詩集 青銅の月 総集編 全18作

火山竜一

詩集 青銅の月 総集編 全18作

詩集 『 青銅の月 』

                火山竜一(ひやま りゅういち)


序文    お は よ


   ~  目次  ~


大学時代      1

冬の夜 森の中で  2

凍傷の街      3

食いつく夏     5

沈黙の海      6

無邪気な白砂    7

歩く羽毛      8

夜のざわめき    9

不在        10

水の流れ      10

鳥の飛沫      11

へいわの ふん   11

生命の海      12

雫の先       16

子供たちの夜    17

真空の青春     19

飛び立てよ蠅    21

自由空間      23


  「大学時代」



文字で埋まった大学ノートの上に

 一輪の薔薇

   春の陽光にあたたまる


その時突風が

 薔薇は崩れて転げ落ち

   文字は一斉にながれだす



  「冬の夜 森の中で」



木枯ら荒ぶ

森の中

爆音立てて

散る枯葉

茫洋として

漂い進む

人魂の

落ちる涙は

霜の上

全ての暗黒

掻きむしる

寒風の殺陣

その底で

蠢く笹の葉

破廉恥な舞

嗚呼

静物の乱痴気騒ぎを

見下ろすは

青銅の月



  「凍傷の街」


痛い冬が

来る


足音だけが

何処からか‥‥‥


生の気配は

遁走し

路地裏を

焦燥だけが

逃げ惑う


開いた戸に

不在の部屋が

闇を

吐く


物言わぬ土壁

風化の微動


矩形の大気の寂寥


風が

外れた雨樋に

躓いて

呻く



転がる

錆びた剃刀

鳥肌の

失踪


雑草の騒めきばかり

蔓延る街


もはや

化石にすぎぬ道

その上を

夏の後悔が

埃にまみれて

踊っている


片隅で

さくさくと

心臓のぬくもりが

鋭角の冬に

砕かれていく


垂れこめた

雲から

太陽を

掘り起こす者は

いない


時計仕掛けの

運命が

相変わらずの廃墟を

灰色に

氷結していく


凍傷の街中で


時は止まった



  「食いつく夏」


油の弾ける

鉄板のような

砂丘


重い

鉛の


戯れる

小波


ムクリ

起き上がる

太陽


運ばれてきた


まるく

屈む

大空


弓のように

張る水平線に

弾かれた飛び魚が

食いつく




  「沈黙の海」



果てしなき平原

果てもなく時を刻み続ける

無心の大地



水平線に佇む空

充満する雲の重圧

涙の父



大空の鏡

天を仰ぐ

寂寥の凪



ただ在るだけの

巨大な沈黙

それは




  「無邪気な白砂」



誰もいない

昼下がり

渚の白砂

さらさらと

何も知らずに

流されて

気持ちよさそに

さらさらと

時の風紋

撫でながら

くつくつ笑う

散歩道


何を思うか

白砂は

子供のように

戯れて

何時ものように

楽し気に

海を忘れて

さらさらと

さらさら

さらさら

さらさらと

平らです



  「歩く羽毛」


空気の

 笑いの中を

歩くように

 歩く


日向の

 通りの中を

歩くように

 歩く


足跡を

 くすぐりながら

歩くように

 歩く


もういいかい


まあだだよ


舌ベロ出して

さあ行こう


いつも

 星のように

歩くように

 歩く



  「夜のざわめき」


死の街並みに

充満したるは闇


暗黒の大空に

失われたるは北極星


灰色の壁の

囁くは落書き


路地の隅を

彷徨するは溝


道に対峙する

二十四時間嘆息の川


闇に蠢くは

交尾の悶え


駆逐されたるは

生者の人人人人


蒼ざめて

駆け巡るは暗殺者


安らかに眠るは

死者の又、人人人人



  「不在」


あなたが去って、来たお前


     白(ぱく)



  「水」


流れ流れて

  何時までも

    白く渦巻き

      泡立って

        何処まで下る

          果てもなし



  「鳥の飛沫」


白鳥が胸に突き刺さり

嘴が肋骨に挟まって

一滴、鮮血が落ちて牡丹になった


鴉が頸に突き刺さり

嘴が動脈に潜り込み

血飛沫舞い落ち桜の花弁になった


僕は二羽の鳥を、グイッと抜き

ムシャリムシャリと食べは始める


嗚呼

空腹の色は紅



  「へいわの ふん」


あさい

ねむりの

生死

なかば

かるい

まどろみ

愛も

なく

もうろうとした

まなこに

憎みも

ない

ささいな

微音

羽毛の

ながれ

つづける

ときの

たいくつ

孤独の

あくびに

沈黙の

にがわらい

ああ ふん

ああ ふん

ああ ふん ふん



  「生命の海」


暖かな

朝靄の漂う

海へ

おんなが

駆ける 


裸の若い

おんなは

尻と乳房を

弾ませて

象牙色の渚を飛び越え

焼けつくような太陽に

抱き着いた


渚の小波が

心地よい

ライトブルーの朝の海

大空の

テーブルクロスが

よく似合う

その上に

陽光が

のんのんと乗っている


最後の

海だと

目を細め

老いた海女が

やってくる


海に鍛え抜かれた

節くれだった

重い足

砂浜に

深くて暗い

足跡を

一歩また一歩と

刻んでく


陽光に温まる

珊瑚が詰まった

宝玉の海

小魚の影が

ふとよぎる


嬌声を上げる幼子(おさなご)が

波を蹴散らし

白い大気を

掻きまわす

その下で

寄せては返す小波が

散らかる足跡

舐めていく


海女が

来る

無限の海に

目を細め

仕事が終わったと

呟きながら

腰を

伸ばしもせずに

夕日に

別れを告げた


海底に

重すぎた夜が

沈殿し

寡黙な海星(ひとで)が

漫歩する


朝が来た

おんなは何処だ

不在の寂寥が

泣いている

浜に伸びた

海藻の髪

寄せくる波が

梳いていく


波は時を知らせ

風紋は時を刻む


大地の底の

マグマが

目覚ましだとしても

人影だけは

目覚めない


過剰で不毛な夏

朝は駆け足で去っていく


静かな昼だ

波もない

眩しい夏だ

常夏の

おお

生命の海



  「雫の先」

 

