3. unsung

「屋上って今出れないんだね」

「……飛び降りたりする人もいるからね」

 定番だから、とお姉さんは屋上に行こうとしたが、案の定というべきか封鎖されていた。仕方ないので、中庭の方へと来た。何の木かは分からないが揃えて植えられた並木がきれいで、揺れる緑の葉から聞こえる音は心を落ち着かせる。

 わたしは足を捻挫していたので今日一日動かせないため、車椅子使用で外に出てきた。当然、階段も車椅子で登る羽目になったのだが、そこはお姉さん、片手で持ち上げて登っていった。周囲からの視線がやや痛かった。

 中庭には他にも入院患者と思われる人たちが中庭で憩いの時を過ごしていた。

「……この病院はネオロンドの幹部の一人が院長を務めていて、『能力者』の精神的ケアも行っているんだって。もしかしたら、あそこにいる人たちも『能力者』なのかもしれないね」

 お姉さんはそう言ったが、わたしにはそうではないことが分かっていた。

 わたしの眼には『能力者』がそうと分かる形で視える。お姉さんと、アルカンジュのおかげで解けた長年の疑問の一つだ。

 ただ、ここにはいないだけで、院内を通ってきたときにそれっぽい人はいた。ただ、みんな……わたしの眼じゃなくても分かるほどに、憂鬱な表情をしていた。

 そうじゃない人もいるのだろうか。ここにいる……お姉さんのように。

「……お姉さん、その……」

「この前はごめん」

 お姉さんの方から先に謝られ、わたしは困惑してしまった。

「なんで……なんでお姉さんが謝るの」

「とても無遠慮で……心無いことを言ってしまったから。言ってしまったし、してしまったから」

 お姉さんの言葉の意図が読めず、わたしは口を閉じたままにした。

「……たしかに、私は自分と同じ人を探していた。単に『能力者』ってだけじゃなくて、私と同じくらい強い人を。でも、そんな人にあったことは一度もなかったの。だから、私の動きを見切った君に、私と同類なんじゃないかって希望を見出していたの」

 それは、あの時も聞いた。今回はより仔細に……だが。

「でも君は『能力者』じゃなかった。いや……それよりもっと大変な状態にある人だった。そんな人に対して、簡単に失望してしまったというべきじゃなかった。だから……」

 そこで言葉を切ったお姉さんはわたしの正面に立つと、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

「ちょ……そんな、ちょっと、頭上げて……!」

 周囲からの視線と、申し訳無さが頭の中をぐるぐるする。

 本当なら謝らなければならなかったのはわたしの方なのに。

「良いから……ほら……」

 お姉さんはようやく顔を上げた。

「……これからは、ちゃんと永瀬さんを永瀬さんとして見たい……と思う。私にとっての同類じゃなくて、対等な相手として」

「それは……それは、わたしのセリフだから!」

わたしが叫ぶように言うと、お姉さんは驚いた顔をする。

「……わたしは……二年前、ストーンヘンジに捕まって、色々とされて、身体も改造されて、ようやく帰ってきても、居場所がないと思ってた。わたしは世界から弾かれたもので、正常な世界にはどこにも居場所がないんだって……ううん、違う。ずっと昔からそう思ってた。わたしはどこかおかしくて、居場所なんて選べなくて、ずっと一人なんだって」

 お姉さんは黙って話を聞いている。同情するでもなく、感傷を向けるでもなく、ただ真剣に聞いていた。

「でもそうじゃないんだって……わたしよりもずっと大変な人がいるんだって、理屈じゃ分かってた。でも……ようやくちゃんと受け入れられた気がする。そもそもわたしと同じ人だって後31人いるんだし。だから……もう卑屈になるのはやめる。わたしはわたしを受け入れる。それでやっと、あなたと対等になれる気がするから」

「永瀬さん……」

 さん付けで年上に呼ばれるのはなんともむず痒い。というか、前までは呼び捨てじゃなかったか?

