町娘Aは主人公様に問い詰められる
「アスカ。あの人は、いったい誰なの?」
「……はーい」
やっべ。これ、どうしよう?
にっこりと笑うルカは、魔王様よりも魔王に見えた。わたしは、背中に冷や汗が流れるのを感じながら、渇いた笑みを浮かべた。
美人が怒ると怖いって言うけど、本当にそうだな、と思った。ルカは、文句なしに美形だし、笑顔で怒っている姿は、恐ろしい。
視界の端っこにいるオーナーの目に、
他者の感情を読むのも、上手くなったものだな。わたしは軽い現実逃避をしながら、ルカを見返す。
「色々と訊きたいことはあるんだけど、まずは、あの人が誰なのか、教えてくれるかな」
「はーい」
ああ、くそ。これだと「教えてくれる?」に対して、肯定しているようなものじゃないか! わたしの感情はガン無視か! ルカに魔王様の存在を教えるといっても、上手い伝え方も、伝えた後にどうするかも、全然わからないのに。
「……僕以外の人は、皆、誰かに操られてるみたいなのに」
寂しげな声が、カフェに響いた。わたしは、考える前に、エプロンのポケットからメモ帳とペンを取り出していた。
同時に、動き出した身体を恨めしく思いながら、ペンを走らせる。
『あの人も、特別だから。今度会えたら、また話しかけてみたら?』
感情のままに書いた言葉は、魔王を倒すように誘導するものではなかった。むしろ、魔王様とルカの仲を取り持つ感じになっている。
馬鹿みたいだな、と思った。
間違いなく、わたしは、道化だった。世界の
「……でも、あの人は、僕と会話する気がなかったよ」
『あの人、実は人見知りで照れ屋なので』
とんだ嘘である。魔王様にバレたら、怒られるかもしれない。
けれど、このままだと、ルカは魔王様と話そうとしないだろう。本来なら、それでも良い。
でも、もしかしたら、ルカと魔王様なら。魔王討伐エンド以外の道を、見つけられるかもしれない。わたしは、深く考えすぎて、
「アスカがそう言うなら……頑張ってみるけど」
不服そうな表情をしている。いつものルカより幼く見えて、思わず息を漏らして笑った。わたしの様子に気付いたルカが、頬を赤くして、さらに不満げにする。それがまた、可笑しかった。
「……ねえ。あの人は、頻繁にカフェに来てるの?」
「はーい」と返事をしながら、考える。
頻繁、と言えば、頻繁、なのだろうか。魔王様がカフェに来るのは。
毎日ではなくとも……うん、何日かおきに来ているね。わたしを一瞥して、カウンターでお酒だけ飲んで帰る日もあれば、わたしを足止めして、わたしとお喋りをしていく日もある。わたしと会話をする、しないの違いは、おそらく、魔王様の気分だろう。
「僕がいない間に、アスカは、あの人と会って楽しんでいたんだね」
「はーい」
ちょっと待て。返事をしないで、わたし! なんか、なんか……わたしがルカを弄んでいる悪女みたいじゃないか!
ルカの言い方も悪い。「あの人と会って楽しんでいたんだね」って、わたしが魔王様と浮気しているように聞こえるよ。浮気なんてしていないよ! そもそも、わたしは浮気とか疑われる立場でもないからね!
「うん。そうだね。僕、あの人と話してみるよ」
わたしがメモ帳に言葉を書く前に、ルカは一人で納得したように頷いた。わたしに向けられた笑顔には、まだ圧力を感じられて、わたしは苦笑いを返すしかなかった。
「ねえ、アスカ」
またルカに話しかけられて、わたしの足は止まった。今日何度目かの返事をして、ルカの目を見返す。今日のルカは、やけにわたしを引き留めたがっている。
「少し、悔しいんだ」
わたしは、ルカの言葉の続きを待った。
「アスカと一番仲が良いのは、僕だと思ってた。僕と一番仲が良いのも、アスカだと思ってる。でも、それは僕の独り善がりな気持ちで、アスカはそう思っていないかもしれない」
ルカは、わたしが返事をする時間を与えないままに、続ける。
「焦ったんだ。突然、あの人が現われたから。僕だけじゃないって、突きつけられた」
何だろう、この告白は。
わたしは黙ったまま(そもそも、「はーい」以外は口に出せないのだけれど)ルカの沈んだ声に、耳を傾ける。
「ごめんね。急にこんなことを言われても、戸惑うよね」
ルカの謝罪に、わたしは首を横に振った。
「アスカ」
また、ルカがわたしを呼んだ。
ルカに返事をした、その時。
不意に、ルカとの距離がなくなった。何か柔らかいものが、頬に触れ、離れる。
一瞬で、頭が真っ白になった。今、わたしは何をされたのだろう。
ぼんやりとして、頭が回らない。けれど、心臓だけが、うるさいくらいに存在を主張して、熱を伝えてくる。
ルカが身体に触れてきたのは、初めてな気がする。
「ごめん。『少し』って、嘘を吐いた。『すごく悔しい』って、訂正するね」
いつもより血色の良いルカの、はにかんだ顔。ルカは背を向けて、少し早足で、玄関へ歩いていく。
カラン。扉が開く。ルカはカフェを出る前に、わたしに顔を向けた。
「また来るから!」
取り残されたわたしは、行き場のない熱を、ただ感じていた。
わたしたちは主人公様のために生きている 椿 雪花 @ssquest
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