B第一〇話 折れた剣

 傷ついた戦士たちを前に、アレクサンドラが動揺を隠さずに聞いた。

「ここも襲撃されたのか……まさか、青い目の機械虫にか」

 クリストファー氏族の戦士が疲れ切った様子で答える。

「……そうだ。報告は受けていたが、感応制御装置を複製したというのは本当らしいな。まったく……ラカンドゥのお前たちが抑えきれていれば、こんな事にはならなかった」

「何だと?」

「あれは絶対に封じなければならない技術だった。まったく、とんだとばっちりだ」

 その言いように、気色ばんだ様子でアレクサンドラが語気を荒げる。

「我々にだけ責任を押し付ける気か?! 何を言う! あの戦いは――」

「おいおい、何を言い合ってる! そんな事をしている場合か!」

 俺が言うとアレクサンドラは気まずそうに顔を逸らした。クリストファー氏族の戦士たちは苦々しい顔つきで俺達を見ていたが、目を閉じて大きく息をついた。

「すまない。色々あって気が立っていたようだ……私はアデム。こいつはベントレー。とりあえず中に入ってくれ。もてなすほどの余裕もないが……」

 アデムがそう言い、背後の壁のドアを開き施設の奥に進んでいく。ベントレーもそれに続いていく。

「……おい、何を喧嘩腰になってるんだ」

 俺がたしなめると、アレクサンドラは苛ついた様子で答えた。

「すまない……私も気が立っていたようだ」

「そうらしいな。だが……これは予想外だったな。助けを求めに来たのに、ここもやられていたとは」

「よく考えればあり得ない事ではなかった。迂闊だった……しかし、情報は手に入るだろう」

「そうだな。ルーカスたちがどうなったかも分かるかもしれねえ……行こう」

「ああ」

 俺が先頭になり施設を進んでいく。ドアを開けると通路には電気が灯っていなかった。奥の方を見ると赤い光が灯っていて、そこに人影が見えた。

「ここが暗いのは、施設が壊れているってことか?」

「そういうことだろうな。非常電源で動いているようだ……思ったよりここの損傷は大きいのかもしれん」

 通路を抜けて赤い光の灯った部屋に出る。そこはそれなりの大きさの広間のようだった。壁を背に何人かのモーグ族が座っていて、俺達を見ているようだった。気になったのは臭いだった。血生臭い……今までモーグ族の施設では感じた事のない臭い。清潔で、何の臭いもない白い部屋。それが血で汚れているようだった。手ひどくやられた痕跡だと察しがついた。

「遠路はるばるようこそ……」

 近くのドアから別のモーグ族が顔を出した。壮年の男だった。額に傷があり、まいてある包帯に血が滲んでいるのが薄暗い中でも分かった。

「私がクリストファーだ。ラカンドゥからよく来たな。向こうも手ひどくやられたと聞いている」

「情報があるのか? 教えてくれ、私達の施設はどうなった?!」

 アレクサンドラが詰め寄るように聞いた。クリストファーは小さく頷き、静かな声で答えた。

「救援信号を受け取ったが、その最後の信号によれば基地機能は喪失したらしい。動力を破壊されたようだ。戦士たちがどうなったかははっきり分からないが……偵察によれば捕らえられたと聞いている。何人が、なのかまでは分からないが……」

「捕らえられた……生きているという事か」

「目的が何だったのか不明だからな。我々の施設も襲われて、籠城してしばらく戦っていたが、急に敵は退いていった。損傷がひどいから手近なセーフハウス、つまりここに逃げてきたのだが……知っていたら教えてくれ。今回の襲撃の目的は何なんだ? デスモーグ族は何を狙ったんだ?」

「それは……」

 アレクサンドラが俺の方を見る。狙われたのは俺の持っているグローブだ。奴らはそれを欲しがっていたらしい。

「確証はないが……古いグローブだ。我々の鎧よりも旧式のもので、グローブだけが保存されていたんだ。それにはどうやら旧世界の技術を使用するための高い権限が内蔵されているらしい」

