第37話 柔らかいし、温かい

 タヌキ屋へ到着したのは7時半を過ぎたころ。

 言われた通りに裏口へ行き渡された鍵を使って店内へ入る。

 店内は薄暗く何か作業をしているような音もしない。もしかしたら早く着きすぎたのかもしれない。


「おはようございます。タヌキさーん、どこですかー」


 返事がない。聞こえていないのかも。

 しかし、近所迷惑も考えて大声を出すわけにもいかず、俺は1つ1つ扉を開けてタヌキさんを探した。


「タヌキさーん、居ますかー?」


 裏口のドアから向かって右側にあった扉の先は作業場だった。

 長年ここで和菓子を作っているせいなのか、調理台や鍋の中に何も無いのに部屋中が甘い香りで満ちている。


「作業場か。へぇ〜、見た事ない調理器具が幾つもある。これ何に使うんだろ」


 物珍しさに少し見て回って次の部屋へ。

 裏口のドアから向かって左側、作業場の向かいにある扉の中へ。


「ここから先は住居スペースか」


 ドアを入ってすぐに1段高くなっている。履物が置いてあるからここが玄関なのだろう。

 靴を脱いで上がり短い廊下の両側にあるドアを手前から順に開けていく。


「ここは台所……こっちは風呂場……トイレ……居間……」


 最後の部屋は廊下の突き当たりの部屋。開けて確認した感じだと、この部屋はタヌキさんの私室だろう。

 粗相のないようにノックをして先に声を掛けよう。


「タヌキさーん! おはようございます!」


 何回か繰り返してみたけど反応が無い。

 廊下にあった掛け時計を見ると8時を回っていたから断りを入れて部屋へ入る。


「タヌキさん、入りますよ? ……うわっ! 暗っ!」


 開けたドアの辺りは薄らと明るいが、その先は真っ暗。

 入ってすぐのところに色々と物が散らかっているのを見るとタヌキさんは割とズボラな人みたいだ。

 暗くてよく見えないから照明のヒモを目指してゆっくり進んでいく。

 暗闇でも見えるように照明のヒモに発光系の小物を付けてくれていて助かった。


「……っ!?」


 ヒモまで後少しというところで何かに躓いて転んでしまう。


「痛ってぇ! 何だ? これ」


 躓いた割には当たった足は痛くない。もう1度転ばないようにそこにある物を手探りで確かめる。


「結構デカいな。妙に柔らかいし、温かい。何じゃこりゃ」


 よく分からなかったけど、大きさは確認出来たから今度は躓かないように立ち上がって照明のヒモを引く。


「これで明るくなった……タヌキさん!?」


 部屋を見渡し足元へ目を向けるとパンツ1枚というエッチな姿で寝転がっていたタヌキさんと目が合った。

 あっ……これ逮捕されるな、俺。

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