第37話 誓います
今日が夢見たいな日になる予感はしていた。
人生でこんなに自分が映画のヒロインのように扱われる日はきっともうない。
「莉子、本当にとっても綺麗。絶対幸せになれるわ」
挙式前のファミリーミートで私を見て涙を浮かべる玲ちゃんを前にして、少しは養親孝行ができたのかも、とこちらまで嬉しくなった。二十数年、ずっと私を支えてくれた玲ちゃんの温かな胸に包まれて、化粧が崩れるのも忘れてポロポロと涙が止まらなかった。そんな私たちを見て、朝から泣きっぱなしの黒岡くんもまた泣いていた。
私のために泣いてくれる人が二人もいる。それは私の誇りで、自慢で、何物にも変えられない宝物。
控え室に移動した頃には、外からは来賓の会話する声が漏れ聞こえ始めた。サークルの先輩たちが、ウェルカムドリンクでほろ酔いになっているのかもしれない、賑やかにお互いを野次っているのが聞こえて、いよいよなんだと胸が鳴る。まるで、新しく与えられたおもちゃの箱を開封するその瞬間のような、とにかくわくわくした気持ち。
こんなにも緊張しないでいられる理由は明確で、隣で旦那がガチガチに手を冷たくし、肩を怒らせ緊張しているから。
私はそのタキシードを着込んだ脇腹を人差し指の先でちょん、とつつく。
「緊張してるの?」
「しっ、してないよ」
「うそじゃん〜。手ぇ冷たくなってるもん」
「へへへ。そうだよね、結婚式にはそろそろ慣れないと」
"慣れないと"というのは不思議な言い回しだな、と思いつつも、彼にはよくある事なので最早気にも留めない。主役なんだから、しっかりしてくれないと!と戯れていると、急に空気が変わったことを肌で感じた。遅れて、外の人達の声が静かになったんだ、と気がつく。いよいよかな?と二人で囁きあう。
新郎新婦ご入場ですよ、とシスターの声がしてドアが開けられる。導かれるまま、礼拝堂の前まで二人で歩く。ぴったりと重く閉められたドアが開けられると、目の前には真っ直ぐに純白のバージンロードが伸びていて、その終点には牧師、私のおとうさんがハグをする前のように優しく両手を広げて待ってくれていた。
バージンロードを挟んだ席からは、教会の高い天井いっぱいに響く拍手が私たちのために送られる。あの野島先輩が鼻を真っ赤にして涙を堪えてる。
ねえ、なんて私たちは恵まれてるのだろう。この祝福をいっぱいに一身に受けながら、この時間を大事に大事に噛み締め、バージンロードを一歩ずつ大切に進む。
おとうさんの深くて、柔らかいシーツが寄り合ったような目尻のシワには、薄らと涙が滲んで見えた。
おとうさんが両手を広げ、来賓に向かって神様について話し始める。聞き慣れた、優しい声には緊張が混じっていて、耳がくすぐったかった。
「新郎新婦がここで永遠の愛を誓うとき、新婦は女神に一つだけお願いをすることができるのです」
おとうさんは私に向き直り、考えてきましたか、と優しく微笑む。
「あなたは、特に小さいときから大変な思いをしてきた子だから、女神に誰よりも愛されてますよ」
そう言って私たちの手を取る。
男の人にしては手のひらの薄い、でも私たち家族を守ってきてくれた手だ。
「さぁ、女神に永遠の愛を、いついかなる時も、立場が変わろうとお互いを尊重し合うことを誓いなさい」
そして私たちは両手を胸に当てて、跪く。
「お願い」ちゃんと考えてきた。
私の人生って、平均と比べると少し大変だったかもしれない。でも、いろんな人に助けてもらって、私なりに幸せに生きてきた。
最初に私を助けてくれたのが、お兄ちゃん。本当は一緒に大きくなってこの式にも参列して欲しかった。
でも、今もきっと近くで見守ってくれているはず。私の中でお兄ちゃんは最初に出会ったヒーロー。
そして、今隣にいる彼には、最後のヒーローになってもらわないといけないね。
だから私のお願いはたった一つ。
彼がおじいちゃんになるまで生きて、ずっと仲良くいられますように。
死神に愛された彼女 夏倉こう @natsukura
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