第八十九話

 とりあえずドアをノック。

「ひっ!?」

 生徒会長の背中がビクッと跳ね上がる。

「こんにちは。さっき放送で呼ばれた者です」

 咳払いした生徒会長は、背筋を伸ばしてからこちらを向いた。

「ようこそ白川さん。待っていました」

「いえ、どうも」

 軽く会釈。生徒会長は先ほどの放送と違ってかなり落ち着いた印象がある。

「と、言いたいところなんですけど……今日は予定が変わってしまったので、もう帰って結構ですよ」

(律儀に来てもらって悪いけど、会長がいつ戻ってくるかわからないし。そもそも会長のおかしなお遊びに付き合わせること自体が間違いよね)

「あの……それ、本気で言ってます?」

「え?」

 私が言うと、平然としていた生徒会長は顔を徐々に青くした。

「私、放送で大々的に名前を呼ばれて、わざわざここまで来たんです。それなのに、特に用が無いってことは、私を虚仮こけにするためにやった、というわけですよね?」

「そ、そういうわけでは……」

「残念ですけど、そう解釈せざるを得ません」

 私だけが下らない弄りの標的にされることは許容できるけど、他の生徒にも同じことを考えているのであれば看過できない。

 というのは建前で、他の生徒を出しに使って、時間を無駄にさせられたツケを払わせたい。不当な手を用いて誉れ高い上級生に因縁を付ける程度には、私は腹が立っている。

(これが噂に聞く白川さんの凄まじい重圧感……呼吸が、できない……)

「なんとか言ったらどうですか、紅林先輩」

「……紅林先輩? 私は書記補佐の都築です……」

「あれ? あなたが紅林先輩じゃないんですか?」

「ええ。私も同じ一年生ですよ」

「なぁんだ、緊張して損した。すみません、しっかりしてそうな方なので勘違いしちゃいました。マイクの前では人が変わる人的な」

「ふぅ……今回の集まりの発起人は会長なんです。さっきまでいたんですけど、どこかに行ってしまって、いつ戻ってくるかわからないんです」

 紅林先輩が主体なら、都築さんに怒りの矛先は向けるのは違うな。

「その会長さんが席を外しているのなら、待ってた方がいいんじゃないですか?」

「正直、意味のある集まりにはならないと思うので、その必要はないかと。他に呼ばれてた人たちも皆ほっぽり出しているんです」

 豪奢な机の上の鞄や防寒着を見た限り、都築さんは帰り支度をしていたことが窺える。

「どういう内容の集まりなのか聞いてました? もしかして、私を生徒会にスカウトする話だったり?」

「いや、そういうのじゃないみたいです……会長は白川さんと話がしたいそうです」

「面識無いのになぁ。何を話したいのやら」

 私が何の気なしに言うと、都築さんは驚いた顔をした。

「球技大会で会長と試合したじゃないですか。漫画みたいで凄かったですね」

「試合……そうだった、かも?」

 言われてみるとそうだった気がする。

 ということは、やば。お礼参りじゃん、これ。何を呑気に敵陣に踏み込んでいるんだ私は。

「ま、まあ、帰っていいのであれば帰らせていただきます。会長には、とても尊敬しています、と伝えてください」

 私はそう言い残し、足早に生徒会室を後にした。

(白川さん、途轍もない佇まいだったけど、どこか外見と中身の印象が乖離している感じ。あと、さっきの……私が生徒会長みたいに見えてた、ってことよね……立候補してみようかな生徒会長……!)


 百井はもう帰っているだろうし、私も帰る。何か食べて帰るか。

 二階の廊下には危惧していたほど人がいない。これなら突っ切れそう。

「あ、白川ちゃんじゃない」

 出来る限り気配を消して廊下を歩いていると、教室の中から私を呼ぶ声が。

「久しぶり。そういえば紅林に放送で呼ばれてたわね」

「これはこれは夏目先輩。どうもっす……」

 声の主は夏目先輩で、わざわざ教室から出てきた。いざ対面すると背が高いことも相まって威圧感がある。

「ちょうどよかった。君に渡したいものがあったんだけど、中々捕まらなくて渡せなかったのよね」

「手下になる権利とかでしょうか……?」

「そんなわけないでしょ。これよ」

 夏目先輩は制服の内ポケットから小汚い鍵を取り出した。

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