B第一二話 水の錆

「水の錆はここから北西に二タルターフ三.六キロ行った所にある。アレクサンドラ、位置情報を転送する」

「ああ、分かった」

 腕の装置で情報をやり取りする二人。どういう理屈かはわからないが、いちいち地図を見なくてもいいのは便利なことだ。

「よし。そうと決まったら行こうぜ」

「その前に装備を貰えないか? 武器を何も持っていないんだ」

 アレクサンドラが言うとクリストファーが頷く。

「そのようだな。しかしここはセーフハウスで最低限の装備しか無いぞ」

「伸縮ロッドと弩がほしい。あるか」

「それならある。用意させよう。ウルクス、君はなにか必要なものはあるか」

「いや、俺の方は大丈夫だ。だが水と食い物をもらえるか」

「いいだろう。それも用意させる」

 クリストファーが部下に指示すると、手早く動いて奥の倉庫らしき部屋に走っていった。

「良かったな。アレックスのことは心配だが、とりあえず手がかりは見つかった」

「そうだな。兄さんが無事であればいいが……」

 不安そうな顔を見せるアレクサンドラに、俺は言った。

「心配するな、お前の兄貴だろう。奴がそう簡単に死なないことはお前が一番わかっているだろう」

「ああ……ああ、そうだな。」

 三〇分程で用意は整い、俺もアレクサンドラも必要なものを受け取った。アレクサンドラの弩は新品ではないようで使い込まれた様子が見えたが、性能に変わりはないようだった。

「じゃあ俺たちは水の錆へ向かう。もしアレックスが戻ってきたら教えてくれ」

「必ず連絡する」

 クリストファーの返事を受け、俺とアレクサンドラは施設をあとにした。周囲は暗い森の中。頼れるのはアレクサンドラの鎧だけだ。

「南西はこっちだ。行こう」

 アレクサンドラが先に立ち、俺もその後をついていく。三〇分ほどで水の錆がある付近に近づいた。だが集落があるという方向には何の光もない。焚き火も発光機も使っていないようだ。もう寝てるのか。いや、そうじゃないだろう。きっと警戒しているのだ。

「アレクサンドラ」

「なんだ?」

「提案なんだが……ここから先は俺一人で行かせてほしい」

「何だと?! そんな危険な真似……何を考えている?」

「水の錆が襲撃を受けたのなら、きっとそこにいる連中は気が立っているだろう。そこに鎧を着たお前がやってきたら……火に油を注ぐようなものだ」

「しかし、色が違う。私達モーグ族は白い鎧を着ている」

「その理屈が通じると思うか? 鎧は鎧だ。誤解を受けて襲われる可能性がある」

「それは……そうかも知れないが」

 不安そうな声で、アレクサンドラが俺の方に顔を向ける。

「心配するな。これでもまあ、世渡り上手なんだ。うまく話をつけてくるさ」

「分かった。任せる。しかし危険になったら大声で叫べ」

「ああ、その時は頼むぜ」

 俺は背負っていたリュックを置いて集落、水の錆の方へ進んでいく。近づいても暗いせいで何も見えないが、かすかに焦げたような臭いがする。

 緊張しながら進んでいくと、やがて闇の中に建物が見えてきた。と言っても木の家じゃない。三角錐のテントのような建物だ。木の枝や葉で作られたものらしい。そのまま脇を進んで集落の中に入っていく。すると焦げた臭いは強くなり、崩れた建物も見え始めた。襲撃を受けて燃やされたようだ。

「おい、誰かいるか!」

 数秒答えを待つ。しかし沈黙が返ってくるだけだ。呼びかけても誰かいる様子はない。みんな逃げてしまったのか。

 俺はしゃがみこみ、発光器で地面を照らす。踏み固められた土。それに足跡や靴の跡が残っている。それと、何かを引きずったような跡。倒れた人間を引きずった跡かとも思ったが、血の跡はないしどうも違うようだ。どうやら荷物を引きずっていった痕跡らしい。

「追ってみるか……」

 アレクサンドラを置いていくことになるが、少しこの痕跡を追いかけたい。俺は地面を照らしながら進んでいく。

 引きずった跡はかなり重いもののようだった。おそらく家財道具などを運んでいるのだろう。この集落は放棄されたということかもしれない。クリストファーたちがセーフハウスに逃げ込んだように、彼らも別の安全な場所に移動したようだ。

