B第一一話 鉄の沼

「アレックスを助けたい気持ちはわかるが……やはり無理だ。我々も協力したいところだが、負傷者ばかりだ。あの戦力相手に正面から立ち向かうのは、はっきり言って自殺行為だ」

 クリストファーが念を押すように言う。確かに、それは分かる。相手がただの野盗や虫狩りなら、白い鎧があればなんとかなるだろう。しかし向こうも鎧を持っているし、数も上だ。どう考えても不利だ。勝てっこない。

「兄さんは……お前たちを助けるためにお取りになったんだろう? それを、何もせずに黙ってみている気か!」

 アレクサンドラの言葉に、クリストファーたちは沈痛な面持ちで俯くばかりだった。

「落ち着けよ、アレクサンドラ! それをここで言ってもしょうがないだろう」

「だが……!」

 言いたいことがあるようだったが、アレクサンドラは言葉を飲み込んで後ろを向いた。

「……協力してくれる仲間はいないのか? 虫狩りとか……アセットっていう奴がよ」

 俺が聞くと、クリストファーは少し考えてから答えた。

「いるにはいる。森で活動するのに、現地の事をよく知っている奴に協力してもらっているんだ。だがせいぜい十人もいない。それに……虫狩りだからな。兵士ではない。一緒に戦えといっても強力はしてくれないだろう」

「そうか……」

 正面から戦うのは無理。援軍も期待できない。となると後は……何がある? アレックスを助けるために何かできる事はないのか?

「奴らは森の奥に向かっているといってたな」

 俺が聞くと、クリストファーが頷いて答える。

「そうだ。しばらく動向を探っていたが、森の奥深くへと侵攻していた。そうだな、ハインツ?」

「はい。進行方向は森の中央の方向でした。それに物資も大量に運んでいました。ある程度長期に渡って行動するのが目的と考えられます。深部を目指していると考えて間違いないと思います」

「で、ハレンディラ族ってのが怒って戦っているのか?」

「斥候を出せていないから二日前の情報だが、そうだ。我々の知るハレンディラ族の集落の一つがちょうど奴らの進路にあったが、そこで戦いがあった」

「結果は?」

「最後まで見ていたわけではないが、ハレンディラ族の方が劣勢だった。無理もない。我々ですら敗れたのだからな」

「ハレンディラ族はもっといるのか? 何人ぐらいいる?」

「人口か? 森全体で言えば……数万人と考えられている。正確な数字は分からん。彼ら自身も把握はしていないだろう。この周辺という事であれば、あと三つほど集落がある。二百人ほどか」

「そうか。その中で戦える奴は何人くらいいるんだ?」

 俺の問いに、クリストファーが怪訝そうに聞き返す。

「戦士の数? 一体何を考えているんだ、君は? そんな事を聞いてどうする」

「ハレンディラ族にとって、今のデスモーグ族は敵……そうだな? なら、手を組めるんじゃないのか?」

「彼らとか? それは……」

 クリストファーがハインツの方を見る。ハインツは小さく頷き、喋り始めた。

「彼らとの接触は昔からの課題だった。私は折衝担当として活動していたのだが、芳しい成果は無かった。アレックスも同行して調査を繰り返していたが、結果は同じだ。今の所まともに話さえ聞いてもらえない」

「今までは……何を目的に接触していたんだ」

「森の、施設の調査の為だ。どうしても深部に入る必要があるが、そうなると必然的に彼らの領域を冒すことになる。だからその了解を得るために対話を続けていた」

「言ってみればこっちの都合だけってことか。だが、今は状況が変わっただろう?」

「状況……デスモーグ族の存在か」

「そうだ。今までのあんたたちは自分の都合でハレンディラ族の領域に入ろうとしていた。だが今は違う。デスモーグ族という共通の敵がいる。奴らを倒すとなれば、それは利害の一致することだ。それは交渉の材料にはならないか?」

「敵の敵は味方か……そう単純な話ではないと思うが……どうだ、ハインツ?」

「はい。試してみる価値はあるかも知れません」

「ふむ……」

 クリストファーは腕組みをして考え込み始めた。アレクサンドラの方を見ると、少しは落ち着いたのか神妙な顔をしていた。

「ハレンディラ族が味方になってくれれば……勝てるのか?」

 アレクサンドラが聞くと、クリストファーが答える。

「それは……どうだろうな。彼らの持つ武器は普通の虫狩りのものと同じようなものだ。人数がそろっても鎧相手では分が悪い」

「なら結局無理という事か。兄さんを助けるのは……」

「正面から戦うのはな。だがハレンディラ族から協力を取り付ける事が出来れば、少なくとも彼らから襲われることはなくなる。それだけでも行動はしやすくなる。地の利はこちらにある。ゲリラ的に戦うことは可能だろう」

「一つ、気になることが」

 ハインツが言った。そして視線が自分に集まったところで、言葉を続ける。

「我々はいくつかある彼らの集落を手分けして調査していました。その中でも、アレックスは単独で行動していました。そして戻った時にこういったのです。うまくいくかもしれないと」

