第八十七話
「緊急事態よ!」
「とうとう来ちまったかぁ……!」
「今すぐ身を隠して白川さん!」
放送を聞いたクラスメイトたちは軽いパニックを起こしている。
「やれやれ。まさか、生徒会長が私に用とはね」
「あの紅林先輩と知り合いなの……?」
百井は心配そうな面持ちで言った。
「……生徒会長って紅林って人なんだ」
私が言うと、百井は椅子から転げ落ちそうになった。
阿鼻叫喚が続く教室の中で生徒会長に呼ばれる心当たりを探していると、微かに「しぃちゃ~ん」と私を呼ぶ声が聞こえた。
「ちょっとどいてね〜……あ、いたいた。しぃちゃん、放送聞いた?」
頭を抱えるクラスメイトたちの間を縫って神長がやってきた。どうやら私の名前が放送で呼ばれたからわざわざ駆け付けたらしい。
「うん。いやあ、びっくりしたなぁ。私と同姓同名の人がいるみたいなんだよ」
「『一年三組の』って言ってたでしょ。ねえ、百井さん?」
「あ、はい。というかボケてる場合じゃないよ……」
呼ばれる謂れが無いからまともに取り合う気は湧かない。上級生からの呼び出しとはそういうものだろう。
「そもそも紅林先輩って何者? 呼び出される心当たりがない」
私が言うと神長は何やら百井にこそこそと耳打ちした。
「百井さんはしぃちゃんの球技大会の話知ってる?」
「えっと……なんか白川さんがKO勝ちしたとか。テニスなのに」
「その相手、紅林先輩なんだよ」
「えーっ!? まさか生徒会長相手とは……」
「圧倒的なワンサイドゲームでズタボロに叩きのめした挙げ句、とどめでスマッシュを鳩尾にズドーンってね……」
「因縁ありありじゃないですかっ」
「ここで問題なのが、しぃちゃんって倒した相手の名前は覚えないタイプだから、このままじゃ無視しちゃうと思うの」
「生徒会長相手にそんなことしたら白川さんの今後の立場が危ぶまれるかも……」
「呼び出しの内容はお礼参りじゃないかもしれないし、とりあえず生徒会室に行くように誘導しよう」
「うん……」
こそこそ話を終えた二人は決意めいた表情となっていた。
「なんの話してたの?」
「内緒」
神長は口元に人差し指を添えながら言った。百井も教えてくれないらしい。
「紅林先輩だけど、他の立候補者に大差をつけて当選するくらいには人望がある人……みたい」
「人を引っ張る統率力はあるね。他の候補者が地味だったのもあるけど」
「言われてみるとそうだった気がする」
選挙活動期間中は何かと立て込んでいたし公約しか見ていなかったから、申し訳ないが個々の見た目や活動は頭に入っていない。
「あと、私と同じソフトボール部で部長もやってるよ。数少ない戦力なの」
「なるほど」
同じ部で関わりがある神長の評価を考慮すると、紅林先輩は中々の好人物だ。二人して紅林先輩の変な喋り方に言及しないあたり、馴染みのあるアイデンティティーなのだろう。
「そのような御方が、こんなしがない一般生徒に一体何の用が」
私が完璧な自己分析を披露すると、百井は苦笑いし、神長は鼻で笑った。
「もしかして、生徒会にスカウトとか?」
「それは漫画の読み過ぎだよ」
「うう……」
縮こまった百井を神長は「どんまいっ」と慰めた。
本調子ではない百井には悪いけど、正規の方法で立候補した現職の生徒会役員を愚弄する浅はかな行為は咎める必要がある。尤も、生徒会が機能しているのかどうかは疑問ではある。
「正直どうでもいいし、聞こえなかったことにしようかな」
私がバックレる覚悟を固める寸前に百井が口を開く。
「顔は見せた方がいいと思うけど……一応上級生だし」
百井が言い、神長がこう続けた。
「百井さんがこう言ってるんだしさ、行ってみたら? ね?」
「えー」
百井の意見に私の考えを変えるほどの説得力は無いと思う。面識の無い上級生など他人ですらない無の存在。
とは言え、世渡り上手な二人の意見なら参考にせざるを得ない。
ここで私がシカトしたら、連帯責任になってクラスメイトに飛び火するかもしれない。この学校の生徒会の内部事情も少し気になる。
「はあ。まあ、しょうがないか。丸く済んだほうがいいよね」
私が言うと、二人は目を見合わせた。何か結託していたようだな。
「んじゃ、何か面白いことが起きたら聞かせてね~」
神長はそう言い残し、教室を後にした。今日はバイトの日だったかな。
「……私も一緒に行こうか?」
百井はポツリと言った。
「こんな下らないことに付き合わせられないよ。今度お寿司でも食べに行こうね」
小さく頷いた百井より先んじて騒がしい教室を後にした。
私の厄介事に巻き込むより、自分のために時間を使った方が今の百井には有意義だろう。
(神長さんも白川さんについて詳しいなぁ……そういえば寿司って、回転寿司……だよね?)
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