4. fires

 戦闘が終了し、マーサの能力が解除された後。

 痕跡を残す広場に、ヘリコプターの残骸とアルカンジュが横たわっていた。

 重傷を負いながらも、何とか逃げ延びようと身体を引きずる彼女の前に現れたのは他でもないマーサであった。

「あらあら……ひどい状態ですね、アルカンジュ」

「……お前は……レーベン?なぜここにいる……」

「ひどい言い草ですねえ、助けに来たのに」

「そうか……申し訳ない。とにかく、今はここから逃げなければ……我々の大義のために……」

「そうですね」

 レーベンと呼ばれたマーサはそう言うと手を伸ばした。

 そして、手に持った銃の引き金を引いた。

 サプレッサーの乾いた銃声が辺りに二度響く。

「でも、それは私の大義じゃない。私の大義は……財団にしかない」

 脳と心臓に計二発。アルカンジュが動かなくなったのを確認して、マーサはその場から離れ、左耳のデバイスで通信を入れた。

「こちら『mm9』所属ソル。マルガレータ・シラージを処理した。回収を頼む」

 手短に通信を終了した彼女はすぐに雑踏の中へと消えていった。




*****




 わたしが病院で待っていると、オーカはちゃんと帰ってきた。

 マーサは一緒じゃなかったけど、その後すぐに戻ってきた。どうやら能力を使ったことへの後始末をつけていたらしい。色々と大変なんだろう。

 オーカは激しく戦闘をしたらしいが、特にこれと言った怪我もなく元気そうにしていた。わたしの怪我が治るまで毎日病室にいてくれたので、本当に嬉しかった。

 マーサによれば、グリトニルの代表は捕まったらしい。オーカが本部を壊滅させたのも会って、組織としては完全に終局に近い。

 今回の件でストーンヘンジ事件の被害者を狙う動きも、それ以上の勢力とのぶつかり合いという形で他の後継団体や元スポンサーへの牽制となり、おとなしくなるだろうという見方ができるそうだ。

 とはいえ、完全にストーンヘンジの残党が消え去ったわけではない。まだまだ油断はできないというのが現状の見解だった。

 そして、わたしが退院する日がやってきた。


「景」

 わたしが出てくるのを待っていたオーカがわたしを見て名前を呼んだ。

「おまたせ、オーカ」

 事件から数日、グリトニルは組織としては壊滅した。けれど、その勢力は未だ残っている。ネオロンドも他組織と協力して残党狩りは続けると約束してくれたが、それでもわたしの危険は取り除かれたわけではない。

 そこで、わたしを札幌のネオロンド支部で保護しようという案がマーサとオーカから出たのだ。

 わたしとしては、今の一人暮らしよりも、どうなるかは分からないがネオロンドの管理するところで暮らすほうが楽……じゃなく、何かと安心できるだろうとそれを受諾。代わりに、わたしの方からも条件を出した。

「まさか景から私を指名されるとは思ってなかったよ」

「当たり前でしょ。だって、わたしはオーカの帰ってくる場所になるって約束したんだから。だから、オーカもわたしの居場所になってくれるのが筋でしょ?」

 わたしの通っているようで通っていないスジ論に、オーカは少し嬉しそうに笑って言った。

「そうだね」

 作戦を決行する数時間前。

 オーカによればその会話は途中でグリトニルの襲撃によって打ち切られてしまったようだけど、本当は続きがあった。




*****




「ッ……でも、わたしはオーカに危ないことをこれ以上……!」

「分かってる。でも、これは私がやらなきゃいけないことだから」

「ッ……だったら……」

 わたしはオーカの言葉に返す刀のように宣言した。

「わたしもオーカと一緒に行く!」

「え……」

「戦うことはできないけど……足手まといになるのは分かってるけど、それでも、わたしはオーカを放っておけない!だから……!」

「お、落ち着いて……」

 ヒートアップしたわたしをオーカはたしなめる。

 やや困惑した表情のオーカはわたしに聞いた。

「どうして……どうしてそこまで私を心配してくれるの?」

 自分は人のことを散々心配しておいてその言い草か、とは思ったけど口には出さなかった。

 代わりに、わたしは思っていることを素直に打ち明けてみることにした。上手く言葉にできるかは分からなかったけど、それがわたしにできる精一杯だと思ったから。

「オーカは……オーカはわたしのことをちゃんと見てくれた。わたしに向き合ってくれた。わたしを一人にしないでくれた。だから、今度はわたしがオーカを一人にしない。オーカがわたしを助けてくれたように、わたしもオーカの側から絶対に離れたくない……!」