「……景で良い。オーカ」

「……!」

 オーカは自分の名が呼ばれたと気づくと、ものすごい舞い上がった表情になった。普段が表情筋の死んだ顔しかしないから余計に舞い上がっていることが伝わってくる。

「ちょっと……!一々そんなんだったらもう呼ばないけど?」

「……いや、ごめんね……なんだか久しぶりに名前で呼ばれた気がして」

「マーサさんにも呼ばれてるでしょ」

「マーサは昔からの付き合いだし。……景に呼ばれるのはまた意味が違うよ」

「なにそれ」

 二人して眼を見合わせて笑い始めた。

 久しぶりに心から笑ったような気がする。そう思えた。

 ひとしきり笑って、落ち着いた後、揺れる木の葉を眺めながら聞いた。

「オーカはこれからどうするの?」

「私は……ひとまずは事件が解決するまでは景の側にいるよ」

「解決するまで?もう事件は終わったんじゃ……」

 グリトニル本部はオーカの活躍によって壊滅した。ニュースでもやっていた。世間はその話題で持ちきりだ。

 だから、もう事件は終わったものだと思いこんでいた。

「いや。まだ終わってない。まだ、代表が逃げたままになってる。トップを捕まえないと、本当に終わったとは言えない。実際……」

 オーカはわたしに小型タブレットを見せた。ニュース記事が映っている。

「これ……行方不明者が出たって記事?もしかして……」

「そう。ストーンヘンジ事件の被害者がまた攫われた。これで6人目。いい加減、世間でもその一致に気づき始めている人はいる。でも、それで何とかなるほど甘い連中じゃない。何より、攫われた人はすぐどこかに連れ去られてしまうから、証拠自体は決して残らない。だから、相手を徹底的に潰すしかない。景を守るには」