 そのまましばらく進んでいくと、やがて痕跡は途切れた。しかし周囲に荷物をおろしたような跡はない。どうも妙だった。

 俺は不審に思い、発光器で周囲を照らす。すると木の陰や藪の中に光るものが見えた。人の目だ。それは一瞬で隠れてしまったが、どうやら俺は取り囲まれているようだった。

「まずいな、これは……」

 逃げるわけにも行かず、俺は立ち尽くす。

「何者だ。ここは我らの土地。虫狩りの立ち入っていい場所ではない」

 闇の中から声が聞こえた。そしてキラリと光るものがいくつか見える。人の目。それと矢じりだ。少なくとも五人が俺を矢で狙っている。

「俺はタバーヌの虫狩り、ウルクスだ。訳あってモーグ族の戦士を探している。デスモーグ族に捕まっているんだ。そいつを助けるために力を借りたい」

 デスモーグ族という言葉のせいか、空気が少しざわつく。しばらく間をおいて、答えがあった。

「去れ。よそ者がこの土地に立ち入ることは許されない」

 取り付く島もないと言った感じだが、ここで引く訳にはいかない。

「デスモーグ族はオレたちにとっても敵だ。こっちにはモーグ族の戦士がいる。奴らがこの森を侵攻してあんたらの土地を侵していることは知っている。奴らを排除するためにも、あんたらには助けが必要なはずだ。俺たちなら力になれる」

「デスモーグ族は我らが倒す。お前が誰であれ、関係のないことだ」

「奴らは機械虫を連れていたはずだ。奴らは機械虫を自由に操る技術を手に入れたんだ。俺たちなら……それを止めることができる」

 はったりだが、半分は本当だ。俺が使っていたあのグローブなら、上書きオーバーライトの力で止められるはずだ。あとはこいつらが乗ってくれるかだ。

 今度の沈黙は長かった。矢は相変わらず俺を狙っているが、どうやら悩んでいるらしい。悩んでいるということは、少しは目があるということだ。

 そのまま待っていると、茂みががサリと動く。そして男がひとり出てきた。上半身は裸で入れ墨が模様のように彫られている。下は腰蓑で、裸足だった。手には短い槍を持っている。

「止められると言ったか、タバーヌの虫狩り」

 威圧的な雰囲気に呑まれないように、俺は一息ついてから答える。

「言ったぜ。あんたらは水の錆の住人か」

「聞いているのは俺だ。余計なことは喋るな」

そう言われ、俺は口をつぐむ。矢は相変わらず俺を狙っていた。

「デスモーグ族は何故我々を襲った」

「目的はわからん。単に……邪魔だっただけかもな。奴らは森の奥にある機械の施設を目指しているらしい。だとすると、どうあってもあんたらの土地を侵すことになる」

「機械の施設? それは何なのだ」

「さあな。何か大昔の……武器を探しているのかもしれない」

「鉄の沼か」

 アレックスが探していたという施設だ。こいつらも知っているらしい。というか、そもそもこいつらハレンディラ族の呼び方だったってことか。

「わからない。しかし俺の探している仲間はその鉄の沼を探していた。知らないか? アレックスという男だ」

「アレックス……」

 その名前に、目の前の男は反応した。槍の切っ先を俺に向け睨みつけてくる。

「奴はモーグ族……我らに接触してきた男だ。奴が襲撃の手引をしたのではないか」

「違う違う。それは誤解だ。アレックスは……モーグ族は施設を探していただけだ。襲撃はデスモーグ族の仕業で、モーグ族は関係ない。こいつらが敵対していることはあんたらだって知っているだろう?」

「モーグ族が戦いに我らを巻き込んだ……その可能性もある」

「それは違う。デスモーグ族が……勝手にやったことだ。俺たちは関係ない」

「信じられんな」

「そう言わず話だけでも聞いてくれないか。俺はアレックスを……友人を探しているだけだ」

 槍を持った男はしばらく俺を睨んでいたが、やがて槍をおろした。だが厳しい視線は変わらないままだ。

「去れ。我らの矢が弦から離れぬうちに」

「話だけでも――」

 食い下がる俺の足元に矢が打ち込まれた。これ以上粘っても、本当に撃たれそうだった。

「……分かった。俺たちは戻る。すまなかったな、勝手に土地に入って」

 男は何も言わない。俺は背後に殺気を受けながらその場を後にした。

 気落ちしながらアレクサンドラのもとに戻ると、アレクサンドラは弩を構えた姿勢で待っていた。

「話は聞こえていた。やはり……無理だったか」

「すまない。あれ以上話しても……本当に撃たれそうだったんでな。かなり気が立っているようだ。あるいは、元々そういう連中なのかもな。ずっとよそ者を排除して生きてきたんだろう」

「……待て」

 アレクサンドラが言い、手でこっちに来いと手招きする。何かと思いながら移動し、そして振り返るとそこには人が立っていた。ハレンディラ族の女のようだった。

「我々に戦う意志はない。今すぐここから離れる」

 アレクサンドラが言うと、女は首を振った。

「違います。私は話を聞きに来ました。どうか、力を貸してほしいのです」

「何だと?!」

 さっきの男とは逆のことを言っている。一体どういうことだ?



・予告

 ハレンディラ族の女から言われたのは意外なことだった。困惑するウルクスたちだったが、二人は事情を説明する。そして女からは反撃の用意について説明を受ける。


 次回「禁忌」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械虫の地平 登美川ステファニイ @ulbak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