町娘Aは主人公様と魔王様に挟まれる
うん。いつか、こうなるとは思ってたよ。
カフェの入り口で、硬直しているルカに、わたしは苦笑した。ルカは、わたしに向けた笑顔のまま、身動きしない。器用だな、と密かに思った。じわじわと、ちょっと、面白さが……。
ルカが固まったのは、当然だろう。なぜなら、カウンターの前で、足を止めているわたしの隣に、魔王様がいるから。
ルカの名前を呼んであげたいけれど、相変わらず、声は出ない。魔王様は、ルカを
「ルカが固まってるのは、魔王様の所為なんですけど」と、心の中で、魔王様に告げる。魔王様は、ちらりとわたしを見た。興味のなさそうな表情をしている。魔王なんだから、主人公にくらい、興味を持とうよ。
「……おじさん、誰ですか? どうして、ここに」
我に返ったルカが、焦った表情で、つかつかと早足で歩み寄ってくる。いるはずのない魔王様の存在に、動揺しているようだった。
ていうか、ルカ、もう少し、慎重に行動しようよ! この世界で、自由に行動している人(魔王)だよ!? 絶対、めちゃくちゃ強いとか、ほら、何かあるでしょ! ……うう、語彙力が足りない。
悔しさに歯がみしていると、魔王様が息を漏らして笑った。あ、もしかして、聞こえていましたか、心の声が。すみませんね、うるさくて。
「お前こそ、誰だ」
魔王様は、短く
「アスカ、君……ずっとここに立っているの?」
「はーい」
あ。
ルカとわたしの顔は、同じ表情をしていることだろう。いつもは、わたしに話しかけないように(正しくは、そうは見えないように)注意していたルカが、明らかに、わたしに訊ねてしまった。
「ごめん、つい」
ルカは申し訳なさそうに、指で頬を掻いた。わたしから、顔を背けて。
わたしは苦笑を漏らし、次いで、魔王様を見た。魔王様が、わたしの動きを止めているはずだから、当然、声も出ないと思ったのだけれど。
魔王様の口元が、緩く弧を描く。その様子を見て、わたしは気付いた。あ、この人、わざとやったな……と。
人で遊ぶのは、やめてほしい。いつぞや、寂しげな気配を漂わせていた魔王様に比べたら、楽しそうで良いとは思うのですけれども。
「それで、おじさんは、どうしてここに? その、あなたの姿を見るのは、初めてなんですが」
そう訊ねるルカは、魔王様を警戒している。
「カフェに来る理由は、決まっていると思うが」
魔王様は、明確な答えを出さなかった。
通常のお客さんなら、もちろん、料理や飲み物を楽しみに来たり、友人とお喋りしに来たりと、理由がはっきりとしている。
けれど、魔王様は違う。うぬぼれでも何でもなく、魔王様は、わたしに会いに来ている。
それとも、ルカがわたしに会いに来ていると察して、魔王様は、わざと言葉を濁して答えたのだろうか。
カフェを訪れる理由は、この世界では異質な存在のわたしに会う以外、ないだろう、と。
「アスカがずっと立ち止まっているのは、あなたの力ですか」
「答えるまでもないな」
血を吐きそう。
ルカと魔王様の間に、不穏な空気が漂っている。黙って見守るしかないわたしは、ひたすら胃が痛い。
勇者と魔王は相容れない存在だと、わかってはいるけれど。
ほら、オーナーが困った顔をしているよ。心の底から気まずそうな表情だよ。あれは「逃げ出したい」と強く思っているはず。そうだよね、叶うならば、わたしも逃げたい。
「あなたは、何者ですか」
「お前は質問が多いな」
魔王様に軽くあしらわれ、ルカは苛立ったようだ。太ももの横で、拳が作られたのが見えた。
ルカにとって、魔王様は、自由に会話できる貴重な存在。けれど、そう認識できるほど、ルカには余裕がなさそうで。わたしはハラハラとしながら、ルカと魔王様を見守っている。
とはいえ、ルカが魔王様と仲良くし始めても、まずい。ゲームのラストでは、ルカは魔王様を倒さなければいけないし。仲良くなって、魔王様を倒す気力が失われてしまったら……。
でも、ルカと魔王様が仲良くなって、魔物が人間を襲わなくなるとか、結果的に平和になれば、問題ないのでは? ……いやいや、違う。ここはゲームの世界なのだから、「魔王様を倒す」ことが、エンディングに繋がる唯一の道。
――本当に?
「アスカ。お前は、難しく考えるのが好きなようだな」
魔王様の声に、我に返った。いつの間にか、俯いていた顔を上げる。無表情の魔王様と、心配げに顔を歪めているルカの姿が、目に入る。
と、わたしは、魔王様に初めて名前を呼ばれたと気付いた。
先ほどまで、光の届かない海の底へ沈んでいくようだったのに。頭に渦巻いた
『今、めちゃくちゃ良い声で、わたしの名前を呼びましたよね? もう一回、呼んでくれませんか?』
「……調子に乗るな。この男がお前の名を呼ぶから、呼んでみただけだ」
『えっ。魔王様って、お茶目なんですね』
「馬鹿なことを」
カフェには、魔王様の声だけが響く。ふと、ルカを見ると、ルカは動揺して、目をうろうろと動かしている。
「何だか、アスカと会話しているみたいだ」
ルカは、寂しげに目を伏せた。胸が突かれたように、一瞬、呼吸が止まった。何だか、浮気現場を見られた気分になる。今すぐ弁解したい気持ちに駆られたけれど、何をどう弁解すれば良いのか、わからない。
「アスカは、ずっと立ち止まっているし。まるで、アスカの心を読んでいるみたいに喋る。それに、僕が話しかけても、あなたは……」
ああ、そうだ。ルカが何度話しかけても、魔王様は、同じセリフを返さない。魔王様が自由である事実に慣れすぎて、不思議に思わなかった。けれど、よく考えれば、おかしい。
だって、主人公が話しかけている。魔王様にだって、主人公との会話が設定されているはず。
もしかして、主人公が魔王様に話しかける……というアクションが、そもそもゲームに存在しないのだろうか。いや、でも、魔王様に話しかけないと、最終決戦が始まらないパターンもあるしなあ。
「また来る」
ルカに答えないまま、魔王様は席を立った。どうやら、今日は帰るらしい。
魔王様は、わたしを一瞥すると、何も言わずに身を
からん、とベルが鳴る。次いで、扉が閉まる音。
「……何なんだ、あの人」
ルカが、ぽつりと呟いた。
ルカに会うのは、久しぶりなのに。気まずい空気に包まれたまま、わたしは、再びカウンターとテーブルの往復を始めた。
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