役所を後にし、「帰路」へと着いていた。
「おかえり」
と、通りかかった村山医院の前で村山に呼び止められた。
「どうだった?」
彼女は建物に腕を組みながら寄りかかり、歩夢に問いかけた。まるで彼らが来る時を知っていたかのように。
「まあ、なるほどって思ったね」
「この世界は『ナキラ』って呼ばれているんだ。様々な世界から様々な理由で追放された人間がたどり着く世界。故に荒くれ者が多いが、中には種族や身体的特徴などの理由で、差別され迫害された者たちも存在する。そんな奴らの受け皿になっているがこの街なんだ」
そういうと、彼女は片手を歩夢に差し出した。
「ようこそ、リーダムへ」
歩夢は、その誘いを受けて片手を握り返した。その横で犬耳少女はいたずらな笑顔を浮かべながらこう語る。
「いやぁ、私も最初に市長を見たときは驚いたんですよ。二年前の私を見てるようでちょっと楽しかったです」
「おいこら」
にへへ~としてやったりな顔を浮かべるクル。村山は彼女たちの喧騒を見守りながら、夕焼けに染まりつつある空を眺めていた。
「クル」
ふと村山は会話に割って入ると、人差し指と中指をクロスさせてウィンクしながらこう言った。
「頑張って」
歩夢はピンと来てない様子だったが、クルの紅潮したほっぺたは夕日の色で上手くカモフラージュされていた。夕焼けは夜の帳の降り始めだが、彼らの物語の幕は開いたばかり。そんな彼らをオレンジ色の夕日と踊る小さいおっさんが安らかに見守ってくれていた。
「……んで」
「この小さいおっさんはなんなんだ?」
「え、村山さんも見えてたんですか? てっきり触れちゃいけない類なのかなぁって」
「俺はてっきり疲れ果ててついに幻覚でも見え始めてたのかと思ってたんだが……」
異世界に来たので早速チート使って装備から衣服を追放したらスライムにちんちん捥がれた;; ~バカ野郎の異世界転移 ゆうしゃアシスタント @yuusyaasisutanto
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