第八十八話

「戻りましたわ~」

「おかえりなさい会長!」

 放送室から生徒会室に戻ってきた紅林を、一年生で書記補佐の都築つづきが迎えた。

 本日の生徒会室は紅林が「高嶺の花四天王会議」のために私的利用しているので、手伝いとして駆り出された都築以外の生徒はいない。

 他の生徒と違い、小心者の都築は紅林の命令を断れずにいたが、少なからず尊敬している生徒会長の頼みなら、放課後を犠牲にして手伝うことに支障は無かった。

「どうだったかしら? 私の華麗な放送は」 

「は、はい。とても素晴らしいものでしたっ!」

 都築のお世辞を真に受けた紅林は明るい色合いの髪の毛をかき上げ、生徒会長専用の椅子に腰を下ろした。

「にしても集まりが悪いですわね……他の『高嶺の花四天王』はどうしたのかしら?」

「それが……会長がいない間に欠席の連絡がありまして。湊先輩はバドミントン部の練習を優先、笠島先輩はカードゲームの大会に行くとのことで……あ、お汁粉もらっちゃいました」

「なんてことなのっ! 歴史ある『高嶺の花四天王』の一員である自覚が足りませんわ! 夏目先輩が卒業なさるから後釜を選出しなければなりませんのに……」

 紅林は芝居がかった動きで頭を抱えた。その様子を見た都築の内心は複雑だった。

 都築は「高嶺の花四天王」については紅林が語る妄言紛いのふんわりした内容しか知らず、興味は欠片ほども無い。他の生徒も都築と同程度の理解度である。

 紅林曰く、かつて富櫓高校には「高嶺の花四天王」を率いる「真の高嶺の花」が存在し、溢れんばかりのカリスマ性で生徒たちから羨望を集めていた。

 しかし、その存在を決定づける何かしらの文献が残っているわけではなく、七不思議のように生徒間で語り継がれてきた存在に過ぎず、紅林のような生徒が率先して盛り上げることでようやく不明瞭な存在が認知される。

 そして、紅林は自分こそが「真の高嶺の花」であり、「高嶺の花四天王」を従える立場に相応しいと思っている。事実、文武両道、才色兼備で生徒会長とソフトボール部部長も兼ね、その存在感は普通の生徒とは一線を画す。

 尤も、そんな思い上がりは「白川明日香」がいなければの話。

 紅林は球技大会以降揺らぎつつある自分の立場を守るために、白川を「高嶺の花四天王」に押し込む工作を秘密裏に行った。けれども、「高嶺の花四天王」など所詮眉唾物であり、一部の変わった生徒にしか効果は無い。

 手詰まりの紅林が考えた策が「高嶺の花四天王会議」。夏目の後釜の選定は二の次で、白川を話術で丸め込むことが第一目標とされる。


「話は聞かせてもらいましたよ。紅林先輩」

 廊下の影から女子生徒が顔を見せる。

「あら、どなたかしら?」

「えっと……同じ一年生の檀さんです」

「白川が放送で呼ばれたんで覗きに来てみれば『高嶺の花四天王』? 面白い話してるじゃないですか」

(面白いかな……)

 檀は都築の冷めた眼差しを他所に、ずけずけと生徒会室に入り、質の良いソファーに腰を下ろした。

「私も一枚噛ませてください。何なら私を加えてもらって構いませんよ?」

「檀さん勝手に……会長も注意してくださいよ~……」

 進言する都築を静止し、紅林はこう言った。

「顔立ちはそこそこですわね。あなた、何か逸話をお持ちでして?」

「逸話?」

「例えば、そうですわね……白川ちゃんのようにサッカー部発足の芽を摘んだことがある、とか」

「何ですかそれ……?」

「人に語れる武勇伝なんか無いですよ」

 檀が言うと、紅林は呆れた様子で深い溜息を吐いた。

「話になりませんわね。この子、部活には入っているのかしら?」

「吹奏楽部に入っていたみたいですが、去年退部したそうで今は帰宅部ですね」

「なるほど……暇みたいですわね。あなた、ソフトボール部に入りなさい。歓迎しますわよ」

「えっ……私、ギターを買って軽音部に入る予定が……」

「あなたみたいな考えなしは、軽音部の悪~い男たちに手籠めにされて最悪退学することになります。それなら、ソフトボール部で心身ともに厳しく鍛え上げた方が世のためですわ」

 紅林はゆらりと立ち上がった。

 獲物を逃すまいとピリッとした空気感を醸し出す紅林。その姿を見た都築は、紅林の演説を思い出し、一人痺れていた。

「……やっぱりこの話は無しでっ! 失礼しました!」

 顔を青くした檀は逃げるように生徒会室から退出した。

「待ちなさい! 引き摺ってでも入部させますわ! まずは五厘刈りからですわ~!」

「ちょっと会長……」

 都築の声を聞かず二人はあっという間にどこかへ走り去り、遠くの方で檀のものと思われる悲鳴が聞こえた。


(ふぅ……まったく、遠いな)

 一階まで遠回りをしてようやく生徒会室に到着。

 生徒会室の場所は二階。三年生の教室が並ぶ廊下の最奥の一室。一年生の階から最短だと最寄りの階段から降りてそのまま廊下を突っ切る形になる。

 大至急とのお達しだからそうしたかったけど、三年生の縄張りを一年生の私が堂々と歩こうものなら、血に飢えた上級生たちに物陰へと連れ去られる。大義名分があるにしても、下級生としては一階まで降りて反対側の階段から向かうルートが最善と言える。

「白川さんが来たらなんて言えば……」

 開けっ放しのドアからは一人の女子生徒が部屋を片付けている様子が見えた。

 てっきり、複数の生徒会のメンバーから何か詰問されると思っていたけど、一対一サシなら、むしろ適当にいなして話を切り上げられそうだ。

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