第4話 信用

「アーイパーンチ!」

カウンターが真っ二つに裂けた。

グローブを嵌めずにアイパンチしたもので、薄皮が剥がれ、中の餡が見えた。

人々は驚いていた。

どうでもいい事だった。

「アイバイマン、お、落ち着いて!」

イザベラが何とかアイバイマンをなだめようとする。それが返ってアイバイマンの逆上を誘う事も知らずに。

「ウサミ! 君、さっき何て言った!」

怒りを抑えられない。視界が白と赤のフラッシュでよく見えない。

「だから、バイガイマンがいなくなって、良かったじゃない!」

「アーイキーック!!!」

テーブルが幾つか吹っ飛ぶ、釜飯マンマンが慌てて逃げる、ホットドッグキッドが縄を僕に向ける、ゴーヤマンがショックで嘔吐する、僕はその緑色の吐瀉物を思い切り踏みつけ、世界に叫んだ。

「バイガイマンが死んで良かっただと!? 烏合の衆どもが。善悪を履き違えてるんじゃないか、君達は!? ええ? ホットドッグキッド! 僕は悪か? 答えてみろ、ホットドッグキッド! 君に映る僕は悪者か!? バイガイマンみたいに、僕を殺すのか!?」

背後から水をぶっかけられたのだと思った。

へなへなと崩れ落ちる体を何とか支えて後ろを振り返ると、そこにはカレイパンマンの姿があった。

「やい、通報があったから何かと思ったらぁ。おめなーにやってんだアイバイマン」

「うぅ…顔が濡れて、おまけに辛くて、思うように力が出ない…」

ホットドッグキッドが縄を投げる。僕の体は締め付けられる。

そのまま情けなく地面に倒れる。

割れたグラスの破片が顔に突き刺さる。

意味も分からずに涙が出た。

自分の涙でまた、力が出なくなって、息をするのも絶え絶えになった。

「ちくしょう、あの日から、僕には、何にも良い事がないじゃないか」

めそめそ泣くアイバイマンを抱えて、カレイパンマンはジャム工場まで飛んだ。


「シャムおじさんよぅ、こいつ一体どうしちまったんだよ?」

シャムおじさんにカレイを補充してもらいながらカレイパンマンが聞く。

「んむー…さあさ、カレイは満タンになったよ。お前はもう家にお帰り。アイバイマンの事は、ひとまず私が面倒を見るよ」

シャムおじさんはいつもと変わらない穏やかな表情を浮かべてカレイパンマンに言った。

バタラコさんが何か言っていたが、思うように聞き取れなかった。


「アイバイマンよぉ、あんまり皆んなを困らせるなよな。昔つるんでた俺らまでネットで叩かれかねないからよ」


アイバイマンには最早意見を言う気力は残っていなかった。

かつての仲間の侮蔑の表情すら、今のアイバイマンには届かなかった。


「さてと」

シャムおじさんは椅子に座る。丁度アイバイマンの顔の上にシャムおじさんの股間が来る。

「バタラコや、一旦席を外してもらえるかな」

「はい、分かりました……アイバイマン、またね」

「エン、エン、エエエーン!」

「おやおや、チーズーや、お前も小屋にお帰り。私はアイバイマンと二人で話がしたいからね」

エン! とチーズーが鳴く。

興奮が冷めるに連れて、痛みは鋭さを増す。

だがアイバイマンはこのくらいへっちゃらだった。あの時の胸の痛みに比べれば、こんなもの。


「……アイバイマンや、どうしてバーで暴れたんだい?」

シャムおじさんは優しい笑顔を僕に向けた。

しかしながら、僕にはもう彼を信用する事が出来ずにいた。

第一、対等に話をするなら僕の縄を解くべきだし、治療をしてくれたって、それこそ顔をまた作ってくれたっていいはずだし、今こうして僕の顔を跨ぐように椅子に座る必要もない。

表情と行動の剥離に薄ら寒さを覚えた。


「シャムおじさんに話した所で、分かってもらえないです」

「んん…バイガイマンの、事だろお?」

シャムおじさんがバイガイマンの名を口にする時、僅かに眉間に皺が寄った。


「たしかに、お前にとっては彼はライバル、というよりは、バイガイマンあってのアイバイマン、アイバイマンあってのバイガイマン、の様な共依存関係にあったからねえ」

続く言葉に、流石にアイバイマンは耳を疑った。

「お前は明確に失敗作だよ、アイバイマン」

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