第二話 異世界に蔓延る深淵の「黒」、それとマグロ。
「……ふむ、見事な応急処置だ」
医者はクルが火傷した舌を見ながら、そうつぶやいた。
「誰にやってもらったんだ?」
「オシリデス♪さんに」
「は? なんて?」
あの強盗騒ぎから数時間後、彼女はかかりつけの医者へと足を運んでいた。
「あのカフェを直した生き物たちのお名前みたいです」
「あぁ、あいつか。確かにおしりみたいだったけども」
「オシリデス♪さんは私たちを救ってくれた人の命令に従って動いていたんですけど……その人はやる事為すことが全部めちゃくちゃで」
医者は近くに置いてあったコップからコーヒーを啜った。
「……あたしはここに来て長い事経つけど、そんな奴は初めてだ。一体何なんだ? そいつは」
クルはどうにかしてあの全裸男について一言で形容しようとした。
「えっと、バケモノです」
「そんな慈悲の無い言い方しちゃう?」
御覧の通り、その試みは失敗に終わった。
「とは言えそいつとは是非あって話を聞きたいな。あの一件の後、奴がどこに行ったか覚えてないか?」
「えっと、おしりのスポーツカーに乗って回転しながら地面に潜っていきました」
「おくすり増やしますね」
「そんなぁ~」
説明すればするほど正気を疑われるのは仕方がない事だろう。文字に起こしてしまうと一切現実味の無い事だが、実際に起きてしまったのだからそうとしか言いようがないのだ。
「冗談はさておき、だ。彼とあったらできるだけ早急にここを訪ねるように伝えてやってはくれないか?」
「いいですけど、いつ会えるか分かりませんよ? 混乱してたので匂いもそんなにはっきりと覚えてないですし……」
「『村山医院のお得意さん』がそれを言うんかい」
と、医者――彼女は「村山」と言うらしい――は呆れたように言う。診察所の奥から紙束を持ってくると、それをわざとらしくクルの目の前に置いた。その表紙には「お得意様のカルテ Vol.235」と書いてあるのが見えた。
「えへへ……いつもお世話になってます」
「お世話になりすぎ」
村山はボールペンでぺしっ、とクルの頭を小突いた。
「不幸体質にもほどがあるってもんよ? でもまあそいつは聞く限り悪人って訳じゃないと思うし、多分生きてればいつか出会えるでしょ。トラブルにも」
「出来ればトラブルには遭いたくないですね」
村山はカルテを整えながら、こう続けた。
「普通医学――」
村山は突然言葉に詰まり、目が泳いだが、程なくして言葉を続けた。
「……じゃなくて魔法医学が同じくらいの値段で受けられるのに、わざわざぜ~んぶ西洋医学に拘るのも嬢ちゃんくらいなもんよ」
「こっちの方がなじみ深いので……」
村山はふう、と大きくため息をつくとカルテを元あった場所へともどした。
「ともかく、ポビドンヨードを処方しておくからきちんと毎食後に使うこと。それからどうしても厳しいって時の為に頓服の痛み止め、イブプロフェンも出しておくからいざという時に使うこと」
「ありがとうございます」
「それから……とにかく、気を付けること」
村山はそう残すと、クルを部屋から追いやった。クルは彼女の不器用さを知ってか知らずか、そそくさと立ち去ると、窓口で処方された薬を受け取って再び街へと繰り出した。
異世界に来たので
早速チート使って
装備から衣服を追放したら
スライムにちんちん捥がれた;;
~バカ野郎の異世界転移
――第二話 異世界に蔓延る深淵の「黒」、それとマグロ。
それから数日経った。街ではすっかりオシリデス♪の話題で持ち切り――……かというとそんなことは無く、皆が皆無事に日常へと戻っていた。強盗はリーダム内部の牢獄へと捕らえられ、カフェはオシリデス♪によって修復され、もはやあの出来事が無かった事にされているのではないかとも思えるほど、和やかな日常が続いていた。
「……奇妙だな」
