第2話 彼氏くん目線
空を見上げれば、夕焼けに染まった雲がぽつぽつと浮いていた。
僕は、今までにないくらい全力で学校の校門を抜けて目的地へと急ぐ。
普段からスポーツとかしていればいいものの、そうではない。心臓が太鼓のように僕の体を打っているのが辛うじて分かった。
しかし、今日は2月13日。この際に至って僕がやることなんてひとつしかない!
都会の通勤ラッシュの波を掻き分けて、僕は無駄にカラフルな飾り付けをした店の前にたどり着く。少しすれば、甘い香りが鼻腔をくすぐり始めた。
恐る恐る入店して辺りを見渡すと、会社帰りの人達がショーケースを眺めていた。
「すごい......」
場の雰囲気に圧倒されて、思わず独り言が漏れる。
そう、僕は今、大切な人に渡すためのチョコを買いに来たのだ。
勢いに任せて来てみたのはいいが、やっぱり場違い感がすごい。目的がなければ絶対に来ないような場所だが、今日ばかりは仕方がなかった。
むこうが僕に渡してくれるかどうかは分からないが、少なくとも僕は渡すと決めたのだ。
一旦心臓を落ち着けるために深呼吸をすると、やはり心地よい甘い匂いが僕の体を満たした。
額をぬぐい、ゆっくりと店の奥の方へ進む。
時間も遅いので、学生もぽつぽつといたが社会人の方が多かった。
一通り店内を回ってみたところで、少し気になった商品の前で足を止めた。
いかんせん、今までチョコなんてものを人にあげたことのない僕は商品棚の前でじっと頭を悩ます。
「お兄さん? 何かお困りでしょうか?」
「......え」
ぬっと入ってきた声に僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。振り向けば、エプロン姿で満点の営業スマイルを作りながら女性店員が僕を見ていた。
僕は出来る限り平生を保つ。
「え、と、自分用に買おうかなぁて」
「そうですか。ではこちらの品はいかがでしょうか。30個入りですがお得な商品となっておりますよ」
店員さんが僕の眼前に、チョコがいくつも詰められた袋を持ってくる。
全力疾走してきたせいだ。僕の頭は熱暴走しているらしく、潔くそれを受け取ってしまった。
「? お気に召されませんでしたか?」
僕のパッとしない様子を見てか、店員さんは悩むそぶりを見せた。
ここで首を横に振ればよかったのだろう。でも、何回もいうが僕にはこう言った経験が皆無と言っても過言ではない。
僕が言葉を詰まらせると、店員さんの頭上に電球が見えた気がする。
ぽんっと手を叩くと、少し離れたケースの上から店員さんは少し大きなA4ほどの大きさの割引シールが貼られた箱を持ってきた。
ちゃんと丁寧にラッピングされていた。端についてあるリボンが少しかわいい。
「これは......」
「今ならお得ですよ。そうですね、彼女さんにはぴったりだと思います」
「なっ......!!!」
彼女という言葉を聞いた瞬間、宥めていた心臓に拍車がかかった。血の気が頭まで上るのがわかった。
それでも店員さんは僕をみながら、なぜかニヤニヤしていた。僕は一体どんな顔をしているのだろうか。
でも羞恥で死にそうなのはわかる。
「か、か、かかか、彼女なんて、い、いません!」
「ふふふ、そうですか」
僕の言葉なんて知ったことかと言わんばかりに、店員さんは相変わらずの満点の営業スマイルを崩さずに、その箱を渡してきた。
店員さんが嬉しいのは、僕みたいな単純なやつに商売が上手く回せて上機嫌なせいだろう。
「ではこちらでお会計しますね」
店員さんがカウンターへ招くので、僕は袋に詰まったチョコと、箱に入ったチョコを抱えて店員さんについていった。
熱暴走している頭は止まる気配がない。
何も言わず、僕は唇を尖らせながらカウンターに商品をだす。
そこからのことはほとんど覚えていない。専門店で買ったせいもあって、レジに表示された金額をみても僕は何も感じなかった。
「か、彼女なんかじゃありません......」
「?」
「......大切な人、です」
自分でも何を言ったか曖昧だが、店員さんは袋に商品を入れながら、にこやかに微笑んでくれたので変なことは言わなかったらしい。
お礼と一緒に店を出ると、少しひんやりとした風が僕を撫でた。その風で頭を冷やしつつ家に歩を進める。
甘い匂いがまだ鼻腔に残っていた。
まぁ、なにわともあれ、明日が楽しみだ。
2月13日 桜乃 @gozou_1479
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