大正義賊ノ姫乃桜

黒羽@海神書房

エピソード0:ネオ大正の桜の義賊

大正110年。天の方と呼ばれる国を支える存在がいなくなって直後、天の方の遺言が大々的に発布され、この大日帝国は天の方の即位に関わらず大正という元号を継承するようになった。それも見ての通り110年前の話、今となってはそんな厳かな理由も知る人ぞ知る歴史の遺物となって随分経つ。


 そんな大日帝国、エネルギーカーとスーツの社会人が平日の風物詩となったこの旧江戸と呼ばれる大都市で、最近妙な噂が都市伝説めいて広まっていった。



ー財閥の金品を奪い平民に配り歩く義賊がいるー



 ”火あるところに煙は上る”のことわざよろしく、最近の新聞や瓦版にそんな小見出しが広まる頃。空にも届くかのような高層ビルの上階で、悠々とブランデーグラスを転がす一人の男がいた。


「ったく、平民はこんな与太話に心を躍らせるのか?これなら年末の大富籤おおとみくじの方が夢があっていいだろうに。ま、俺に取っちゃ大富籤もはした金だがな」


「そうだろう、美亜?」


 男が窓の外を見下げて後ろに控える副官に話を振る。


 日陰に艶めく紅ともつかない長い髪、黒のオフィススーツに身を包んだ静淑せいしゅくな佇まい。扇情的ではないが見る者の目を引く女性がそこにいた。


「えぇ、この旧江戸の金回りは、十中八九あなた様…梅宮うめのみや様のお声一つでございます、ふふっ」


 男、梅宮白檀の悪辣な笑みに合わせるかの如く、美亜と呼ばれる女は口元を歪める。


 梅宮家、旧江戸を一代で牛耳ってきた製薬の俄か大財閥であり「梅印の薬に外れなし」と自称し、数々の医療の現場に自身の薬を売り込んできた。と言うのは表の話であり、その実態は、優秀な薬の販売権を素早く勝ち取り、そうして我が物顔で他社の薬の販売利益をくすねてきた、ハリボテの大財閥である。しかしこのネオ大正、まだそんな制度に対する対策を取りあぐねており、結果としてこの梅宮白檀は野放しとなってしまっていた。


「おい美亜、今日は政界のお偉いさんとお約束があるからよ、某国の抗ウイルスの新薬の販売許可、貰って来ておいてくれ。どうせ吐いて捨てるほど金は入る。多少上吹っ掛けてもかまわんぞ」


「承知いたしました」


 白檀はそう言って、自らの砦である社長室を美亜に預けて”お約束”へと足を躍らせて行った。白檀が去ってしばらく、かろうじて聞こえるエレベーターの音すら凪を発した頃、秘書である美亜はようやく口を開く。


「あー、もうほんとアイツテンプレート通りのクソ成金だわー。まさかこんなステレオタイプな成金が今でも生きてるのとか奇跡過ぎて笑いがこらえきれんわ」


 悪態に次ぐ悪態、一人という解放感からか、美亜は白檀に対する恨みつらみをこれでもかとぶちまける。務める者として、上の人間に対する悪態もままある事であるが、そもそも美亜のそれは、一つネジの飛んだものだった。


「ま、あんなイミテーションゴールドの方が、アタシの仕事はやりやすいんだけどね。ここに潜り込んでからもう半年…そろそろ頃合いかな」


 美亜は、賓客を出迎える本革張りのソファにもたれかかり、質のいいタイツ越しの足をテーブルにドカッと降ろした。不躾な格好のまま、美亜は”スマアトホン”を懐から取り出して、どこかへ連絡をかける。


「あーもしもし、アタシだけど、そろそろこの仕事お開きにしたいのよね。そう、そのつもり。だからその内アンタのところ行くわ。え?まだ調整中?刀鍛冶の尻でもたたい…あぁそっちね。じゃあ三日のうちに済ませといて、どうせあんたがやってるんでしょ?特急料金くらい払うから」


 電話を掛けながら、美亜は髪をかき上げる。そして、窓の向こうに光が美亜を照らし出して、その生きた姿が露わになる。


ー大日警察、此処ニ警告セリー



ー旧江戸ニテ麗シキ義賊、見参スー



ー其ノ者、西国ノ正装ヲ纏イテ夜ヲ駆ケー



ー財ヲ掠メ、平民ニ供スー



 暗がりの紅の髪は、陽光を吸い取ってその色を薄紅にし


 葉桜と紅桜、色の異なる二つの瞳が日の元に煌めく


 彼女は美亜、それは仮の名前


 しかして彼女こそ、ネオ大正の都市伝説。正義とも悪とも取れぬ近世の回答


 その名は



ー 大日帝国政府、之ヲ


”大正義賊ノ姫乃桜”ト称ス ー



つづかない

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