2月13日

桜乃

第1話 彼女ちゃん目線

 ホップステップジャンプ!

 歩道を駆け抜ける私の足は止まる気配を見せない。2月13日、帰宅途中でやることなんて、一つしかない!

 都会の人混みを掻き分けて、私は無駄にカラフルな飾り付けをした店の前にたどり着く。少しすれば、甘い香りが鼻腔をくすぐり始めた。

 辺りを見渡すと、若いカップルや、スーツを着た男性が、ショーケースの前で一生懸命に悩んでる姿があった。

「わぁー!」

 こんなキラキラした場所に来たことがない私は、思わず感嘆の声を漏らした。

高鳴る胸に手を当てて、他のお客さん同様、目を躍らせながら私も、ショーケースに入った様々な形をしたチョコレートを見ていく。星形にハートの形、様々なものがある。

 そう。明日、2月14日はバレンタインデーだ。いや、勘違いしないで欲しい。チョコをあげる行事はこれが初めてじゃない。

 例年は、友達にあげる友チョコだったり、家族には手作りチョコだったりを振る舞っていた。女の子の料理スキルを舐めないでもらいたい。

 けど、今年は特別だ。

 もちろん、友達にも家族にもチョコはあげるつもり。あげるつもりなんだけど、みんなと一緒くらい、いや、それ以上にチョコレートをあげなければならない、大切な人ができてしまったのだ。

「お姉さん? なにかお困りでしょうか?」

「ふぇっ......!?」

 我ながらどんな顔をしていたか分からない。けど、多分相当気持ち悪い顔をしていたと思う。ずらっと並んだチョコレートのパッケージを見ていた私の様子を見かねて、エプロン姿の女性店員が満点の営業スマイルで聞いてきた。

「家族さんにあげるチョコレートでお悩み出したら、こちらの40個詰めのものがお得になっておりますよ」

 店員さんは、A4ほどの大きさの割引シールが貼ってある箱を手に持って私に推してきた。箱にはちゃんと、リボンとメッセージカードがついていて可愛かった。可愛かったのだけど......。

「い、いえ、家族用はもう買ったので......」

 言えるわけがない。 私の本音なんか言ったらドン引きされるに決まってる。

「じ、自分用にちょっと買おうかと......」

 私は手をこねくりながら、なんとか誤魔化した。料理スキルがあっても、誤魔化す技術はないようだ。店員さんは首をかしげる。引く気はないらしい。

 いたたまれなくなった私は、その場を凌ごうと、反対の列に並んだ駄菓子コーナーに目を移す。すると、何か分からないが、店員さんはポンっと勢いよく手を叩いた。店員さんの顔を伺うと、営業スマイルは何処へやら、ニヤニヤと鼻につく笑みを浮かべていた。

「そういうことでしたら、こちらの新発売のものが大変オススメですよ? 値段は張っちゃいますが、よろしければ。彼氏さんも喜ぶと思いますよ?」

「なっ!!!」

 顔面から蒸気が湧き出た。敢えて避けていた台詞を言われて、私は帰り場を失ったアヒルのようにバタバタする。

「か、か、かかか、彼氏なんて! いませんよぉ?」

「では、こちらをお買い上げでよろしいですね?」

 なぜか話が噛み合わない。店員さんは、いいものでも見たように、ニッコニコしながらレジに品を持って行ってしまった。

 私は、爆発しないうちに、店員さんについて行った。くそぅ! なにが、か、かか、彼氏だよぅ!

 やけくそになりながら、言われた値段の通りに、長財布から現金を取り出す。家族分と、大切な人への分、2つ買わされたことにも気づかず。

 でも、明日が楽しみだ!

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