「ッ……でも、わたしはオーカに危ないことをこれ以上……!」

 わたしの抗議は、遠くから聞こえてくるプロペラの音によってかき消された。

 中庭とは言いつつもコの字型の病棟の真ん中に位置するこの中庭は、前方に大きく視界が開けており──

 上空から接近するヘリコプターをはっきりと見ることができた。

「あれは……」

「かなりまずい……逃げるよ」

 ヘリコプターが機関砲の銃身を空転させるのを尻目にオーカはわたしを抱き上げる。

 瞬間、急加速したわたし達が宙に向かって飛び立つのと、わたし達が立っていた場所が機関砲の銃撃によってえぐられるのはほとんど同時だった。

 ヘリコプターによる攻撃で、患者の間でパニックが起きるのが見えた。

 空中に逃げたわたし達に照準を合わせようとするヘリコプターは機関砲を撃ったまま機体を上昇させる。

 地面をえぐっていた銃弾は病院の壁を破壊し、窓ガラスを砕きながらわたし達を追う。

 オーカが屋上に着地した瞬間、機関砲の砲口がこちらに向く。

 わたしを素早く下ろしたオーカは機関砲の銃撃を猛烈な勢いで弾いていく。上半身の動きがほとんど見えない。

 しかし、機関砲を弾くのに手を取られていたオーカは、同時に発射されたミサイルの存在に気づくのに一瞬遅れてしまった。

 銃弾を弾くのと同じ勢いで拳を突き出した時には、すでに引き戻せないところまで行っていた。

 目の前が真っ白に光り、そして……────


 同時刻、病院、屋上。

「あっちゃあ~派手にやってるなあ~」

 マーサがオーカの戦闘を眺めていた。

 状況はミサイルが弾着したところであり、爆炎が派手に立ち上っていた。

「これはあいつらも無事じゃ済まないな……ま、じゃなきゃ私が苦労したかいがない」

 マーサが視線を向けた先。そこには、また別の人影があった。

「お膳立てはしたんだ。後は頼んだぞ、オーカ」


 同時刻、ヘリコプター内部。

「ミサイル、目標に命中。現在、目標は沈黙しています」

 観測手がアルカンジュに告げる。ヘリのレーダーには、生体反応は未だ残っていた。

「油断するな。相手は『能力者』だ。どんな手を使ってくるか分からん」

「はッ。……?これは……」

「どうした、はっきり報告しろ」

「これは……反対の方向、急速に接近する物体があります!これは……あの能力者です!」

「何……!?」

 急速にヘリのテールローターへ向かって突っ込んで行ったオーカは、そのまま回避行動を取ったヘリ胴体部を貫通。

 機器の破損によりバランスを失ったヘリは地面へ向かって落下し、そのまま墜落した。

「やったかな?」

 着地したオーカは爆炎を上げるヘリの残骸を見ながら言う。

 しかし、操縦席から人が逃げ出すのをオーカは見逃してはいなかった。

「貴様か……たしかにミサイルは……いや、確実にあそこにいたはず。どういう理屈で反対方向から飛び出してくる」

「……それを教えてあげるほどお人好しじゃないな」

 オーカは再び対面したすべての黒幕を睨みつけた。




*****




 わたしとオーカが中庭に出る前のこと。

 検査が終わり、マーサさんと眼について話していた。

「まあ、日常生活には困らなさそうだし、取り出すとなるとそれはそれで大変だからそのままにしておいたよ」

「そう……」

 左眼に埋められた超常を視るための義眼。やはり、縁は切れそうにない。

 しかし、これのせいで人生が狂い、これのおかげでオーカと出会うことができたと考えると、この眼にも感謝するべきだろうか。

「それとは別に、眼に発信機のようなものが埋め込まれてたから、それは除去しておいた。大変だったよ、上手いこと隠して付けてあったからね」

「発信機?」

「そう、自分の位置情報を相手に伝えるあれね。そのせいで永瀬ちゃんはグリトニルから的確に付け狙われてたわけだ」

「だから……それでお姉さんにも迷惑を……」

「お姉さん?ああ、オーカのことか。まあまあ、あいつはそんなこと気にしてないよ。それより、一応聞いておきたいんだけど、この発信機もらっても良いかな?」

「別に聞かなくても良いけど……何に使うの?」

 聞かれたからには気になる。わたしが尋ねると、マーサは真面目な顔で言った。

「グリトニルをおびき寄せる罠に使う。ちょうど今、札幌の東区に新しく病院を建てる土地があるらしい。そこをちょっとお借りして、グリトニルの奴らをおびき寄せる。オーカに相談するのはこれからだけど、あいつは絶対やるって言うだろう」

「そんな……どうしてそんなことを……!」

 わたしが咄嗟に聞き返すと、マーサは少し怒った表情でわたしに言った。

「君のためだよ」

「わたしの……?」

「オーカにとって君がどういう存在かは知らないけど……とにかく大事にしてるってことは伝わってくる。だからこのままグリトニルに一生狙われるであろう君をあいつは放っておくことができないのさ」

「一生なんて……」

「そんなことない、か?分からないさ。あと数年でグリトニルは自然に消滅するかもしれないが、それだってはっきりとは言えない。分かるのは、あと数時間もすればここにもグリトニルの奴らが押し寄せてくるってことだけだ」

 陽気な調子で話していたマーサの真剣な態度に、思わず飲まれてしまう。言葉を失ったわたしに、マーサはさらに続けた。

「だから私……私達はあいつが無茶をしないように協力する。そうじゃなきゃ、地獄の果てまであいつはグリトニルを追い続けるだろう」

「そんな……」

 わたしはなんと言えば良いのか分からなくなった。オーカにまだ謝っていなかったし、何より彼女がわたしにそこまでする理由も分かっていなかった。

 そして、わたしにとってオーカがどういう存在なのかということも、はっきりと答えは出ていなかった。

「オーカにはこのあと伝える。後で二人一緒に話したいこともあるから、その後で二人で話し合ってくれ」

「待って!」

 話はこれで終わりとばかりに打ち切ったマーサに、わたしは叫んだ。

「……なんだ?」

「なんであなたは……あなた達はそこまでするの?」

「そこまで?」

「……お姉さんに協力して、グリトニルを追うのか」

「……そんなことは簡単だ」

 マーサは厳しい調子から一転、再び元の調子に戻ると笑いながら答えた。

「あいつが大切な友人だからだよ」


 中庭でオーカと話したあと、マーサさんは再びわたし達の病室を訪れた。

「話はまとまったかな?」

「ええ」

「うん」

 わたしとオーカが揃って返事をしたのを見ると、マーサはどことなく嬉しそうな調子で頷き、すぐに説明を始めた。

「さて、今回の作戦は、まあ言ってしまえば私とオーカの能力頼りだ。まず、私の能力でこの病院を、建設予定地にコピーする」

「コピー?」

 わたしは鸚鵡返しに聞き返す。

「ああ。私の能力は物体をコピーすること」

 そう言うとマーサは置いてあった車椅子を触ると、それをコピーしてみせた。

 なにもない空間に、マーサの空いた手から車椅子が出現する。どこから見ても、先程までわたしが乗っていた車椅子だ。しかも、わたしが座っていた跡までしっかり再現されている。