暗渠に挟まる魂の

うら悲しい呻きが

真珠となって

氷のテーブルの上に

凍える夜

顔のない少女が

泣き伏した姿で

凍死した


忘れ去られた

母の命日に

崩れた

少女の亡骸より

青春の化石が

鳩となり

廃墟の大空へ

飛翔した


広漠とした

大空の中

我を忘れた

罪なき鳩を

戦場の

気まぐれな

流れ矢が

貼り付けた


沈黙の大地に

悲しく遠い

鳩の胸より

鮮血が

規則正しく

滴って

見知らぬ額を

打ち続けるのだ



  「子供たちの夜」


子供の眠る

小さな街に

宵の

帳が

おりてくる

静かな静かな闇の中

一つ

また 一つ

窓の明かりが

消えていく


みんなが眠る

この街に

夢の

大気が

満ちてくる

静かな静かな空の上

一つ

また 一つ

瞬く星が

ふえていく


夜の

闇が沈む街

沈黙の

底が蠢いて

色とりどりの風船が

静かな静かな大地から

一つ

また 一つ

浮かんで

いく


風船の漂う

大空に

山から

カラスが

飛んできた

静かに静かに近づいて

一つ

また 一つ

割って

いく


カラスの去った

月夜の晩

割れた風船より

精霊たちが

踊り出し

静かに静かに輪になって

一人

また 一人

歌い

だす


宴たけなわの

輪の中で

子供の

夢が

芽をふいて

静かに静かに広がって

一つ

また 一つ

開く


大気の揺らめく

明け方に

騒ぎつかれた精霊たちは

子供の夢を抱きしめて

もうすぐ朝だと呟くと

静かに静かに目をつぶり

一人

また 一人

消えて

いく



  「真空の青春」


生臭い

夜だ

何処かで

魚が

腐っているのではないか

叫声しかあげぬ

赤子に

疲れきった母親のように

生が虚しく思える夜

俺は

路地で

血を吐いた


喉から

漏れる

孤独な音が

街灯の下で

掌を鮮血が濡らしていく

耳元に

響く嬌声

振り向けば

表通りに

揺らめくネオンサイン

うるさいぞ

夜の蝶


吐いて

出るのは

俺の人生

アルコールとニコチンと胃腸薬と・・・・・・

今まで

口にしたすべてが

笑いながら

泣きながら

叫びながら

賑やかに

俺の口から

去っていく


胸の

奥から

込み上げてくるもの

俺は謝るように四つん這いになり

街灯の下で

最後の力をふり絞る

こいつを

こいつを

開ききった口から

ついに

真空が

這い出した



  「飛び立て蠅よ」


飛び立て蠅よ

空はお前のためにある

あの青い空は しかし

お前には何もしやしない


飛び立て蠅よ

空はお前のためにある

あの青い空は しかし

お前のことなどどうでもいいのさ


そうさ蠅よ

空はお前のものじゃない

空は地べたを眺め

お前は空を見あげるだけだ


そうさ蠅よ

地べたでいくら肥え太ろうと

空は何も言わないさ

地べたはお前の全てだからね


でも蠅よ

地べたで退屈に溺れるなら

地べたで一人ぼっちになるのなら

知り尽くした地べたに何があるのか


でも蠅よ

地べたを暗すぎると思うのならば

地べたを狭すぎると思うのならば

虚ろな己に気が付くはずだ


よく聞け蠅よ

そんなお前の世界は

空なのだ

行ったこともない空なのだ


よく聞け蠅よ

後は

死しかないのなら

飛び立てよ


そうだ蠅よ

大空の中で

知るだろう

己が黒い点にすぎぬこと


そうだ蠅よ

ただひたすらに 

飛び続けろ

空はそういうお前のものなのさ



  「自由空間」


これからは

自由になろう

どこまでも

どこまでも

自由になろう


まるで

岩にぶつかる

大きな波が

弾けるように

飛び出そう


生真面目な

雪の壁が

気紛れな大気の身震いで

一斉に崩れるように

乱れ落ちよう


鳥籠の

鳩のように

開いた蓋から

ククッと笑って

飛び立とう


時計を捨てよう

靴を捨てよう

鞄を捨てよう

帽子を捨てよう

手帳を捨てよう


つかんだものを投げ捨てて

背負ったものを振り捨てて

締め付けたベルトを外したら

陽光の中で

風に身を任せよう


蛇口は

開けたまま

命の水は

流れ

続ける


口から溢れ

部屋から溢れ

街から溢れ

国から溢れ

地球から溢れ


宇宙に流れ落ちるままに

無限の空間に広がるままに

永遠の時間の中で漂うままに

暗黒の星雲に溶け込むままに

無音の静謐に浸るままに


去るものは

追わず

放っておき

空っぽになったら抱きしめようぜ

真空を



後書き    か ん ぱ い



  

             


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