第38話 も〜ん

 言葉も発せず固まっているとタヌキさんは真顔で問いかけてきた。


「触りましたね?」


 瞬き1つせず見つめてくるその目の気圧され言い訳も思いつかない。


「はい……」


「揉みましたね?」


「はい……」


 俺はただただ正直に答えるしか出来なかった。


「どうでしたか?」


「とても柔らかかったです」


「ふ〜ん、そうですかぁ〜」


 もう冷や汗しか出てこない。

 ゆっくりと起き上がって座ったタヌキさんは棒立ちする俺の足に抱きついて上目遣いでニコリと笑った。


「もうお嫁にいけないのでアキトきゅんが貰って下さいね」


「えぇええっ!? な、何言ってんですか!」


 唐突なプロポーズ。

 そりゃあ触りもしたし、ガッツリ見ちゃったけど、どうしてこうなるのかさっぱり分からない。


「8時に来いって言ったのはタヌキさんですよね!?」


 タヌキさんは一瞬ニヤッとして太ももに頬を擦り付けてくる。


「でも、裸を見ろとか触れって言ってないも〜ん!」


「『も〜ん』って言われても……というか、今一瞬ニヤッとしましたよね?」


「してないですよ〜」


 ハメられた。出会った時から彼氏が欲しいってずっと言っているタヌキさんの罠だ。

 この状況を打破するには話を変えないといけない。上手く切り替えられて、ついでにこの事も忘れてくれるといいんだけど……。


「あのー……タヌキさん?」


「なぁに? アキトきゅん」


「もう8時半を過ぎてますけど、お店の準備とかいいんですか?」


「8時半? お店の準備? はわわ! 罠にハメるのに夢中でお店の準備するの忘れてました!」


 自分で罠だとバラしちゃったよ、この人。

 慌てて支度をするタヌキさんはタンスからポイポイと服や下着を放り出していた。

 ただでさえお世辞にも綺麗と言えない部屋に服が散らばり、余計に散らかっているように見える。

 罠で裸体を晒すだけあって、俺の前で着替えるのは気にしていないようだ。ブラはしないのか……目のやり場に困るな……。


「準備出来ました! さぁ、作業場に行きましょ! 早く早く!」


「あ……はい……」


 放り出した下着や服が俺に引っ掛かっているのもお構い無しに作業場へ促す。タヌキさんはかなりズボラな性格みたいだ。

 そのズボラな感じのタヌキさんも作業場に着いたら雰囲気が変わる。

 お菓子を作る時は繊細で少しの違いも見逃さない。働く女の人ってこんなにも魅力的に見えるんだなと関心した。

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今日もガウガウ 六花 @rikka_mizuse

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