「一度に一個のものしかコピーできないのが難点だが、逆に言えばそれ以外の制約がないのが強みだ。病院クラスにデカいものとなると多少の時間はかかるが、時間さえ貰えれば中にいる人間まで含めてコピーすることができる」

「人間まで……すごい能力」

 悪用できそうだ、とは思ったが、言うようなことはしない。

「このコピーと、永瀬ちゃんの発信機を使ってグリトニルの奴らをおびき寄せる。そして、そこから先は……」

 マーサはわたしの側に立っているオーカに視線を向ける。

「私の出番ね」

「そうだ。コピーの維持のために私も現場には同行するし、戦闘にも協力するが基本的にはお前に動いてもらうことになる。どれくらいの規模で敵が来るかは分からないが、まあお前がいれば困ることはないだろう」

「そうだね」

「よし、作戦は以上。何か聞きたいことは?」

「ない」

「ない」

 二人揃ってそう返事をすると、マーサは愉快そうに笑い出した。




*****




 私は目前に立つグリトニルの代表を観察していた。

 こいつのことはよく知らない。けれど、こいつは景にとっての障害であり、ある意味で景の呪縛となっているものの象徴だ。

 景は本来、もっと自由で壮快で素直でかわいい人だ。でも、今の彼女は何か大きなものに押しつぶされそうになっている。

 それは過去に置いてきたはずのものであり、今の彼女には不必要なもの。

 だから、私が彼女を自由にする。

「あなたがアルカンジュ?初めて会ったときは自己紹介もしなかったものね」

「……そんなものが必要か?『固識の路ゼルプスト』などという、不完全な歪んだ存在に」

 アルカンジュは『固識の路ゼルプスト』……『能力者』に対する敵意を隠そうとしない。グリトニルの、その前身であるストーンヘンジの教義といったところだろう。

「そうだね。私も早く終わらせてあげたいから」

 私が言うと、アルカンジュは笑い始めた。

「そんなにあの患者が大事か?貴様も我々の技術を狙う組織の手の者か?」

「悪いけど、私はそんなつまらないものじゃないよ」

「つまらない……?」

 アルカンジュはその言葉に過敏に反応する。

「我々の技術の価値も分からないクズめ。所詮は『固識の路ゼルプスト』か。人の持つ価値など微塵も理解していないようだ。貴様らのような歪みは我々が矯正しなければならない」

 『能力者』であることをどういう風に言われても特に気にならない。けど、次のセリフは、私にとって聞き流して良いものではなかった。

「あの患者もそうだ。我々の理想に協力する価値を理解していない。歪みを矯正する機会を自分の手でつかめるというのに。大義よりも自己を優先する弱者だ」

「……『弱者』」

 私がそう言葉をそのまま返すと、アルカンジュはやたら饒舌に語り始めた。

「我々の大義こそが絶対的な善なのだ。世界は人間の理性によって徹底的に管理されるべきだ。我々の持つ技術はその理性を通底させるための第一手段だ。それを邪魔するものは、たとえ同じ人間であろうと容赦はしない。もちろん、貴様もな、『固識の路ゼルプスト』」

