第一話 邂逅


『神奈川県横浜市在住Kさんからの質問


 挨拶に来たラノベ作家が高校一の美少女だった件について。誰か正しい対処方を教えてください。……早急に』


――――――


 あと三十分後には始まる好きな作品のサイン会。

 今日だけは書店員の立場に感謝しつつ、憧れの作家先生とあわよくば話しが出来たら、みたいな妄想を俺は誰もいない休憩室で膨らませる。表情には出さないようにしていたが、正直に言って俺のテンションは最高だったのだと思う。

 ……そう、彼女・・・が来るまでは。

 ふと、休憩室のドアをたたく音がした。


「休憩中失礼します。初めまして、烏龍冷茶うーろんれいちゃです。今日はこのようなイベントを催して頂き誠にありがとうございます。今回が初のサイン会で店員の皆さんには色々ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、しっかりやっていきますので応援よろしくお願いします」


 突然のノックのあと、部屋に入ってきた美少女は抑揚のある響きのいい声でそう言うと最後にぺこりとお辞儀した。洗練され淀みのない動作だった。


「え、あ、はい」


 そんな彼女とは対照的に、間の抜けた顔とクソみたいな返しをした男が一人。誰であろう、俺である。ネテロ会長が見たら「そりゃあ悪手じゃろ」って言いたくなるはず。

 ただここで言い訳を聞いて欲しい。俺がまともな返しを出来なかったのは、俺がコミュ障だからでも(ちょっとある)、彼女に目を奪わわれたからでもない(それはかなりある)。

 その美少女に見覚えがあったからだ。


 松竹高校二年D組、久遠零香。クラスメイトだ。

 端正な顔立ち。肩下まで届く艶やかな黒髪。そして女子にしては高い身長にモデル体型。TikT〇kやイン〇タグラムにいるような女子とはまた違った方向性の美少女。まるでラノベや漫画から抜け出てきたような現実離れした美少女だ。クラスの女子とまったく同じ制服を着ているはずなのに、彼女が身にまとっているだけでえらく洗練されて見える。そんな美少女相手に完璧な対応なんて童貞が出来るわけない。


「……店員さん?」


 思わずぼんやり見とれてしまっていると、恐る恐るという感じで久遠が声をかけてきた。どうやら同級生だとはバレてないらしい。下手に動揺させてサイン会を台無しにするよりかは全然いいのだが、同じクラスで二ヶ月過ごしたにもかかわらず認知されていなかった事実は刺さる。いやまぁ、同じクラスとはいえほとんど喋ったことないんだから当然なんだけども。なんかこう、ほらラブコメ的な反応を期待しちゃうじゃないですか。「か、川原くん?!なんでここに!?」みたいな。

 そんなアホらしいことを考えつつ、俺は突発的に発生したこの不可思議な状況に対応する頭を整える。


「……あ、すいませんでした。こちらこそよろしくお願いします。今日は頑張って下さい烏龍先生」


「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。見たところ同い年くらいだと思うんですけど」


「自分は今年で十七です」


「そしたら私と同じですね。さっきから他の店員さんにも挨拶に伺っているんですけど、皆さん年上で変に緊張してしまって。同い年の人がいて安心しました」


「それは良かったです。自分もまさか先生がこんなに若いとは思ってもなかったので、その……すごいびっくりしました」


「ふふ。よく言われます」


 嬉しそうにはにかむ久遠だったが、俺の心境は少々複雑だった。


「(まぁ同い年どころか同じ学校でクラスメイトしてるんだけど……ていうか、久遠ってこんなハキハキした感じだったっけ?)」


 俺の知っている学校での久遠といえば、完璧な容姿に加えて学力優秀、(詳しくは覚えていないが)読書感想文で文部科学大臣賞?を受賞など非の打ち所がないスペックを持つ一方で、学校生活では基本的にソロ。普通であれば嫌でも人が寄ってくるはずなのに、だ。もちろん全く人と関わっていないわけじゃなく、ちょこちょこ他の女子や告白予定の男子が話しかけるのを見たこともあるが、やっぱり特定の人間と深く話し込んでいるのは見たことがない。しかし陰口、悪口を言われてるわけでもないことから性格面で特段悪いところがある訳でもなさそうだった。確かに、高嶺の花というか隙が無くて近寄り難い雰囲気はあるにはあるけどそんなにトゲトゲしてるかと言われれば、そんなことは無い。

 だから勝手に人付き合いやら他人とのコミュニケーションが苦手、もしくはそれらを必要としない一匹狼みたいな人だと思っていたのだが……


「あの、もし迷惑じゃなければもう少しだけここに居させてくれませんか?サイン会まで少しお話がしたいです」


 こんなにグイグイくるタイプだったとは。学校での様子と違い過ぎて別人なのかと疑ってしまいそうになる。


「ダメ、ですかね?」


「自分の休憩が終わるまでなら大丈夫、です」


 彼女からしたら別に狙ってやってるわけじゃないのだろう。でも、その上目遣いは反則だと思う。これで断れるやついる!?いねえよなぁ!!?

 そもそも、憧れの作家先生からお誘いしてもらってるのに断る理由がない。休憩時間もあと十分くらいはある。軽く話す分にはちょうどいい時間だ。え、明日はどうするの?だって。 そんなのは明日の俺がどうにかしてくれ。


「じゃあ改めまして、烏龍冷茶、十七歳です。趣味はスキーと絵を描くことと、」


 つ、ついに妄想が現実に。


「私の正体を知ってるのに知らないフリをする同級生をからかうことです。よろしくね、川原くん」


「んなっ!?」

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一年遅れの青春、俺も少しは手伝います。 大根の煮物 @DAIKONNONIMONO

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