第5話 邪と愛

抗バイガイ草を見つけるのに20年も費やしてしまった。

メロンパンコは手鏡で自分の顔を見る。

少女の頃の面影はナリを潜め、殆ど老婆のような顔つきになってしまっている。

顔を交換したのが、20年前も前の事だから、仕方ない事なのかな。

アイバイマンにどう思われるだろう。

最早彼の顔を思い浮かべようとしても、それがアイバイマンなんだかシャムおじさんなんだか何なんだか、イメージが不鮮明だ。

「メロンパンコお姉ちゃ〜ん!」

クリームパン男ちゃんがこちらに向かってくる。睡眠薬で眠らせたローラパンナお姉ちゃんを小脇に抱えて。

クリームパン男ちゃんも、随分老けたな。

クリームパン男ちゃんと言うよりは、クリームパンお爺さんと形容するのが最適だろう。

「クリームパン男ちゃん、ありがとう」

ローラパンナお姉ちゃんをそっと花畑に寝かせる。

胸元に浮かぶ二つのハートマークの内、光っているのは藍色のハートマークの方だった。

「ローラパンナお姉ちゃん、少々手荒でごめんね。でも、こうするしか方法がなかったの」

抗バイガイ草をローラパンナお姉ちゃんの胸に当てがう。

2〜3秒の沈黙を破り、藍色のハートが強く光りだすと共に、ローラパンナお姉ちゃんの目が開く。

「ロー…ルァァアアアーー!!!」

凄まじい絶叫だった。

周囲の山々にこだまする。

ロールァァアアアーー! ロールァァアアアー! ローラァァアアアー! ローラァァアアアー!


「ローラパンナお姉ちゃん! 私よ! お願い! 耐えて!」

ローラパンナお姉ちゃんは元々善なる生き物だった。

私が姉を望んだのが、彼女の苦しみを産んでいる。

許せないバイガイマン。彼がお姉ちゃんの材料にバイガイ草を混ぜた事により、お姉ちゃんは先天性解離性人格障害に苦しむ事になった。

それも、かなり反社会的な方向へ。

藍色のハートマークは心臓が脈を打つペースで光を放つ。それが如実に優しいピンク色に変わっていく。

「メロンパンコお姉ちゃん……遂に僕たちやったんだね」

「ええ。ついてきてくれてありがとう。クリームパン男ちゃん。きっと今日で全てが報われる」

次第にローラパンナの脈拍が安定する。

「メ、メロンパンコか…!?」

「…………どうして分かったの?」

私の顔はしわがれているのに。

ローラパンナお姉ちゃんは優しく微笑む。

「分かるよ。お姉ちゃんだもん」

「おでーちゃーん!!!」

私は年甲斐もなく鼻汁まで出して泣いた。クリームパン男ちゃんも泣いていた。

常闇は薄れ、甘えた夜明けがやってくる。

ローラパンナお姉ちゃんは困ったようにあたふたしていた。全て報われた。



「私が、お前を解雇した理由が分かるかい?」

シャムおじさんは依然として表情を変えない。どう生きればこんなにツラの皮が厚くなるんだ。

「……時代の流れでアンパンが不人気になったからだと聞いてますけど」

アイバイマンは憎々しげに返した。

この期に及んでも敬語を崩せない自分が情けない。

「表向きはね。まあ実際世論がそういう風に動いたのは、私にとっては嬉しい誤算だったよ?」

「何が言いたいんですか?」


「アイバイマンや。お前は自分勝手な正義に固執し過ぎたね?」


「何を言うんですか。僕は常に人々の為に働いた」


「それは建前だろう? 人々を守る為の正義なら、バイガイマンを殺してしまえば良かった。だろう? それをしないのは、お前の自己承認欲求が狂っているからに、他ならないんだよう? お前はバイガイマンという都合の良い悪に甘んじて、正義のヒーローを気取っていただけの単なる目立ちたがり屋さんに過ぎないんだよ?」


「そんな事はない、決して。バイガイマンだって、いつかは改心するかと」


「する訳があるか。お前は食べ物族だろう?お前自身が一番分かっている。バイキンは悪だ。違うかい?」


「それは…」



「そういう所だよ、アイバイマン。愚かだねえ、アイバイマン。あと10分もすればサムギョプサルマンがここに訪れる。お前の命は私の手の上という訳だ」


「何が言いたい?」


「殺されたくなければ、メロンパンコを私の元へ連れて来るんだよ。あの子は、私が特別に可愛がっていた子だからね」

20年前、お前を解雇した時と同じタイミングで行方をくらました、お前、何か知っているんだろう?


僕は、メロンパンコを好いていた。


シャムおじの解雇、つまり永遠の生命の輪廻が絶たれ、死という概念に立ち向かった時、アイバイマンの中に性欲が生まれた。


それは、カレイパンマンや食パン男へ抱いていた仲間意識とは全く別の感情である。


夜空を見上げて、何もかもがちっぽけに思える時間のその最たる瞬間、死を達観したように思うと同時にメロンパンコの肉体を、否、温もりを、狂おしく、焦がれ、募り、祈った。


白い餡を、アイバイマンは放出した。

自分と同化できない、邪な感情と共に。


僕、アイバイマン。

元気100倍、アイバイマン。

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アイバイマンダークネス 大那 幻 @gen_yamamoto

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