と、夕方の路地裏で手を握ったり開いたり、まるで自分の存在を確認するかのように彼はぽつりと呟く。今回はちゃんと服を着ているが、彼こそが件の「全裸男」である。ラフな服装に人口革のジャケットを羽織っており、水色の頭髪はまるでスライムが鳥肌を立てた時の如く外側に跳ねていた。彼は一通り街の風景を眺めると、小首を傾げて頭を掻きながら街の外側にある森へと消えていった。
その時、彼女は丁度彼が隠れていた路地裏の近くへといた。鼻をひくつかせると、その路地裏へと足を運んだ。路地裏とはいえ、とても清潔で悪臭もしない。それが功を奏してか、彼女の鼻は的確に「とある匂い」を嗅ぎ分けたのだ。最もそれは彼の匂いではない。前述のとおり彼女は彼の匂いを覚えてはいない。
「くんかくんか」
彼女は匂いを辿りながら、彼が辿った道を正確になぞり始めた。
それから30分ほどたった後だろうか、彼女は何か別の匂いをかぎ分けた。鉄が混じったような、生臭い匂い。彼女はここで自分の過ちに気づく。リーダム内部は比較的安全だが、リーダムの外は言わば「無法地帯」である。木々のさざめきに紛れて、次に匂ってきたのは、肉が腐ったかのような匂い。周りは夕暮れを迎えつつあり、徐々に薄暗くなっていた。彼女は額に冷や汗を浮かべていた。何が彼女をここまで駆り立てていたのか、自分でもわからなかった。ある種の老婆心であろうか、いや、自己満足であろうか。あるいはかつての自分と「バカ野郎」――全裸男の事である――が置かれた状況を重ね合わせていたのかもしれない。
彼女が最後に嗅いだのは、「悪事を働こうと感情が昂った人間の、脂ぎった汗の匂い」だった。
* * *
「ぎゃん!」
鈍い殴打音、そして甲高く短い悲鳴。それは先行していた「彼」にもはっきりと聞こえた。思わず振り返り、自分が来た道を転がるように辿った。一歩遅かったか、その場にはまだ生暖かい血と何かが引きずられた跡が残っていた。彼はゆっくりとその血だまりに指を重ねた。じっとりと、べたつく感覚が指に残る。彼は震えていた。それが何に、どの感情に由来するかは言わなくとも分かるだろう。それと同時に、彼の居た地面に大きな隆起が二つ現れる。徐々に形を表していく「それ」が完璧な姿を作り上げると、彼は我に返り現在の状況を把握する。
「……またかよ」
そうつぶやくと、彼の姿はその場から忽然と消え失せた。
* * *
リーダムの外側に存在する廃城。時としてこのような廃墟は悪人共の拠点として使われることがあるが、この廃城も例外ではない。
「……うがッ!」
そんな廃城の地下牢獄で彼女は大きく咳き込み、目を覚ました。喉の奥に絡まっていた血液が外へと吐き出される。彼女は先ほど強く殴打された後頭部を抑えながら虚ろな目を外に向けると、彼女の監視役であろう半裸の男と目が合った。
「よぉ、商品ちゃん」
彼は筋骨隆々で、上半身には竜の彫り物がしてあった。誰がどう見たって「カタギ」ではないだろう。クルは、彼が自分を「商品」と呼んだ事に強く疑問を抱いたが、状況はそれどころでは無かった。
「俺はここに来たばかりでよ、この場所のルールなんか知ったこっちゃねえ。だが俺は不器用でな、これしか金を稼ぐ方法を知らねぇんだ」
そういうと、背後からドスを取り出し、笑みを浮かべる。その金の前歯を手に入れる為に、何人の無辜な人間が犠牲になったのだろうか。そのドスを彼女に向けると、こう言い放った。
「一回騒げば耳を削ぐ。二回目は鼻を削ぎ目を抉る。三回やったら命は無いと思え。『仏の顔も三度まで』って言うだろ?」
仏とは程遠い脅し文句に、彼女は地に伏せつつも恐怖せざるを得なかった。彼が言うには、彼女を何処か「同業者」に売り飛ばすつもりらしい。言わずもがな、顧客も彼と同等かそれ以上にクソを煮詰めたような人物だろう。毒々しい見るものすべてを蔑む瞳、人を殺すことでさえ躊躇わない冷血な男。クルが彼に抱いた第一印象は、おおむね正しい物だった。