「そう言えば報告書にあったな。彼はどこの集落にあたっていたんだ」

 クリストファーの問いにハインツが答える。

「水の錆と呼ばれる集落です。彼らは比較的温和な集団で、我々を見ても攻撃してくることはなかった。それもあってアレックスには底を担当してもらったのですが、何か収穫があったらしい」

「収穫って言うと、具体的には何なんだ?」

 俺が聞くと、ハインツは首を横に振って答える。

「その直後にデスモーグ族の襲撃が始まったんだ。細かい報告を聞く前に、彼は囮となって捕まってしまった」

「そうか……温和な集団ってことは、他には物騒な連中もいるってことか」

「そうだ。森の外の人間を歓迎しないのはどこも一緒だが、積極的に排除する奴らと、無視してかかわりをもたないだけの連中もいる。色々だ。一枚岩ではないのだ」

「そうか。だったら……なんとかその温和な連中、水の錆ってところの奴らに協力を取り付けることはできないのか? アレックスが言ってた、うまくいきそうだってのも気になるが」

「そうだな。ハレンディラ族と協力してデスモーグ族を排除するというのなら、その考えはあるかも知れん」

「……どういうことだ?」

 歯切れの悪い言葉に俺が聞き返すと、クリストファーは言いにくそうに答えた。

「……我々の現在の第一の目的は、このセーフハウスを死守し、これ以上の人的被害をなくすことだ。第二に、奪われた我々の施設を取り戻すこと。収集した禁忌技術をデスモーグ族に奪われる訳にはいかんからな。最悪の場合は施設を破壊しなければならない」

「……つまり、手は貸せないってことか」

「そうだ。我々を頼ってここまで来た君たちには申し訳ないが、私達にはまず生き残るという重大な目的がある。デスモーグ族を追い討伐するのは……二の次だ。せめて戦力が十分であれば別だが、現状では君の提案に乗ることは難しい」

「なるほどな……」

 はいそうですかと納得できる話ではないが、分からない話ではない。こいつらにもこいつらの任務があるのだ。モーグ族としての任務が。

「どうする、アレクサンドラ?」

「どうするって……決まっている! 兄さんを助けに行く!」

「勝算はないぜ。まずハレンディラ族の連中の所に行って、首尾よく協力を取り付けても、俺とお前だけじゃ結果は火を見るより明らかだ」

「分かっている! だが、だからと言って……このままみんなの仇も取らずに帰るわけにはいかない! いや、もう私には帰る場所さえないんだ!」

 叫びにも似た悲痛なアレクサンドラの言葉に、俺は返す言葉もなかった。そうだ、こいつは施設を破壊され、そして家族や仲間もどうなったのか分からないのだ。全てを奪われてしまった……どれほどの悲しみだろうか。旅の中でも弱音こそ吐かなかったが、何も言わないその横顔から感情を察することはできた。

「……いいさ。俺たち二人で何とかする」

「二人で?! 無茶だ」

「別に正面切ってぶつかるつもりはない。要は、アレックスさえ助ける事が出来ればいいんだ。俺達が何か仕掛ければ、あいつだって逃げる機会をうかがっているはずだ。きっとうまくやってくれる。アレックスならな。そうだろう、アレクサンドラ?」

「……ああ、きっと……兄さんならきっと」

 アレクサンドラは涙をこらえるように言った。俺は肩を叩き、その顔を見つめる。まったく……結局こういうことをやる羽目になるとは。貧乏くじばかりだぜ。

「俺達はまず水の錆に向かう。首尾よくいけばいったんここに戻って報告する。うまくいかなくても、いずれにしてもな。そのあとでアレックスを追う」

「ああ、分かった。止めはすまい。幸運を祈る」

 クリストファーがいい、俺は頷いて答える。

「あの……」

 ハインツが俺に声をかける。

「アレックスの事だが、関係ある事かどうかは分からないが……」

「何だ?」

「彼は水の錆の調査と並行して、ある遺跡を調べようとしていた。そこに行くためにハレンディラ族の協力が必要だったのだが……そこはデスモーグ族の進路上でもある」

「遺跡? 旧世界の施設か?」

「そうだ。ハレンディラ族は鉄の沼と呼んでいる。恐らく、機械工場がそこにある。アレックスが何を調べようとしていたのかは分からないが……何か鍵となるものがそこにあるのかもしれない」

「そうか。鉄の沼ね……分かったぜ。うまくいったら、そこも調べてみる。いいな、アレクサンドラ?」

「ああ、それで構わない」

 決意に満ちた表情でアレクサンドラが答える。

 話は決まった。まずはハレンディラ族の所にいく。まったく……うまくいけばいいのだが。



・予告

 ハレンディラ族の協力を得るために集落・水の錆を目指すウルクスたち。だが襲撃を受けた集落には誰もいなかった。周辺を探索していると、矢じりがウルクスに向けられる。


 次回「水の錆」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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