 『能力者』だと思ってわたしに近づいてきたオーカ。そうじゃないと知っても、彼女はわたしのことを見捨てなかった。わたしのすべてを知っても、わたしの側から離れなかった。自分の命をかけてまで、わたしのことを助けに来てくれた。

 そんなオーカの思いにわたしも応えたい。そうじゃないとわたしは、もう二度と、自分を許せないような気がするから。

「だからお願い、オーカ……わたしと、わたしの側で……!」

 オーカはわたしの言葉を静かに聞いていた。そして穏やかで凛とした表情で、わたしと同じ目線に屈むと、しっかりと眼を合わせた。

 海よりも深く光を吸い込む青い瞳がわたしの像を捉えている。

「ありがとう。景の気持ちは……想いは、ちゃんと伝わったよ」

「だったら……!」

 言うわたしの手を、オーカは握りしめた。いきなりのことでびっくりしたが、拒絶するつもりはない。細くて不安になる手は、たしかに温度を感じさせ、わたしを握りしめている。

「景はここで待っていて。すべて終わったあとに、私が帰ってくる場所になってほしい」

「帰ってくる……場所……」

「そう。そうすれば、私は安心して戦うことができる。待っている人がいれば、私はきっと、絶対に負けないから」

「オーカ……」

「良いかな?」

 オーカは小首をかしげわたしに問う。

 わたしがオーカにとっての帰ってくる場所になる。なることができる。そんなことは考えたことがなかった。

 今まで居場所を選ぶことができなかったわたしが、居場所のなかったわたしが、誰かにとっての居場所になることができるのだろうか。

 それを思うと、オーカの言葉を受け取ることがとても怖くなった。

 また居場所をなくしてしまうのではないか。何より、オーカにとっての居場所を壊してしまうのではないかと。

 何も言わないわたしを、オーカはただ黙って見守っていた。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 オーカはきっとわたしのことを見捨てないだろう。たとえわたしが地獄に行ったとしても。それだけわたしのことを信じてくれているオーカのことを、わたしも信じたい。

 どんなに困難な道が待っていたって、わたしだって、オーカのことを見捨てたくない。

「………………分かった。わたし、ここで待ってる。オーカが無事に帰ってくるのを、信じて、待ってる」

「────……ありがとう、景」

 オーカは泣きそうな笑顔でそう言った。

 そんな顔しないでよ。

 泣きたいのはこっちなんだから。




*****




 わたしがネオロンドに出した条件は、護衛に……いや、オーカと一緒にいること。それだけ。ネオロンド側はかなり渋ったけど、オーカの了承とマーサによる根回しで何とかなった。

 ネオロンドはオーカを実質的に戦力として狙っていて、今回の動きでより自分たちの戦力として囲いに行きたかったようだけど、わたしがいないとそれはできないということで、わたしの存在が政治的トリガーになったようだ。

 まあ、わたしとしてはオーカと一緒にいられるなら何でも良い。

「あーあ、またわたしの居場所はなくなるのか」

 わたしは病院の前で、治った身体を見せびらかすように伸びをした。

「……でも、本当に居場所がないわけじゃないでしょ?」

 オーカはわたしの顔を覗き込みながらそんなことを言う。今のセリフはオーカのセリフを引き出させるためのものだったが、上手いこと行った。

「……そうだよ。わたしの居場所は、オーカの隣。そして、オーカの居場所は」

「景の隣。でしょ?」

 オーカと顔を見合わせて笑い合う。深海の青い瞳が楽しそうに揺れている。

 本当の意味で、今は対等ではないかもしれない。きっとオーカとわたしは脆い関係の上にいるのだろう。

 けれど、そんなことは関係ない。わたしはオーカの帰ってくる場所になると決めたのだ。オーカがわたしから逃げなかったように、わたしをわたしとして向き合ってくれたように、わたしもオーカと向き合いたい。まだ知らないオーカのことをきちんと知っていきたい。

 それが、わたしにできるオーカへの恩返しで、真に繋がれることだと思うから。

 わたしは、オーカと一緒に歩き始めた。

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【完結済み】place 水野匡 @VUE-001

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