「オヤジ、鉄砲玉の名前が付いた奇妙な手紙が届きました」
部下の声だろうか、彼はそれを聞くと牢屋から離れた。クルはゆっくりと起き上がって、状況の把握に努めた。ここは牢獄であり、それ以上でもそれ以下でもない。棄てられた城ではあるが、鍵はしっかりとかけられており押しても引いても崩れることは無さそうだった。覚束ない手つきで、ポケットにしまってあったイブプロフェンを取り出した。彼女はそれを噛み砕いて飲み込むと、痛みがいささか楽になった。逆に何故今まで気を失わずにいられたのかが不思議な程だ。
何とか這いずりまわって壁に体を預けると、彼女は身震いした。痛みが紛れると、この状況を否が応でも再認識せざるを得ないのだ。周囲を見ると、別の牢屋にはどうやら彼らの犠牲になった人々の骸がいくつも積み重ねられていた。悪意を煮詰めて固めたような人物の管理下に自分は存在する。考えるだけでもなんと恐ろしい事か。彼女は体から血の気が引いていくのを感じた。
* * *
先ほど「オヤジ」と呼ばれていた人物は、部下から手紙をふんだくると、がさつに広げた。だが、そこに書いてあったのは五芒星の様な印だけであり、人が読めそうな文字は一切書いていなかった。彼が悪態をつくよりも早く「それ」が起動すると、彼の目の前には立体的な胸像がまるでホログラムのように顕現したのだ。
「……ほう、面白れぇな」
組長は金歯を光らせながらそう呟いた。その胸像は色黒の人間のように見えた。胸像からでもあふれる気品はそのスーツとネクタイから滲み出ているものだろうか。
「こんニちは、「組長」さン」
いささか違和感を覚える片言な言葉でその胸像は彼へと語りかけた。
「人違いじゃねえのか?」
「活動拠点日本、指定暴力団咲蹴組の5代目組長さん。あナたの事でスよ」
組長は顔色一つ変えなかったが、内心は穏やかでは無かった。なぜなら彼はここにきてまだ間もない。故に自分の正体を知る物はごく限られているはずだが、胸像は組長の正体を何一つ間違えることなく読み上げたのだ。
「知ってるなら最初からそう言えよダボ」
「言ったじゃなイですか。私は『リーダム』の代表を務めさせていただいている、久遠(クドウ)と申シます」
「ウチに何の用だ?」
「ええ、貴方が送り込んだ強盗さンについてお話を伺いたくて」
「ハァ? 何のことやら」
「貴方が送り込んだ『鉄砲玉』の強盗さんデすよ。いえ、鉄砲玉というよりは偵察を兼ねたこちらでの活動資金の調達でしたね」
「知らねぇなぁ」
「彼からすべてを知りました、貴方の隠れているバショも、貴方が持ちうる現在の組の規模も、すべて。よほど困窮されているようでスね」
組長は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。どうやら奴がうたった――ヤクザ用語で警察への自白の事である――のだろうと考えたのだ。
「いエ、結構強情だったので『読ませて』いただきマし――」
「そのおしゃべりな口は閉じた方がいいなァ」
と、組長は手紙を持って立ち上がると、クルを捕えている牢屋の前にその胸像を置いた。血塗れのクルと、久遠の目が合う。
「言いてぇ事はわかるよな? それ以上詮索するならばこいつの命は無い」
「アラアラ、面白いことをおっしゃいますね。そうなると次のセリフは大方『背後には気を付けた方がいい』でしょうか」
「良くわかってんじゃねえか」
「そうですね、『お互いに』背後には気を付けるべきでショうね」
「極道を脅そうってのか」
「いえ、本当にお気をつけください。私にも最早何が起こるかはわからないので。そうですネ、例えば――」
――あなたの背中の彫り物が具現化するかもしれません。
「はぁ? イカれてんのか――」