「……なんでも良いんだけどね。でも……」

 私はアルカンジュの目を見て言った。

「あなたのような弱い人には負けないかな」

 相手は表情を変えようとはしなかったが、少し思うところはあったようだ。

 数秒間、私も相手も動かず牽制し合う。

 短い静寂を破ったのはアルカンジュの方だった。

 ふわりとした白い装束の中からサブマシンガンを取り出し両手でグリップすると照準をこちらに向け引き金を引いた。

 受け止めても良かったけど、多分他にも武器があるだろうから、射線から外れて走り始めた。

 相手のエイム力も大したもので、私が動いた軌跡にしっかりと合わせて撃ってくる。

 銃弾には当たりたくないから、もうちょっとスピードを上げて相手に接近する。

 けれど、懐まで潜り込めるというところで、いきなり私の意思とは関係なく身体が地面を削りながら停止した。

 いや、削っていたのは自分で減速をかけていたときまで。途中から、まるで無重力になったかのように静かに止まっている。

 何が起きたか考える前に、自分に向いている銃口への対処を優先する。

 銃身を手で捉え銃口を逸らし反対の手で銃身を掴む。

 そのまま手首に打ち込んで相手の手から銃を奪い取ろうとしたが、やはり私の手刀は空中で急減速し停止する。

 仕方ないので、銃身を握っている手の方に力を入れて銃を破壊し、右足で蹴りを入れる。

 が、この蹴りもアルカンジュに命中する前に、勢いを失い停止する。

 アルカンジュが空いている手で拳銃を持ち始めたので、私はサブマシンガンが手放し左足で後ろへ跳んだ。

 やや無理な体勢で跳んだので空中で姿勢を整え、着地。

 に、合わせて銃を当然撃ってきているのでそれを弾く。

 多分オートマチックの二十発くらい入るタイプだろうけど、そう何度も撃たれると落とすのにも疲れる。

 相手の能力の攻略も兼ねて、私はまた後ろへと跳び、病院の窓ガラスを破って中へと転がり込んだ。

 拳銃くらいなら病院の壁とガラスで防げるはず。かがんだ状態で病室のドアを開け廊下へと出る。

 何か使えそうなものはないかと歩いていたが、後ろから撃たれている気配を感じたので急いで走る。

 なんだか面倒になったのですぐ側にあった病室のドアを引っこ抜いてアルカンジュに向かって投げつけた。

 が、ドアもまた空中で徐々にスローになっていき、アルカンジュによって簡単に叩き落される。

「うーん……やっぱりダメかな」

 悠長にやっていては追いつかれるし、急いだほうが良い。

 私は少しかがんで足に力を入れ、天井に向かって拳を突き出しジャンプした。

 勢い余って二階の天井に突き刺さってしまったけど、それを利用してみることにした。

 アルカンジュが今どこにいるのかは分からないけど、多分そこまで移動していないはず。

 反動をつけて下半身を持ち上げ、お腹に力を入れて固定。ちょうど抱きかかえるような格好になる。

 突き刺さってる右手にも力を込めて、左腕を思いっきり引く。

 天井に向かってパンチを打って、手を抜くつもりが、そのまま天井を砕いてしまった。

 とはいえ、当初の予定通り行ける。床に落ちる直前で、思いっきり両足でキックした。

 コンクリート造りの床にヒビが入り、大小さまざまな瓦礫になって崩れ、下の階へと落下していく。

 広範に破壊するつもりはなかったのだが、二階全体が倒壊しているような気もするけど、まあ、いいや。

 轟音を立てながら瓦礫の波が一階へとなだれ込んだ……。


「あ、いた」

 瓦礫の山をかき分けて、ようやくアルカンジュを発見した。

 死んではいないようだけど、瓦礫でダメージを受けている。私の想像通りだ。

「何回も能力を受ければ、流石にタネも分かるよね」

 おそらくアルカンジュの能力は運動エネルギーをゼロにする類の能力だろう。

 本体に向かってくる物体の速度を即座にゼロにすることができる能力は何度か戦ったことがある。もちろん、以前戦った能力者とは異なる能力の挙動だけど、系統として似通っているということはある。

 銃やヘリコプターへの攻撃を防げなかったことから自分自身のみが対象。その代わりに全方位から、しかも視認していないものも防げるタイプの能力のはずだ。

 しかし、このタイプの能力の弱点は広範囲、高質量の攻撃。たとえば上から降ってくる一トンの鉄の塊の速度をゼロにしたところで、『降ってくる』という事実は動かせない。

 上からの攻撃も一点のみならば簡単に避けられるだろうが、面で制圧すれば避けることもできない。

 だから、病院の天井を破壊して瓦礫で埋めるという作戦を取った。ちょっと壊しすぎたけど、まあ、コピーだから大丈夫だろう。

 血まみれで気絶しているアルカンジュに向かって、私は黙っていたことを言った。

「あなたは景を弱いと言ったけど、景は強いよ。私よりも、あなたよりも、誰よりも」

 それだけ言って、私はその場を後にし、別棟で見ているマーサにこいつを任せることにした。

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