「グローブ……? そうか、以前報告書でみたが、あれの事か……。今持ってきているのか?」

「ああ、ここにある」

 アレクサンドラが言うと、クリストファーが俺の方をちらりと見た。

「ところでそちらの彼は? アセットか」

 そう言えば俺が何者なのかをまだ言っていなかった。こいつらからすればどこの虫の殻ともつかない男だろう。

「アセット……ではない。しかし協力者だ」

「協力者……? 虫狩りだな、君は」

 クリストファーに聞かれ、俺は答える。

「ああ、ウルクスだ」

「ウルクス……?!」

 俺の名前を聞くとクリストファーは少し驚いた顔を見せた。

「君がそうなのか。報告書で名前だけは聞いていたが……なるほど、協力者ね」

 どうやら俺は、モーグ族の間では少し有名人らしい。

「関わる気はなかったが、どうやらそうも言ってられない状況らしいからな」

「腕の立つものは何人いても構わない。しかし……」

 クリストファーはちらりと背後を振り返って言った。

「わが氏族は敗れた。現在各地の仲間と連絡を取って反撃の準備をしているが……正直なところ、かなり厳しい状況だ」

「怪我人ばっかりってことか」

「そうだ。幸いにしてデスモーグ族の攻撃は止んだ。しかしいつ再開するかもわからない。こちらとしても戦力を整えたいところだが……立て直せる見込みが立っていない」

「……一つ聞きたいことがある」

 アレクサンドラが思いつめたような声で聞いた。

「兄さんは……アレックスはどこにいる? 知っているか」

「アレックスか……そうだな。ハインツ!」

 クリストファーが呼ぶと、しばらくして別の部屋から男がやってきた。

「何か?」

「アレックス氏族のアレクサンドラだ。アレックスの事について話してやってくれ」

「アレックス氏族……分かりました」

 ハインツと呼ばれた男はアレクサンドラに向き直り喋り始めた。

「アレックスは独自に遺跡の調査を行なっていた。ハレンディラ族と接触するために私達も三人が同行していたのだが、その最中に襲撃が始まった。我々は森の中でその状況に気付いたのだが……運悪くデスモーグ族に見つかってしまったんだ。逃げる最中にアレックスが囮になり、我々は何とか基地に逃げ帰ることが出来た……」

「囮になった?! 待ってくれ、兄さんはどうなったんだ?!」

「捕まったよ。その時点では殺されてはいなかった。その後の状況は不明だが、恐らく侵攻するデスモーグ族と一緒のはずだ」

「侵攻? 別の施設を襲いに行ったのか?」

 アレクサンドラの問いに、ハインツはクリストファーの方を見る。そしてクリストファーが答える。

「デスモーグ族の目的は不明と言ったが、現在の足取りは分かっている。どうやら森の深部へと進んでいるらしい」

「森の深部へ……? そこはハレンディラ族が支配している領域じゃないのか?」

「その通りだ。だからあちこちで小競り合いが起きているようだが、デスモーグ族は例の機械虫を使って強引に侵攻している。森の奥で何かをする気らしい。今までには見られなかった動きだ」

「……あんたたちはどうするんだ?」

 俺が聞くと、クリストファーは少し考えてから答えた。

「どう、とは? 再び攻撃してくるようなら迎え撃たなければならない。しかし、このまま森の深部へ向かうだけなら……注意は必要だが、放置するという考えもある」

「兄さんを助けなければ……!」

 アレクサンドラが意を決したように言った。気持ちはわかるが、しかし一体どうすればいいのか。

「敵の数は多い。鎧持ちも十人近くいるし、機械虫も数十体を従えていた。それに、感応制御装置があるのなら実質無尽蔵の兵を手にしているのと同じだ。それだけじゃない……未確認だが、武門も動いているらしい」

 クリストファーの言葉に、アレクサンドラが驚いたような声を上げた。

「武門……?!」

 俺は虫の鍋の戦いでアレクサンドラが倒された時のことを思い出す。でかい剣を持った戦士。奴は武門という組織の戦士だったはずだ。あんな奴らがデスモーグ族と一緒に攻めてきている訳か。

「追うのはかなり無茶らしいな。しかしアレックスを放ってはおけない……」

 俺の言葉に、アレクサンドラも頷く。クリストファーは渋い顔だ。何か手があればいいんだが……。



・予告

 アレックスを追うためにハレンディラ族に接触を試みるウルクスたち。アレックスが調べていたという遺跡に向かい一族の姿を探す。


 次回「鉄の沼」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る