その時だった。ベリ、ベリベリと音を立てて組長の背中に彫られた虎が皮と共に剥がれたのは。
「が、ぁああああ!」
組長は激痛に耐えかね、転がるようにその場を離れた。それと同時に胸像を形作っていた五芒星は血に汚れ、機能しなくなった。
「クソが……あの野郎狂ってんのか!」
剥がれた皮が徐々に膨らみ始め、まるで本物の虎のように振る舞い始めた。組長は階段を急いで駆け上がる。汗だくで背中から血を垂れ流す組長をみて、二人の組員も只事でない事態が起きた事を把握した。
「大村! 俺が戻ってくるまで奴の相手をせぇ! 蟹場ははよワシについてこんか!」
組長を追うように、地下から虎が現れる。大村が拳銃を引き抜く。虎を見た蟹場は思わずこうこぼした。
「オヤジ、アレは一体……」
「ワシが知るかボケェ!」
組長は蟹場の頭を殴り黙らせると、彼は組員たちが控える食堂へと一直線に駆けて行った。
* * *
廊下を駆けながら、蟹場は口を開く。
「やけに静かですね……」
「黙らんかい! 元はと言えばお前があんなクソッタレた手紙なんか渡してくるからこうなったんだろがい!」
蟹場の脇腹に組長のこぶしが突き刺さる。蟹場は嗚咽を漏らし、一瞬速度を落とすも、どうにかして組長と歩幅を合わせた。そして組長は食堂の前へと着くと勢いよく扉を開けてこう叫んだ。
「カチコミじゃあ! おんどりゃレンコン用意せぇ!」――レンコンとは、ヤクザ用語でリボルバー拳銃の事である――
「え!?!?!?!??!?!?!?!ダイコンしかないんですが!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?」――ダイコンとは、アブラナ科の植物である――
彼らの目の前には、ケツに大根を埋め込まれた組員たちと、全身黒タイツを来た「バカ野郎」が居た。
「呼んでも来ぬよ。なかなか入れてくれぬのでこの部屋の者全員にちょっと眠ってもらった。みねうち故、全員怪我はないでござるよ」
「いや肛門裂傷させてんやろがァ!」
「え!?!!?あなたもこのようになりたいのでしゅか!!?!??!?!」
バカ野郎は何処からともなく大根を取り出すと、両手に持ちドタドタと大きな音を立てながら二人へと近づき始めた。組長は急いで扉を閉めると蟹場にこう指示した。
「チャカからマメ抜いて取っ手に挟めェ!」――順に拳銃と弾丸の事である――
蟹場は言われるがまま両開きの扉に拳銃をかけると、抜き取ったマガジンを組長へと渡した。すると組長は手元の拳銃をすべて扉へと撃ち込むと、空になったマガジンを投げ捨て受け取ったマガジンを装填した。だが、程なくして扉は強くたたかれ、軋み始めた。ついでに弾痕からみずみずしい大根おろしが噴き出してくる。
「ぶ、武器庫行くぞ、ついてこんかい!」
組長は蟹場をどつくと、彼らは二階の武器庫へ向かった。螺旋階段を駆け上がり、武器庫へ続く廊下で事件は起こった。
「ぐあっ!」
蟹場が転んだのだ。いや、正確に言えば「尻に呑まれた」と言った方がいいだろう。廊下から肌色の物体が二つ隆起しており、蟹場の右足をつかんでいたのだ。
「オ……オヤジ! 俺に構わず先に行ってください!」
組長は振り返ると蟹場の元へと駆け寄った。
「この役立たずがァ!」
組長は蟹場の頭を踏みつけた。骨がきしむ音と共に、蟹場の悲痛な叫び声が廊下に響く。
「拾ってやった時からずっとワシの足を引っ張りおって、このクソが! はよ死に晒せや!」
組長は蟹場の声が聞こえなくなるまで彼の頭部を踏みつけると、一人で武器庫へと向かった。
* * *
↑これ、ケツの穴らしいです……。
