【戯曲】ブレード・ランナー

容原静

一景

教会

雨が降っている

パトカーのサイレン

血塗れ

人々が死んでいる

マシンガンを振り回して乱射するレクター神父

神父は聖書の一節を唱えている

ゆっくりと登場する全身黒づくめのマルコメ刑事

除夜の鐘を鳴らすポーズのマルコメ刑事

響く鐘の音

マルコメ刑事の存在に気づきマシンガンを乱射するレクター神父

撃たれるマルコメ刑事

死んだと思われたが生きているマルコメ刑事


神父 どうして貴様は生きているのか?

刑事 生命の不思議。


改めてマシンガンを乱射するレクター神父

小躍りする刑事


神父 この世有らざるモノが現れたか。

刑事 お察しの通りで。

神父 私をどうするつもりだ。

刑事 それは私が聴きたいところです。

神父 どういうことだ。

刑事 貴方は自分を如何なる立場に寄せたいのか聴きたい。

神父 興味深いか。

刑事 特別興味を寄せてるわけではありませんが、これでも刑事の端くれ。人の話を聴くのは仕事です。

神父 黙秘権を使おう。

刑事 これは参った。お手上げだ。

神父 私の方こそ、貴様がどうして私のところへ来たのか興味深い。最後の審判か。

刑事 理由などありません。時の流れと空の色に従っていましたら此処にいました。

神父 私も似たようなモノ。

刑事 似たモノ同士が集まりましたね。

神父 少し待ってくれ。紅茶を淹れよう。クッキーもいるだろう。

刑事 ちょちょちょ。


神父の裾を引っ張る刑事


神父 なんだ。

刑事 私お食事出来ない体質なのでお構いなく。

神父 善意は黙って受け止めるモノだ。自分が受け止められないなら誰かに受け流せ。

刑事 そうはいいましても。どうなんでしょうか。

神父 自分で考えろ。私は示唆するだけだ。


神父退場


刑事 困ったことになった。異常なイデオロギーが発達している気がする。


死体を見つめる刑事


刑事 本当に凄まじい。あの濃厚で賢者のような神父がどうして。


神父入場


神父 これがレクター家伝統の紅茶。クッキーはそこら辺のスーパーで売っている。


にっこりと愛想笑いをする刑事


神父 なんだ。食べないのか。

刑事 大変失礼なのは充分承知していますが、体質的にどうしても無理なのです。


震える神父


刑事 いったいどうなされました。救急車でも呼びましょうか。


マシンガンを手に持ち乱射する神父


神父 私は怒っている。静かに安らかに。

刑事 なにに対して。

神父 無言の暴力にだ。

刑事 無視されたと。

神父 無視したしされた。

刑事 それが今日マシンガンの引き金を引いた理由?

神父 そうだ。

刑事 お辛かったのですね。

神父 辛いなんてモノでは。

刑事 何故貴方はその感情に囚われたのでしょう。

神父 私は神父。貴様はナニモノだ。

刑事 強いていうなら刑事。

神父 私から話すことは何もない。ただこの時間を楽しんでいるだけだ。

刑事 案外詩人なところもおありで。

神父 昔目指していたから。

刑事 それは凄い。

神父 しかしある日気付いた。詩人は目指すモノではない。なっているモノだと。それから私は詩を書かなくなった。今ではあの頃よりも詩人らしく生きている。

刑事 素晴らしい。一つ聴かせてくれませんか。

神父 今の話を聞いて、そのように問いかけるか。

刑事 生き様の境地の薫りを味わうこと。私の趣味。

神父 悪趣味だ。さぞ嫌われていることだろう刑事。

刑事 結構結構。この世は如何に楽しむかにかかっていますから。

神父 少し待ってくれ。詩を呼び出すから。


考え込む神父

マシンガンを持つ刑事


神父 フランケンシュタインは呟く。私はデタラメ。生きているのに死んでいる。最初はいなかったから、今更無くなったところで何も変わらない。不安定だ。デタラメだ。わかりやすい安心を求めれば俺は生きていけない。苦しかった。しんどかった。だから引き金を弾いた。


マシンガンの引き金を弾く刑事

驚く神父


神父 貴様は何をしている!

刑事 こんなのちょっとしたお遊びですよ。

神父 当たれば死ぬんだぞ。

刑事 それは、たしかに。失敬。


マシンガンを置く刑事


神父 私はまだ死ぬつもりはない。

刑事 迷える子羊に対し神の恩恵を無碍にする行為で応えた貴方は死期を悟っていないと。これから何をするのですか。

神父 流浪の旅だ。自分の命を見つめ続ける。

刑事 自分探しの旅ですか。アジアを渡るとか。

神父 旅の途中で不慮の事故に遭って死ぬ。それが理想だ。

刑事 それはよいですね。

神父 叶わぬことも悟っているがな。

刑事 どうして。

神父 罪を犯した。

刑事 そうなのですか。

神父 惚けるな。この残状。どうやって今まで通りに暮らせると。

刑事 わたしの力をもってすれば何事も叶います。

神父 人ならざるモノらしいからな。

刑事 甘い誘いに乗りますか。

神父 のりません。

刑事 なぜ。こんな機会逃したら後は罪に対する罰で人生を台無しにしますよ。

神父 自分の人生は自分で償うしかない。

刑事 その割に抵抗しているようですが。

神父 許せ。人間とは矛盾で出来ているのだ。愚かでしかいられない。

刑事 可哀想な人間さんにせめてもの幸福を。

神父 私はさまざまな可能性を無碍にしたのだ。

刑事 どうして落ち込むのです。貴方は強い意思で越えてはいけない境界線を越えたはず。その意思を貫いて、貴方が子羊を裁いたように貴方自身の闘争の果てに、敗北が訪れたなら死を自覚することもなくマシンガンで身体を穴だらけにすればいいのでは。

神父 私もそう思っていたが、いざ始まってみると弱気になるモノだ。

刑事 元気を出して。私は貴方を応援しています。

神父 貴様は本当に何者だ。

刑事 ただの刑事です。


マシンガンを刑事に撃つ神父


神父 この世の刑事はマシンガンを撃たれたら死ぬと相場で決まっている。この世ならざるモノだ。

刑事 偶にはそういう刑事がいてもいいじゃないですか。彩りがつきますし。

神父 こうやってお話の機会を頂けたのも私には幸いだ。

刑事 明るく生きなさい。それが一番。

神父 私が説教されるとは思いませんでした。

刑事 道は決まりましたか。

神父 あぁ。私は総てを破壊する。この身が朽ち果てるまで。


神父、退場

外からマシンガンの音が響く

途中、音が止む。


刑事 天にまします我らの父よ。

ねがわくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、

地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。

我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、

我らの罪をもゆるしたまえ。

我らをこころみにあわせず、

悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、

限りなくなんじのものなればなり。

アーメン。


暗転


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【戯曲】ブレード・ランナー 容原静 @katachi0

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