もともと書庫として用いられていたであろう部屋は、本棚を活用したガンラックへと変化を遂げていた。行き場のなくなった本は全て乱雑に床に散らばっており、踏みつけられた跡が無数に存在した。机の上には弾薬が積まれていたが、マガジンの数に比べていささか弾薬の量が少ないように見えた。よく見るとマガジン自体もへこみや傷が多く、もはや正常に動作するのかさえ怪しいようにも思えた。組長はガンラックの中から、とある銃を取り出した。マガジンを引き抜き、弾丸が目いっぱい入っていることを確認すると、その銃を扉の方へと構えた。
埃っぽい空気と共に流れる時間、それは組長にとっては最も長い10秒だっただろう。数々の修羅場を乗り越えたとはいえ、それらは全て常人の範疇での出来事である。あんな得体のしれない、全身タイツの、さらに大根をケツに詰めるような、しかも尻で足を取るような、そんな人間には出会ったこともなければ戦ったこともない。出来れば戦わずに済むのが一番いいのだが。
廊下からは何の気配も感じない。足音もしなければ、大根の匂いもしない。だが、代わりにどこか懐かしく、悲しげな香りが漂ってきた。彼はその香りの元を辿るように背後を向いた。
「らっしゃい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!今日もいいネタ仕入れてるよ!!!!!!!!!!!!」
さざ波の音、澄み渡った空、香るは潮風、目の前に立つは両手を広げしバカ野郎。こんな最悪な光景があろうか。組長が居た場所は、書庫とは似ても似つかないどこかの港だった。常人ならここで3回ほど漏らしているところだろうが、やはり数々の極道を従えた組長は胆力が違った。
「死に晒せぇバケモンがァ!」
組長は彼を見るなり、冷静にかつ冷徹に銃のトリガーを引いた。轟音と共に数々の散弾が連射される。AA-24、それは"Automatic Annihilation - 24/7"の略称であり、その名の通り引き金を引くだけで目の前の敵がハチの巣となるフルオートショットガンである。12ゲージのショットガンシェルが24発入るドラムマガジンを装填でき、近距離における殲滅力は類を見ない。
「きゃ~~~っ!!!!!組長さんのえっち!!!!!!!!!」
まあどちらにせよこいつの場合はタイツの上半身だけが綺麗さっぱり消えて江頭スタイルになるだけなので、そういう銃のうんちくは特に気にしなくていいです。
だが組長はそうもいかない様だ。最も、組同士の抗争では明らかに過剰戦力であり、奥の手として用意していた逸品である。それが一切効かないというのは正に打つ手なしと形容する他ない。奥歯に挟まったものを引っ張り出すようにひねり出した悪態を全裸男に投げつける。
「シャブでもやってんのかァ!」
|.╷ ╷||. ╷|.|╷. .╷|
「ジャブならやってます♪♪」
「は?」
一瞬の困惑さえも許さない、亜音速の左正拳。瞬間移動したかのように彼は間合いを詰めると、その拳を深々と組長の顔面に突き刺す。それは筋骨隆々とした組長をいとも容易く吹っ飛ばしてしまった。二転、三転してようやく彼は止まる事を許された。
「自分の事しか考えないうんちくんに見せる死体はありません♪タダで死ねると思うなよ」
貼りついたような笑顔と共に、バカ野郎はそう言い放った。その笑顔の裏で相当の憎悪が渦巻き、殺気となって彼から漏れ出しているのだ。
「このっ……ダボがァ!」
組長は、息も絶え絶えになりながら、起き上がってAA-24を構えた。歯は先ほどの衝撃でボロボロとなっており、唯一残った金の前歯だけが虚しく口の中で光っている。
「……もうやめた方がいい。」
バカ野郎は諭すようにそう言った。
「黙れぃ! ガキ一匹に組総崩れなぞさせられてたまるかァ!」
「AA-24後期型の有効射程は、短めの銃身からして精々10M程度。スラッグ弾ならまだしも、ドラムマガジンに残った数発の散弾じゃ致命傷には至らない」
そういうと、彼は組長に背中を向けてこう続けた。
「それに、俺のマグロなら――
――射程は無限だ。」
彼は腰を曲げると、臀部付近から光の柱が二つ飛び出した。その光柱が一つに収束したかと思うと、一瞬間をおいて、組長の顔面目掛けて本マグロが一匹射出された。
「ガァアアアッ!」
唯一残った金の前歯も、その本マグロの前では儚く散っていった。その新鮮さは目を見張るものであった。正に産地直送と言ったところか。最もこんな文章を見張ってるこちら側としてはSAN値直葬でしかないのだが。
「フッ」
彼はケツから漂う硝煙を、上半身をこんにゃくのようにねじって吹き消した。しばらくして、港が元の書庫へと戻るのを見届けると、彼は地下牢へと歩き出した。
* * *
しばらくして、廃城は久遠の命によって到着したリーダムの自警団が包囲し内部の捜索を行っていた。医療班として、村山も現場に駆け付けていた。ケツに大根が刺さった組員が次々と運び出されていく中、江頭2:50の様な格好をした不審者が、犬耳の少女を抱きかかえながら堂々と現れた。
「え、こわ……」
村山は近づいてくる不審者に一瞬たじろぐも、彼が抱えている少女が「お得意様」であることに気づくと急いで駆け寄った。
「どうやら痛み止めの副作用で血液が凝固しづらくなっているようです。おそらくイブプロフェンあたりでしょうか」
「え、こわ……」
江頭2:50の様な格好をした不審者が、淡々と症状の説明と施した応急処置の説明をした。傍から見ればホラーでしかないが、当人は至って真面目なようだ。最初こそ本能から少々距離を取っていた村山も、彼の卓越した知識に感服せざるを得なかった。
「では、私はこの辺で」
江頭2:50の様な格好をした不審者が立ち上がり、身支度をしている最中。彼女はようやくこの江頭2:50の様な格好をした不審者こそが、クルが語っていた「バカ野郎」だということに気づく。
「なあ」
「なんでしょうか?」
「お前、数日前にもこの子を助けてくれたろ。この子はうちのお得意様なんだ、礼を言わせてくれ」
「ぼくヘリコプターなんですけど・・・」
かつて江頭2:50の様な格好をした不審者だったものは、いつの間にかヘリコプターへと姿を変えていた。そのままメインローター、テールローターと順に始動させるとふわりと空へ浮き上がった。
「……そうだ」
彼は空へと浮き上がりながら、唖然とする村山へこう伝えた。
「今後彼女が自分を尋ねるようでしたら、「森の広場にいる」とお伝えください。座標をお教えした方がいいでしょうか」
「え、なんでそんな冷静に話せんのお前」
「いつもの事ですから」
その言葉を聞いて、彼女の中にあったとある疑念が確信へと変わった。
「……なるほどね。彼女にはそう伝えておこう。森で広場と呼べる場所は1つしかないし、そこなら安全な移動手段もある。気を揉まずに待ってやってくれ」
それを聞くと、バカ野郎は何処か安堵したような表情――ヘリコプターに表情は無いので、強いて言うならばメインローターの回転数が少し上がって駆動音が甲高くなった事くらいだろうか――を浮かべると、高度を増していった。
「それから!」
村山は遠くなりつつある彼に大声で語り掛け続ける。
「今度リーダムに来るときは! 「村山医院」を頼る事!」
それが届いたかどうかは定かではないが、やがてヘリコプターは豆粒ほどになると、盛大に爆発した。
「……いやぁ、聞いていた以上にめちゃくちゃな奴だな」
村山はそう零すと、ふと空を見上げた。いつの間にか夜は明け、朝日が昇りつつあった。その太陽が、彼女を非日常から現実へと戻してくれた。ふと傍らですぅすぅと寝息を立てて眠るクルの額に手を当てた。怪我による熱も引いたようだ。適切な処置が功を奏したのか、クルが太陽の光に再び世話になるまで、そんなに時間はかからなかった。
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